第135話 土蜘蛛退治 その2

「夢がどうかしたんですか?」


「む、いやそう言う訳ではないのだがな。ほら、慣れない場所に来て眠れるのかと気になってだな……」


 どうやらハルさんは私を気遣っているだけのようだ。返事のタイムラグから言ってどこか怪しい気もしないでもないけど、ここで下手に疑っても多分場の空気が悪くなるだけだろうからと、私はこの話の流れに乗って笑顔で返事を返した。


「私は大丈夫ですよー。それならまだキリトの方が……」


「は?俺は大丈夫だよっ!」


 まだ話の途中なのに、キリトはすぐに話にツッコミを入れる。全く、自分がいじられるのがよっぽど嫌なんだな。子供っぽい。抗議する彼には悪いけど、私としてはもうちょっといじらないと気が済まないんだよね。

 と、言う事で、話を続けさせてもらう。


「本当にぃ~?夜明け近くまで眠れなくて寝坊したとかじゃないのぉ~?」


「部屋を暗くした後は熟睡してたっつーの!」


 そんな感じで寝坊をネタにキリトをからかっている間に、いつの間にか天狗城の最上階まで来てしまっていた。目的の場所まで来たと言う事で、はしゃいでいる私に向かってハルさんからの呆れた視線が飛んでくる。


「こらこら、喧嘩は止せ。もう大天狗の間の前だぞ」


「はぁ~い」


 こうして私達は一旦深呼吸して心を落ち着かせた。そうして気持ちを切り替えたところで、ハルさんが大天狗の間のふすまを開ける。そこから先の光景は以前と何も変わらない。中央奥に大天狗がでんと座っていて、周りに重鎮の天狗達と彼らの世話をするお付きの女性天狗達。

 私達が部屋に入ると、その全員の視線が一気に私達に注がれた。うう、まだちょっと慣れないなあ。


 私達は大天狗の前までゆっくりと進むと、そのまま座り頭を下げる。そうして頃合いを見計らって頭を上げると、天狗の長はじいっと私の顔を眺めていた。


「ふむ、今朝はよく眠れたか?」


「はい。いいお布団のおかげです」


「ほう。いい夢も見られたかのう」


 ここでもまた夢の事を聞かれるなんて。もしかして天狗達は私の夢に興味津々なのだろうか。確かに私の場合、あの予知夢がきっかけだから彼らが興味を抱くのも当然とも言えるよね。夢についてもっと詳しい事を知っていれば色々と話せるんだろうけど、私も何も知らないからなぁ。

 大天狗の好奇心でキラキラ光る眼差しを浴びながら、私は無理やり口角を上げて今の自分の気持ちを正直に口にする。


「えっと、多分……」


「そうかそうか。うむうむ」


 天狗の長はその返事で満足したのか、大きく何度もうなずいた。この話題で引っ張られても困ってしまうので、私は話題を変えようと自分から話しかける。


「あの、それで今日の仕事は……」


「おう、そうであったな。お主らに今回頼みたい仕事はな、土蜘蛛の退治じゃ」


 いきなり知らない妖怪の名前と、それの退治と言う今までと違う内容に依頼を受けて私は混乱する。


「つ、土蜘蛛?」


「如何にも。どうじゃ、出来そうか?」


「土蜘蛛って何?」


 初めて聞く名前で全然ピンと来なかった私は隣りに座っている妖怪マニアに話を振った。するとキリトは目の前で鳩が豆鉄砲を食らった顔を見事に再現する。


「おま!そんなの常識だぞ」


「どこの常識よ!」


 まるで私の方が世間知らずみたいな扱いをしたものだから、私もついムキになって反発してしまう。妖怪マニアにとっての常識が世間の常識みたいに思われるとこっちが困るんだよね。そりゃ、天狗の里じゃ私の方が世間知らずかも知れないけど。大体、キリトだって今までの付き合いで私の妖怪知識がどのくらいか分かってるはずなのに今更驚くってどうなのよ。

 そうやって言い合っていると、それがハルさんの気を悪くさせ、少し小さめの雷が飛んできた。


「まぁまぁ、2人共落ち着かんか。ここをどこだと思っとる」


「あっ……。ごめんなさい」


 その小言でここが大天狗の間で、天狗の長と大事な話をしている事を思い出した私は小声で謝罪する。すると、その様子を黙って見守っていた大天狗がここで役に立たない天狗マニアの代わりに今回の仕事についての補足情報を教えてくれた。


「ちひろよ、土蜘蛛とは妖怪の名じゃ。結構手強いぞ?」


「え……?で、でも勝てるんですよね?」


「さあどうかのう?儂はお主らの実力を知らんしのう……」


 大天狗は私達の実力を値踏みするように、少し演技がかった反応をする。もしかして勝てない相手の退治を命じられているのかとも勘ぐった私は、急に不安になって顔が青ざめ、無意識の内に弱音を口にしていた。


「そ、そんな……」


「じゃが、お主らはハルの試練を乗り越えたのじゃろう?なら大丈夫のはずじゃ」


 大天狗はそう言うと私達を安心させるように豪快に笑う。その流れから考えると、あのハルさんの試練は私達の強さを見極める役目も持っていたようだ。

 それはつまり勝てる見込みがあるって事。天狗の長の何も問題ないと言う意志を感じた私は、そこでようやく形のない不安から開放される。


「そ、そうなんですね。安心しました」


「後の詳しい事はハルから聞くが良い」


 こうして無事に大天狗の間での仕事受領の儀式は終わり、私達はその足で例の作戦司令室へと向かう。プレッシャーから開放された私は改めて隣の妖怪マニアに今回の仕事の難易度についての確認を取った。


「ねぇ、土蜘蛛って強いの?」


「むっちゃ強い」


「嘘?マジで?」


「マジだって」


 キリトの話によれば、今回の退治対象の土蜘蛛と言う妖怪は妖怪の中でもかなり実力派らしい。あれ?さっきの大天狗の話と全然違う。仕事の依頼主は安心させるために甘々な事を言いいそうだし、真実は妖怪マニアの言葉の方が近いのだろう。

 また一気に不安になった私は、思わずキリトの顔を見る。


「私達、勝てる?」


「伝説と本物が同じ強さって保証はないから何とも……」


 うーん、こいつも肝心なところではぐらかすのかぁ。これじゃあ判断のしようがないよ。受けちゃった以上やらなくちゃいけないのかもだけど、絶対勝てないみたいなら今からでもキャンセルしなくちゃ。

 もっと判断材料が欲しかった私は、ここでハルさんに質問する。


「ハルさん!」


「まぁ、詳しい事は部屋に着いてからじゃ」


「きっちり説明してくださいね」


 私が語気を荒くしていると、それを見ていたキリトが呆れた顔でボソリとつぶやいた。


「お前よくそこまで強気になれるな」


「何言ってるの。私はこの若さで死にたくないだけ」


「それは俺も同じだよ」


 何だかんだ言って、結局私達を意見を擦りわす事に成功した。それにしても土蜘蛛の強さを知ってるなら、話が出た時にすぐ抗議して欲しかったなあ。

 ――って、天狗を崇拝している彼にそれは無理な話か。きっと出来るって言われたら信じちゃうってヤツだな、うん。役に立たぬのう。


 さて、私達はこの時点でまだ食事を摂っていない。そんな訳で作戦司令室へ向かう前にまずはその空きっ腹を満たす事となった。朝食後に改めてハルさんの待つあの例の司令室に集まる段取りだ。


 そう言う訳で次に向かったのは天狗城の一般食堂。私達が向かうのを事前に知らされていたのか食堂につくと既に朝食は準備されていた。今日の朝ごはんはご飯に味噌汁に海苔に焼き魚……つまりは純和食っ!

 ま、天狗の里だし、洋食が出る事はないんだろうな。今はいいけど、ずっと和食だといつか飽きちゃいそう。

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