第138話 土蜘蛛退治 その5

 私がそのおじさんをじっくりと観察していると、逆におじさんから興味深そうな目で見つめられる。


「翼の生えた人間とは珍しいな……」


 ここなら羽が見られても問題ないんだと、この時の私は羽をバリバリ全開で出していた。それを珍しがられてしまい、ちょっと戸惑ってしまう。

 けれど、珍しいのはお互い様だとばかりにこっちからも質問した。


「あの、あなたは?」


「俺か?俺はしがない山菜採りだ」


 おじさんはこの山に山菜を取りに来ていたらしい。確かに背負っているかごには山菜が入っているようだ。怪しいっちゃ怪しいけど、まずは情報収集が基本だよね。

 と、そう考えを切り替えた私は、自己紹介をして相手の警戒心を薄めながら、自分がこの山に来た理由を説明して協力を求める事にした。


「私はちひろっていいます。それであの、土蜘蛛って妖怪を探しているんですけど……」


「土蜘蛛?さあな。俺は見とらんよ」


 おじさんはまるで関心がないみたいにさらっと私の質問を流す。土蜘蛛がこの辺りに潜伏しているって言うのは秘密にでもなってるのかな。ここで深く追求しても有力な情報は得られない気がした私は、おじさんと別れる事にした。


「そうですか。有難うございます」


「気を付けてな」


 こうしておじさんに見送られながら、また空を飛んで上空からの探索を再開させるものの、やっぱり何も見つけられはしなかった。不気味なほどに生き物の気配のしないこの山々は、まるで夢を見た時に見る光景に似ている気がする。

 そうしてある程度捜索したところで、またキリトと合流した。今度は私から先に彼に声をかける。


「いた?」


「いや、それらしきものは……」


「参ったねぇ~」


 情報交換をした後はさっきと同じように2人でシンキングタイム。一応まだ探してないエリアもあるからそっちに行くのも選択肢のひとつだったけど、私はさっきのおじさんの事を思い出して、それを進言してみた。


「ねぇ、この山って他の妖怪もいるみたいだよ」


「他の妖怪?」


「ただ闇雲に探すんじゃなくて、そう言う地元妖怪に話を聞いて回るのってどうかなぁ?」


「うーん、他の妖怪ねぇ……」


 どうもキリトは私の話を素直に受け取れない様子。半信半疑の彼を放置して私は先に動く事にする。じっくり探せばさっきのおじさんみたいな妖怪が他にもいるかも知れないと、そう思ったのだ。


「じゃあ私はあっちにいくね」


「あ、ああ、頼む」


 まだ考え込んでいる彼を放置して、私はまだ自分が行っていないエリアに向かって飛び始める。まだ見ぬ他の地元妖怪の痕跡を探して。

 けれど、どれだけしっかり目を凝らしてもやっぱりこの辺りの山には妖怪どころか動物の姿すら見当たらない。そう言う景色が続いて、私の頭にふと素朴な疑問が浮かび上がる。


「でも待てよ?この辺りに他の妖怪?まさか……?」


 その考えの行き着く先は――ちょっとあまり想像したくないものだった。最悪の想定がただの杞憂になって欲しくて、私は更に地元妖怪の探索に熱を込める。


「妖怪さん、妖怪さ~ん」


 けれど、どれだけ声を張り上げても反応する存在の気配は感じられない。不気味なほどに静まり返る森は、まるで起きて悪夢を見ているみたいだ。


「やっぱ敢えて探すとなると見つからないなぁ~」


 ずーっと下を向いて飛んでたところ、目の前に大きな木が迫ってきているのに私は全く気が付かなかった。無防備なまま、私はその太くて立派な幹に直撃してしまう。


「いてっ」


 大きな木が衝撃で大きく揺れる。私は衝突のショックでそのまま地面に落下した。脳震盪を起こしたのか、しばらく私は身体を動かせなかった。


「……あたた、ドジッちゃった」


 それからどのくらいの時間が経っただろう。何とか回復した私はゆっくりまぶたを開けて上半身を起こす。意識がまだはっきりしないので軽く頭を振った。

 そうしたら突然私を覗き込む影が現れ、思わず大声を出してしまう。


「うわあああっ!」


「大丈夫か?」


「あ、はい……」


 その影の正体は、さっき別の山の頂上で出会った山菜採りのおじさんだった。あの山からかなり離れている場所なのに、おじさんは山の中を走ってこの場所まで来たと言うのだろうか?もしかして私を追跡していた?

 何か色々と辻褄が合わなかったため、私は相手を警戒させないように軽い調子で探ってみる。


「それにしても足が早いんですね。山菜を採りながらこの場所まで……」


「ああ、それはな……」


 私がその質問をした途端、おじさんの身体がみるみる別のものに変わっていく。悪い予感を感じて立ち上がろうとしたところで、おじさんの身体が見覚えのある妖怪の姿に完全に変化。その姿は今朝ハルさんが説明した今回のターゲット、土蜘蛛の姿そのものだった。

 本性を表した土蜘蛛は有無を言わさず、その長い研ぎ澄まされた鋭利な刃物のような脚を私に向かって振り上げる。


「死ねえっ!」


「うわああっ!」


「ちひろーっ」


 土蜘蛛の一撃は間一髪で現れたキリトによって空振りに終わった。私は彼に抱きかかえられながら上空に回避。正直キリトにここまで素早い行動が出来るとは思っていなかったので、何が起こったのか一瞬理解が追いつかない。

 私はお姫様抱っこをされたまま、彼にじっと見つめられる。


「大丈夫か?」


「う、うん」


 何だこのシチュエーション。まるでキリトがヒロインのピンチに颯爽と現れたヒーローみたいじゃない。何だか急に恥ずかしくなった私は、すぐにそのお姫様抱っこから弾け飛んで自力で浮遊する。

 その様子を、土蜘蛛は地上でキッとにらみつけていた。


「やはりお前ら天狗の手の者か!どうにもおかしいと思ったんだ」


「あなたが土蜘蛛?」


「ああそうさ、お尋ね者の土蜘蛛だああっ!」


 土蜘蛛はそう言うと開き直ったのかグイッと上半身を起こし、その勢いでどんどん巨大化する。ハルさんの話の通りに私達と同じくらいのサイズだったその妖怪は、今ではその10倍ほどの巨大なサイズに変化してしまった。何これ、すっごいキモい!

 大きくてリアルな昆虫タイプの妖怪の姿を見た私は、思わず気分が悪くなってしまった。


「うっ……」


「い、いくぞ……」


 その姿を見たキリトも若干気分を悪くしている。それでも決意したのか、巨大土蜘蛛に向かって突っ込もうとしていた。何だかこの流れに流されるのに納得の行かなかった私は、すぐに相棒に待ったをかける。


「ちょ、待って」


「何?退治は俺がやるから気にしなくて……」


「そうじゃない!」


「え?」


 やっぱり何の事情も知らないのに一方的に退治とか、そんなのは嫌だ。相手には相手なりの事情があるはず。

 せめてそれを知りたかった私は、威嚇する土蜘蛛に向かって大声で叫んだ。


「土蜘蛛さん!あなた一体何をやらかしたの?」


「ちょ、ちひろ?」


 この私の行動にキリトは目を丸くする。釈然としないその顔を見て、私は自分の思いを素直に口にした。


「私は理由も知らずに攻撃するなんて出来ない。それに……見た目はともかく、そんな悪い妖怪には見えないよ」


「お前ら……変わってるな」


 私達の会話を聞いていた土蜘蛛が呆れたように言葉を吐き出した。すぐにでも私達を殺そうとしていたこの巨大妖怪も、私の予想と違う行動に戸惑っているようだ。

 もしかしたらここに交渉の余地があるのかもと、私は慎重に言葉を選ぶ。

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