土蜘蛛退治

第134話 土蜘蛛退治 その1

「ううぅ~ん……」


 天狗城で暮らすようになって一週間。何とかこの妖怪だらけの世界にも慣れて、夜も自宅レベルでぐっすり眠れるようになってきた。このお城の夜はとても静かで、夜が妖怪のメイン活動時間だとはとても思えない。きっとこの城内が特別なんだろうな。

 私は今夜も暖かいお布団を抱きしめて、妖怪世界の夜の中で夢を見る。


「あふぅ……もうだめぇ……」


 夢とは言っても見るのは普通の夢。あれから予知夢は一切見ていない。見ているのに忘れてしまうのか、全く見れなくなったのか、それは分からない。そもそも夢なんてコントロール出来ないものだしね。


 今見ているのは美味しいものが目の前にたくさんあるって言う、ある意味ベタな夢だ。食べて食べて食べ尽くしても食べ物はどんどん目の前に現れる。食べても食べても味がしない。なのに目の前に出されると口に入れられずにはいられない。味もしなければお腹も膨れない。

 最後はとても辛くなる。何これ、悪夢なの?


「ままぁ……」


 私は干したてでホカホカの柔らかい布団を抱きしめて恥ずかしい寝言を口にしていた。一応は個室で寝かされるようになって良かったよ。もし誰かに聞かれたら多分恥ずか死ぬわ。定番寝言とは言え、この歳でママはないよね、ママは。


 この時、私は夢の中で何もない世界を歩いていた。誰もいない、建物はある、道路には人も車も走っていない。きっとこんな夢を見たら誰だって淋しくなるよね。

 もしかしたらこの夢も形を変えた予知夢だったのかも知れないけれど、残念ながら目が覚めた時にはすっかりと忘れてしまっていた。こんな淋しい夢、忘れて正解だよ。



 朝の陽射しが部屋に入ってくる。その光が目覚まし時計代わり。どう言う仕組みかは分からないけど、天狗の里も人間の世界と同じで朝が来る。世界を照らすお日様は現実世界と同じものなのだろうか。

 ま、そこは深く考えなくてもいいよね。朝になって日が昇るって言うのは、世界が違っても同じなんだって事でさ。


「ふー、よく寝たぁ」


 私は朝日に起こされた後、そのまま上半身を起こして背伸びをする。それからは朝の身だしなみだ。入念にそれを済ませたら着替えて取りあえずは軽いストレッチ。

 妖怪世界に電波は飛んでこないからスマホをいじっても意味がない。って言うか、もう充電も切れてただの鉄の板だ。


 食事は相棒と一緒にって決めてあるから、準備が出来たら迎えに行く。どちらか早く起きた方がそうするって決めてから、キリトが私の部屋に呼びに来た事はまだ一度もない。アイツは本当に朝に弱いんだ。今日もそうだった。

 私はその決まりに従って彼の部屋に足を運ぶ。部屋に着いたら襖を開けて、まずは軽く呼びかけた。


「おーい」


「ん……」


 予想通りキリトはまだ眠っていた。って言うか今まで呼びに行って起きていた試しがない。布団にくるまっている相棒を目にした私にいたずら心が芽生えてしまうのは、ある意味必然と言うか、仕方のない事だよね。


「ニヒヒ……」


 いたずらと言っても大層な事をする訳じゃない。ただぐっすり眠っているキリトの寝顔をじいっと見つめてやるって程度の可愛らしいものだ。起きている時はたまにこいつどーにかなんねーかなって思う時もある相棒だけど、寝顔はね、かわいいんだこれが。ずっと眠っていたらいいのに。

 そんな訳で、今朝も起こさないように気配を消して至近距離まで詰め寄ると、そのままじいっと覗き込んでその可愛い寝顔を観察してやった。


「うむ、今朝もいい寝顔じゃのう……」


「ぅぁ……」


 私が熱心に眺めていると、その気配に気付いたのかターゲットの様子が少しおかしくなる。どうやらこの寝坊助もそろそろ覚醒の時が近付いているらしい。

 私は面白がってまぶたを閉じている彼に自分の顔を近付ける。


「わあああああっ!」


 目を覚ましたキリトはいきなり目の前に私の顔面があったと言う事でびっくりしたらしく、無茶苦茶大声を上げる。しっかりその表情の変化を楽しんだ私は、すっと距離を離して真顔で感想を口にした。


「何もそんなに驚かなくても」


「お、起こすなら普通に起こしてくれよ」


 彼は私に顔を見せないように目をそらしながら起き上がる。キリトが普段見せない顔をするのは早朝の寝起きの時くらいなので、私はにんまり笑うとそのリクエストを普通に拒否した。


「やだね」


「な、なんでだよ」


「だってつまんないじゃん」


 そうやって私が適当にからかっていると、彼はすっくと立ち上がり、布団を畳んで片付ける。それが終わると振り返り、私をにらむように強く見つめると寝癖頭のまま語気を強めに宣言した。


「ぜってー次から先に起きる!」


「へぇ?せいぜい頑張って」


「くっ……」


 そんな朝のやり取りを私達は毎回変わらずに続けていた。キリトは毎回早起きすると言いながら、私より先に目を覚ました事がない。学習しない家電製品以下の頭しか持ってないのだ。だから余裕を持ってからかえる。

 そんなコントを私が一方的に楽しんでいると、騒ぎを聞きつけたのか、ハルさんが部屋に現れた。


「お主ら……。朝から元気だのう」


「あ、ハルさん、おはようございます」


「うむ。今日は頼むぞ」


 大天狗からの依頼、結構久しぶりだ。最初に依頼を受けた時は2日続けてそうだったから毎日あるものだと思っていたけれど、3日目からお声がかからなくなった。

 なので、今日でやっと3回目。週に3回とか、バイト感覚だね。私はまだバイトの経験はないんだけど。


 仕事の依頼のない時はこちらの世界の普段着を着て、城内を探索したり城下町を散歩したりと気ままに過ごしている。妖怪の里を探索するのも結構楽しいもんだよ。

 さて、流石に仕事となると正装をしなくちゃだよね。


 と、言う事で天狗の服を着て仕事用の身だしなみを整える。一応キリトも鏡を見ながら不具合がないように何かやっていた。流石にこの準備は男子の方が早いので詳しい事は知らないんだよね。

 あ~あ、私もショートカットにしたらもうちょっと早めに仕上がるんだけどな。


 2人共が支度を整えたところで、待っていたハルさんと合流する。仕事のある時は朝ごはんは全ての説明が終わった後だ。今まで一応お腹は鳴っていないけど、今後も鳴らさないようにしなくちゃだね。出来れば朝食後に招集がかかればいいのになぁ。

 3人で歩調を揃えて大天狗の間に向かいながら、私はお約束の質問を飛ばす。


「今日は何をするんですか?」


「まぁ、まずは大天狗様に話を聞くのじゃ」


「はぁ~い」


 予想通りの答えが戻ってきたので私は素直に返事を返した。その態度を見たハルさんが何故か不思議そうな顔をする。


「今日はやけに素直だのう」


「私だって学習するよ」


「そうか。なら良し」


 もしかして、私って学習しないように思われてるのかな?だとしたらちょっと心外だよ。隣の男子みたいに早起きを宣言しながらずーっと朝寝坊しているのとは違うんだよね。

 これからは出来る女子をもっと主張していかなくちゃ。と、私が鼻息を荒くしていると今度は向こうから質問が飛んできた。


「で、今朝は何か夢は見たか」


「夢?見た気はするけど忘れちゃった」


「そうか……」


 ハルさんは私が夢を忘れたと聞いてがっくりと肩を落としている。まるで期待が外れたみたいな落胆のしかただ。

 その様子が気になった私は、すぐにその理由を聞いてみた。

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