第141話 土蜘蛛退治 その8

 大天狗に仕事の報告をした後、堪りかねた私はつい自分の思いを吐き出してしまう。この直談判に天狗の長はにこやかな顔から一転、真顔で話を始める。


「ハルから聞いたであろう。奴は悪事を重ねすぎたのじゃ」


「でも、あの山でひっそり暮らしていれば……。他に害を与えなければ……」


 済んでしまった事にも関わらず、どこか納得のいかなかった私はもしもの話を続けてしまう。流石に長に向ってそんな態度は失礼だとハルさんも動き出した。


「ちひろ、大天狗様に口答えは……」


 無我夢中で喋っていた私はそこで我に返る。すぐに頭を下げた私に向かって、大天狗から今回の退治の理由についての説明を具体的にされた。


「何か勘違いをしているようじゃが、あの土蜘蛛が改心する事など無理であったのじゃぞ。あやつの体の色を見たであろう。アレほど闇に染まってしまってはもう悪意の衝動は抑えられん。実際に会って分かったであろう。その服がなければお主は死んでおったのだぞ」


「そ、それは……」


 言われてみれば、あの土蜘蛛の体は朝ハルさんに教えてもらった姿と違い、何か邪悪な色合いをしていた。あれって個性的なものじゃなくて病気的なもの、一度侵されると二度と戻る事が出来ないものらしい。だから結局改心は無理なのだと。

 大天狗の話を聞きながら、実際に受けた被害を思い出した私は返事が出来なくなってしまう。天狗の長は更に私達の罪悪感をなくそうとするみたいに、退治の正当性についての話を続けた。


「奴の場合、退治する事が救いになるのじゃ。今は納得出来なかったとしてものう」


「救えたんですか?あれで」


「無論じゃ。儂はこの天狗の里の秩序を維持しなければならん。それはこの地のどんな妖怪も救わねばならんと言う事じゃ」


 大天狗の真意を知る事が出来た私は、その言葉に納得して自分の意見を取り下げる事にした。きっと長の言う事は正しいのだろう。

 私は自身の非礼を詫びるように、またもう一度深く頭を下げる。


「分かりました……」


「うむ、下がって良いぞ」


 こうして報告も終わり、私達は大天狗の間を後にする。帰りの道中で緊張感から解き放たれたハルさんが早速声をかけてきた。


「全く、ヒヤヒヤしたわい。今度からは口は謹んでくれよ。その代り、儂の前では何を言ってもいいからな」


「私、まだ納得いってない」


 何でも言っていいと言うその言葉に釣られて、私はつい本音を吐き出してしまう。その言葉を聞いてずーっと黙っていたキリトもここでツッコミを入れた。


「お、おい……」


「でも、大天狗様はまっすぐだった。言葉に嘘がなかった。だから話は信じる」


「当たり前じゃ。大天狗様が間違いを申す訳がなかろう」


 ハルさんは自分の信頼する長を認めたその発言に胸を張る。今回の仕事に関する色々は、こうして何とか私の中でも折り合いが着いたのだった。

 それから夕食の食堂に向かう道中で、私はハルさんに恐る恐る質問する。


「あの……これからの仕事の内容はもう決まってるの?」


「いや、それはまだじゃが……」


「退治依頼はやっぱり嫌だから」


 次の仕事の予定は未定との事だったので、私は改めて自分の意見を強めに主張する。これで何かが変わるかどうかは分からないけど、意志は伝えておかないとね。

 話を聞いたハルさんは私の顔をまっすぐ見つめ、そうして深くうなずいた。


「分かった。決まったものは変えられんが、お主の意思は尊重しよう」


「有難うございます」


 私は意見が聞き入れられたと言う事でホッと胸をなでおろし、心が軽くなった状態で食堂に入っていった。キリトも続いて食堂に入っていく。ハルさんは私達を見届けると、自分の部屋に戻っていった。そうして1人で帰りながらポツリとこぼす。


「ふう、難しいものじゃなあ……」


 食堂で用意されていたのはやっぱり純和食。贅沢は言ってられないのでもりもりと黙々と腹に収めていく。ま、まずい訳じゃないしね。焼き魚も新鮮な野菜も汁も煮物も天ぷらもお漬物も旅館レベルのクオリティだし。


 うん、慣れてかなくちゃな。この環境にも。はぁ、いつ私達人間に戻れるんだろう……。

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