第119話 大天狗様と大宴会 その3

 どうしてそこに気付かなかったんだろう。私は自分たちの行為の無謀さを改めて反省する。


「えっと、あの、ごめんなさい……」


「何、謝らんで良い。特にそなたは被害者なのだからな。それにいい仕事をすればそれだけそなたらが人に戻る日も早くなろうぞ。どうじゃ?」


「分かりました!よろしくお願いします!」


 優しい言葉をかけられた私は大天狗の頼みを二つ返事で引き受ける。この際、人間に戻れる何らなんだってするよ!

 この潔い反応に天狗の大将も満面の笑みを浮かべた。一見怖そうな大将だけど、元がイケメンだけに笑うと本当にキュートな顔になる。

 で、そんな私の返事を隣で聞いていたキリトはここでいつも通りのリアクションを返すのだった。


「ちょ、何を簡単に……」


「だって人間に戻れるんだよ?やるっきゃないよ!」


 この内輪揉めを至近距離で聞いていたハルが、この展開に納得していなさそうな彼に質問する。


「お主、まさか大天狗様の慈悲を受けたくはないのか?」


「あの、ひとつ確認させてください。天狗の仕事とは?」


 そう、キリトは妖怪の依頼の時の同じパターンでこの話を聞いていたのだ。出来ない事は出来ないと言うテンプレのアレ。立場がまるっきり変わっているのにキャラブレしないんだから困った話だよ。人間に戻してもらうんだから例えそれが無茶な要求でも頑張ってやらなくちゃでしょ。


 この変に上から目線な質問に大天狗がいい顔をするはずもなく、眉にシワを寄せるとキリトに逆に質問を返してきた。


「ほう?まだ何もしない内から仕事の心配か。ならば仕事の内容次第ではそなたは人に戻るのをあきらめるのか?」


「そ、それは……」


「穴に飛び込まねば穴の底に何があるかは分からんのじゃぞ。穴を覗き込んでいくら頭を捻っても深く暗い穴の底に何があるのかは分かるものではない」


「……」


 大将のその例えを聞いた彼は一言も言い返せなかった。ま、それは当然だよね。それからまたしばらく沈黙が続くものの、この重い気配を破ったのもまた大天狗の放った一言だった。


「何、決して悪いようにはせん。それに天狗の宝を全て集めたそなたらにはそんなに難しい内容ではないはずじゃ」


「やろうよ。大丈夫だって」


「大天狗様がここまで言ってくださっているのだぞ!」


 私とハルは必死になってキリトを説得する。ここでもし大天狗の機嫌を損ねたら、人間に戻してくれるって話もパアになってしまうかも知れない――私としてはそうなってしまう展開が一番怖かったのだ。それに、この場にいる天狗達全員が私達の動向に注目している。

 この周りの話を聞け聞けプレッシャーに屈したのか、キリトはしばらくの熟考の末にその重い口を開いた。


「わ、分かりました。仕事、手伝います」


「よし!よくぞ申した!それでこそ浅野の末裔じゃ!」


 私達の了承が取れたところで大天狗は大きく口を開けて豪華に笑う。こうしてさっきにまで張り詰めていた場の気配も一気に明るいものに変わり、私もまたほっと胸をなでおろした。これで何とか首の皮一枚繋がったよ。良かった良かった。


 と、言う訳で、善は急げとばかりに、私は早速天狗の大将にこの仕事についての話を進める。


「で、まずは何をすればいいの?」


「まぁそう急くな。まずはそなたらの歓迎会じゃ。今日はとことん食べて飲んで旅の疲れを癒やしてくれ!」


「え?やった!」


 歓迎会と聞いた私は目を輝かせた。そうして頭の中で昔河童の親父さんと楽しく騒いだ記憶が蘇る。あの時もかなり豪勢な宴会だったけど、今回は天狗の長の指揮する大宴会、きっと河童の宴会とは比べ物にならない規模になるんだろう。妄想を膨らませていると私はどんどんテンションが上ってくる。

 そんな最高にハイになった私に冷水を浴びせかけたのが、次に口を開いたキリトの言葉だった。


「あ、あの……俺達明日も学校が……」


「地上の事は気にせんでいい、ここは時空が違うのじゃ。例えここで一年暮らしたとて、地上では一日も経ちはせぬ」


 彼の心配を大天狗はそう言って一蹴する。このやり取りを隣で聞いていた私はとあるお伽話を思い出していた。


「すごい……。まるで龍宮城だね」


「ああ、うん」


 キリトは折角心配事がなくなったのにどこか微妙な表情をしている。一体何が気にかかっているんだろう。あれ?龍宮城の例えがまずかったのかな?

 何か言いたそうにしている彼が口を開きかけた時、まだこの場から動いていなかった私達にハルが声をかけてきた。


「ほれほれ、宴会会場はこの城の4階じゃ。早く行くぞ」


「嘘?もう準備が出来てるの?」


「ああ、儂らが城に入った時点でな。謁見で話がどう進んでも宴会をするのは決定事項だったんじゃよ」


 宴会って準備に時間がかかるものだから、最初から決まっていたって言うのその説明に私はすぐに納得する。多分実際のところは、ハルが私達を試しに出発した時点で宴会の準備は進められていたのだろう。失敗したら失敗したで残念会にすればいいんだもんね。


 急かされたと言う事もあって、私も早速宴会会場に向かう事にした。身体の向きを変えながら、まだすっぱり気持ちを切り替えられていなさそうな立ちっぱなしの彼に明るく声をかける。


「行こっ、キリト」


「お、おう……」


 声をかけてようやく事態を把握出来たのか、ここでやっとキリトも動き始めた。全く、世話が焼けるんだから。

 こうしてハルの先導のもとに、私達は宴会会場の天狗城4階へと向かう。



 私達がいなくなった天守閣では、大天狗と天狗の幹部達が私達に関しての話をし始めていた。


「行きおったか。大天狗様、いいのですか?あんな約束を……」


「構わんよ。話を聞かすには餌が必要だからのう……」


「では、あの2人には見込みがあると……?」


 幹部は何やら意味深な話を続けている。もしかして私達って何か特別な存在か何かなのだろうか?そうして大天狗を含めた天狗の上層部はそれを知っている。ああ、だから盛大にもてなしてもくれるのか。

 けれど私達はそんな会話が天狗のエラい人達だけでこっそりと行われている事を知る由もなかった。


 この時、大天狗は今日初めて出会った私達、特に私に並々ならぬ興味を抱いたようだ。


「特のあの娘、中々に不思議な力を秘めておる。流石は夢のお告げを受け取るだけはあるぞ」


「大天狗様がそう仰るのでしたら……」


「ああ、全て儂に任せるが良い」



 そんなやり取りが私達のいないところで行われているとは露知らず、私達は無邪気に宴会会場の天狗城4階に向かって階段を降りていた。

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