第118話 大天狗様と大宴会 その2

 この天狗の大将の誘いに対してどう対応していいのか分からなかった私達は取り敢えず時代劇っぽく土下座っぽい礼をする。作法がこれで合ってるかどうかは分からないけど、ハルもキリトも同じような事をしていたから私だけ軽く会釈、って態度は取れないよね。


「こ、この度はお招き頂き、恐悦至極にございまする~」


 私はうろ覚えの時代劇知識を絞り出して、それっぽい言葉で大天狗に挨拶をした。うーん、こんな感じでいいのだろうか?

 そうしたら、そんな私の言葉が不服だったのか、天狗の大将は露骨に顔をしかめる。


「これこれ、何もそんな時代がかった答えをせんで良いぞ。地の言葉で話すが良い」


「え?いいの?」


「ちょ、いきなりは……」


 私が顔を上げて普通の態度で話し出すと、すぐに心配性のキリトからのツッコミが入る。このやり取りを見ていた大天狗は豪快に笑い始めた。


「ああ、構わん構わん。本音で話す時に飾った言葉では真意は伝わらん。お主ら、儂に何か言いたい事があるんじゃろう?」


「えっ?分かっちゃった?」


「儂も多少は神通力を心得ておる。遠慮なく申してみよ。怒りはせん」


 大天狗はそう言うと顎に手をやって私達の顔を興味深そうに見つめる。もう何もかもお見通しと言った雰囲気がそこにはあった。彼の言う神通力によって私達の心の内はすっかり読まれてしまっているのかも知れない。そう思うとすーっと私の中から緊張感は薄れていった。知られているなら無理に心理的な駆け引きをする必要もないよね。

 ただ、このやり取りで同席していたハルの表情は何故か逆に曇っていた。


「どう言う事じゃ?」


「あのね、私は被害者なんだ」


「ほう?」


 私は自分の立ち位置を簡単に彼に説明する。ハルはこの初めて知る情報に素直にうなずいている。この場にいる誰からも止められる気配がなかったので私はそのまま話を続けた。


「わ、私は夢のお告げでお宝を手に入れたんだ。けど、そのお宝が私を人でなくしてしまうなんて知らなかった」


「なるほどのう」


「だ、だから……」


 ようやく話の核心まで来たところで私は口ごもってしまった。ここからが大事なのに、でも、だからこそ口に出していいのか躊躇ってしまったのだ。

 この場にいる天狗達、パッと見20人くらいに注目されて、私は緊張で体が固まってしまう。


「人に戻して欲しいと、そう訴えに来たのじゃろう?」


「え?えっと……はい」


 私が言えなかったその言葉を口に出したのは目の前でずんと構えている大天狗。やはり心を読まれていたようだ。訴えたい相手に真意を先読みされ、私は呆然としながらその言葉を肯定する事しか出来なかった。


 私の真意を確認した天狗の大将は、次に一緒にこの城にやってきたもう1人の人間に視線を向ける。


「そっちの彼氏も同じか?天狗は嫌か?」


「か、彼氏じゃないです!」


「で?天狗は嫌か?」


「う……」


 彼氏疑惑は秒で否定したものの、もうひとつの質問に対してキリトは実に歯切れが悪かった。彼は天狗文書を大事にしていたし、何か思う事もありそう。まさかとは思うけど、ここで変な事を言い出したりはしないよね?

 曖昧な態度を取る彼に、大天狗は真剣な表情でさらに追求する。


「何を戸惑う?儂にはもう答えは見えておるのだぞ?」


「正直言うと、憧れは……ない事も、ないです……」


 キリトは聞き取り辛いほどの小声でぼそっととんでもない事を言い放った。私に聞こえないようにとの配慮かなんか知らないけど、じゅーぶん聞こえたよっ!私は当然キレたよね。キレて当然だよね。苦労してここまで来たのは何のためなんだよって言うね!


「ちょ、何言ってんの?!」


「静かに!」


 私が声を張り上げたので、すぐにハルから諌められる。その大声で場は一気に静かになった。数秒の沈黙が、私達にはかなり重くのしかかる。ああ、もしここに誰もいなかったなら、すぐにでも隣りにいる裏切り者の服を掴んで力任せに前後に体を揺らしてやるのにっ!

 私達にとっては長い数秒の沈黙の後、大天狗は改めて浅野家の末裔に向かって真意を問いただす。


「そなたの本音を聞きたいのじゃ。そなたの口からの」


「お、俺は……いや、俺も人間に戻りたい……です。ただ、これから先、もし人生に絶望するような事があったら……」


 キリトは絞り出すようような声で本音を口にする。つまりこれからの人生の保険として、逃げ場所として、天狗もありかもなーと言ったところのようだ。

 最後まではっきり口に出来なかったこのヘタレの意見にじっくりと耳を傾けた天狗の大将は、微妙な表情をするとポツリとつぶやく。


「ふん、そなた……つまらんのう」


「……」


 その言葉にショックを受けたのか、キリトの顔はどこか青ざめているようにも見えた。あちゃー、これ私フォロー出来ないわ。裏切ってなけりゃ何か声もかけられたんだけど。って言うか、妖怪の大将を前にしっかり本音を喋る事が出来たのはまぁ頑張ったんじゃないかと思う。普通中々言えないよね。

 こうしてここに来た目的を全て果たしたと言う事で、後は相手側の反応待ちと言う事になった。お願い、どうかいい具合に話が転がりますように!


 私達が運を天に任していると、ここで対応に困ったらしき先導の天狗が今後の指示を求めた。


「大天狗様!この2人の処遇、どうすれば……」


「まぁ急くな。そなたら、その願いじゃがな、悪いが、はいそうですかと簡単には行かんのじゃ」


「そ、そんな……」


 望んだ答えが返ってこなかった事に私は悲観的な気持ちになる。ただ、明確な拒否の意思表示でない所に、わずかばかりの希望も持っていた。落胆してうつむく私を慰めるように、大天狗はそのまま話を続ける。


「まぁ話を聞け。簡単に行かんのはそなたらの身体がかなり天狗になっているからでもある。これを抜くのには同じくらいの時間が必要なのじゃ」


「じゃあ、時間をかければ……」


 よくよく話を聞いてみると、どうやら大天狗は私達を人間に戻してくれそうな雰囲気だ。それが分かっただけで心がパアアと明るくなる。希望の灯火が灯った事で物事を前向きに考えられるようになっていた。

 私を安心させた大天狗の話はそこで終わりではなく、ここから更に続く。だんだん雲行きを怪しくさせながら。


「それとな、儀式をするに当たって様々なものが必要になる。そなたら、もし本当に人間に戻りたいのであれば、我らの仕事を手伝うが良い」


「えっ……」


「何じゃ?願えばただで人に戻れるとでも思ったか?物を頼むにはそれ相応の対価が必要なのは人も妖怪も一緒ぞ?」


 そう言えば、妖怪の大将にものを頼むと言うのに、全くの無償でやってくれるなんて虫が良すぎる話だった。

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