第139話 土蜘蛛退治 その6

「だって私人間だもん」


「知ってるか?その人間が昔我らの大将を殺したんだぞ」


「え?」


 土蜘蛛はそう言って自慢の腕を振りかぶった。どうやら戦う気満々なところは変わっていないらしい。

 もしかして私達に向けた敵意ってそんな昔の話を引きずっていたりするの?昔の土蜘蛛の大将の話はよく知らないけど、平安時代とかの昔は妖怪退治ってありふれたおとぎ話だったよね。ああ言うのの中に本物の妖怪退治の話もあったって事なのかぁ。

 でもそれ、私達に関係ないんじゃない?って思ってたらキリトが代弁してくれた。


「それは大昔の話だろ」


「ふん、娘はともかく、男のお前の方は俺を殺すつもりだろう。あの天狗共にそそのかされてな!」


「だと言ったら?」


 彼も土蜘蛛も敵意むき出し状態になっている。お互いに意見が平行線のまま一触即発の雰囲気になってきた。これ、私の望んでいた展開じゃないよ。

 まだ土蜘蛛側からの話を聞いてない私はこのまま戦闘が始まってしまわないかすごく心配になって、取り敢えず止められそうな相棒の方の動きを牽制する。


「キリトちょっと待って、事情を聞こうよ」


「な、何を……」


「ほら、土蜘蛛さん私達を待ってくれてる。悪者だったら不意打ちとかしてくるじゃない」


「ま、まぁ……」


 どうやら私の説得に耳を貸してくれたようで、キリトの動きが止まった。一安心した私が土蜘蛛に向かって話しかけようとしたところで、何かに気付いたのかここで彼がいきなり反論する。


「でも、さっき襲ってきたじゃないか!」


「あれは……でも結局攻撃されてない」


「それは俺が来たからだろ」


 今回はキリトも中々折れてくれない。目の前の巨大妖怪を危険なものと決めつけているからだろう。

 思いついた言葉を全部使ってしまい、他に説得させる方法を特に思いつけなかった私は最後の手段に打って出る。そう、伝家の宝刀、無言の圧力攻撃だ。

 私は心を込めて相棒の顔をじいっと見つめる。


「キリト……」


「……分かったよ。でも油断すんなよ」


 どうやら私の思いはしっかりと伝わったようだ。キリトは顔をそらしながら猶予をくれた。

 このチャンスを有効に使わねばと、私は早速まだ戦闘の構えを崩していない土蜘蛛に向かって話しかける。


「お願い、事情を話してください」


「話せば見逃してくれるとでも?」


「分かりません。分かりませんけど……」


 確かに裏にどんな物語があったとしても、事情次第で逃がすと簡単に約束出来るものじゃない。私達は目の前の土蜘蛛を退治する仕事でここまで来たのだから。

 それでも何も知らずにただその依頼に従って事をなすのと、事情を知った上で納得してその依頼をこなすのでは心の重さが違う。


 じいっと真剣な思いでその鬼の顔を見つめていると、私の思いが通じたのか、土蜘蛛は振り上げていた腕を静かに下ろした。


「まぁいい。話してやる。聞いた上で好きにしろ」


「有難うございます」


 願い通りに話をしてくれると言う事で、私は巨大妖怪に向かってペコリと頭を下げる。その仕草を見届けて土蜘蛛は語り始めた。


「あれは誰が悪い訳でもない。病気だったんだ。流行病でみんな死んだ」


「え?嘘……」


「仲間が死んでいるのに俺だけが生き残った。そりゃ疑われて当然だ」


 彼の話によれば、仲間が死んだのは病気のせいだと言う。大勢いた仲間が死んで1人だけが生き残ったと。確かにその話が真実なら辻褄は合うような気もする。

 ただ、もしそうだとしたなら逃げる必要はない気もして、私はすぐに土蜘蛛にアドバイスをした。


「それなら本当の事を話せば……っ!」


「俺には前科がある。信用されるはずがない。それに……」


「えっ……」


「逃げる時に多くの天狗を手にかけちまった。多分殺してはいないとは思う。けど、その罪がある以上、俺は潔白とは言えない」


 どうやらこの土蜘蛛、全く悪意のない善良な妖怪でもなさそうだ。そりゃ退治命令が出るくらいだもんね。天狗も犠牲になってたなんて知らなかったよ。ハルさんもちょっとくらい事前に教えてくれても良かったのに。アレかな?怖い話をしたらビビると思ったのかな?ま、確かにビビったとは思うけど……。

 私は目の前の土蜘蛛にどう接していいのか分からなくなってきた。初めて出会った時は普通のおじさんの姿だったのに。あの姿の時は全く怖さなんて感じなかったのに。


 動揺している私を尻目に、ここで今度は自分の番とばかりにキリトが強い口調で妖怪に向かって質問を飛ばす。


「他には?」


「何?」


「他にも何かやらかしているだろう。じゃなきゃ天狗達だけで処理するはず。他に何か……」


 その土蜘蛛を最初から完璧な悪と決めつける言動に、私は少しを悪くした。


「キリト!」


「ちひろ、よく考えろ。その指につけている指輪は飾りか?」


「それは……。でも最初から疑っていたら……」


 彼は彼で指輪の力を最大限に使って土蜘蛛の話を分析していたらしい。それで導き出された結果がさっきの言葉なのだとしたら……。

 相手を信じたい私が一番恐れているものをまっすぐに口に出されて、私は返す言葉を失ってしまう。


「お前が最初に出会った時、あいつは今と同じ姿だったか?なんで今本来の姿を晒している?」


「くっ」


 キリトの言葉に土蜘蛛が苦しそうな表情をする。これはうまく騙せなくて困っている顔……の、ようにも見える。

 そうして、彼は更に私に向って話を続ける。


「天狗の使いの俺達もあいつは最初から殺すつもりなんだよ。適当な話をでっち上げてちょっとでも油断したら御の字。そんなところだ」


「キリト!あなた……」


 あまりに土蜘蛛の事を考えていないその言動に私はついムキになってキリトの顔を見る。それは注意がこの巨大妖怪から完全にそれた瞬間でもあった。

 すぐにその事態に気付いた彼が大声で注意を促す。


「バカ、視線を外すな!」


「遅いわああっ!」


 その僅かに生じた隙を狙って、土蜘蛛の大きな腕が私に向かって飛びかかってきた。心の準備が出来ていたキリトは上手く回避出来たものの、まさかここで攻撃してくるとは思っていなかった私はガードを取る間もなくこの攻撃にふっとばされる。


「キャッ!」


 土蜘蛛の腕攻撃で飛ばされた私は、森の木々を3本ほどなぎ倒して何とかその運動エレルギーを収束させる。土蜘蛛は自分の攻撃が通じたか顔を伸ばして確認しようとした。3本の木が豪快に倒れ、その音がこだまして山は一瞬の内に騒がしくなる。

 土蜘蛛がさっき攻撃した相手を確認しようと近付くと、そこにはピンピンしたノーダメージの私が立っていた。渾身の一撃が無効になっていた事で、流石の土蜘蛛も驚きが隠せないようだ。


「なん……だと?」


「天狗の服は妖怪の攻撃から防いでくれる……本当だったんだ」


 そう、私が無事だったのはお宝のひとつ、天狗の服のおかげだった。この服は妖怪の攻撃から身を守ってくれる特殊能力があるのだ。

 どのくらいの攻撃までその効果が発揮されるのかは分からないものの、少なくとも目の前の巨大妖怪の攻撃くらいなら完璧にガードしてくれるみたいだ。


「くそっ、これまでかよっ」


 自分の攻撃では傷ひとつ付けられないと悟った土蜘蛛は、考えを180°転換、素早く逃走を始めた。


「逃がすかよっ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る