大天狗様と大宴会

第117話 大天狗様と大宴会 その1

 天狗城に入った私達はハルの案内のもと、大天狗の座す天守閣に向かって歩き始めた。城下町には様々な妖怪がいたものの、流石に城内部には天狗しかいない。私は物珍しさから城内を歩きながらキョロキョロと周りを見渡していた。隣で歩くキリトも流石に視線が泳いでいる。ついに念願の天狗城に来たんだもん、当然だよね。

 そんな興奮状態の私達をハルがじろりと見つめる。


「お主達、失礼のないようにするんだぞ」


「任しといてよっ」


「大丈夫かよ……」


 どんと胸を張る私に彼からのいつもながらのツッコミが入る。この聞き慣れたいじりを軽くスルーして、私はこの城の感想を声を弾ませながら口にした。


「それにしてもすごいね。時代劇の世界に来たみたい」


「じゃが、人の世界の城とは規模が違うじゃろ」


「うん、見上げていたら首が痛くなるよ」


「ガッハッハッハ」


 自慢の城を誉められて、ハルもまんざらではなさそうだ。この城は形こそ日本のお城と同じ構造なんだけど、スケールが全然違う。とにかく何もかもが大きい。多分軽く3倍はあると思う。

 それだけの大きさがあるから5メートルくらいの大きな天狗もノシノシと平気で歩いているし、天井付近を飛んで移動している天狗もいた。


 建物も大きいけれど、各種装飾も見事で芸術家の作った渾身の作品の中を歩いているみたいな感覚を覚えてしまう。大きいって事はそれだけ移動距離も長くなって大変って事でもあるんだけど。

 このままずっとただ案内役の天狗についていくと言うだけでは暇だったので、私は色々聞きたい事を先導する彼にぶつける。


「大天狗はやっぱりこの城の一番上にいるの?」


「こら、大天狗様だ!言葉に気をつけろ!」


「はぁ~い」


 やっぱりハルも天狗の眷属だけあって、主に対する忠誠心は高かった。私は怒られながら小声でキリトに耳打ちする。


「結構細かいね……」


「いや当然だろ」


 うーん、思考が妖怪側の彼は味方になってくれそうにないか、残念。なので話を切り替えて次は今後の事についての相談をする。


「で、作戦は何か考えてるの?」


「大天狗に会ったら素直にお願いするしかねーだろ。人間に戻りたいって」


 キリトの考える作戦は作戦とも呼べないような単純なものだった。私はそんなに簡単に話が受け入れられるとは思っていない。大体、この天狗化の話は人間側から天狗にお願いして実現した話だ。それなのに、実は天狗にはなりたくないんですって言って、それが通るって考える方が変だよね。私が天狗だったら意地でも天狗にしちゃうだろうな。


 だからもし人間に戻りたいなら、人間に戻らせないとダメだって天狗側に思わせないといけないと思うんだよね。

 と、言う訳で、私は自分の考えをそれとなくぼかして口にする。


「うーん。それでいいのかなぁ」


「不満ならそっちで何か考えたらいいじゃねーか!」


「何も怒らなくてもいいじゃない」


 自分の意見が受け入れられなかったのが不服だったのか、キリトは突然声を荒げた。あーあ、冷静に話し合いをしようとしたらコレだよ。本当、男子って身勝手だよね。折角周りに聞かれないようにこっそりとやり取りをしていたのに……。

 急に彼が大声を出してしまったので、ハルがそれに気付いてしまう。


「何をブツブツ言っている?」


「え?あ、いえあのその……大天狗様はきっとすごいお方なのだろうなーって、あはは……」


 ヤバイと思った私は慌てて口からでまかせを言った。彼は身内を褒められるとすぐにその話に乗っかるので、これで誤魔化せると踏んだのだ。そうしてこの私の判断は大正解。大天狗の事を褒めちぎった私の言葉を聞いたハルは当然のように分かりやすく破顔する。


「うむ、その通りじゃ。お主、分かっておるのう」


「え、えへへ……」


「そもそも今の大天狗様はな、先代から引き継いだ素晴らしい環境を維持しただけでなく、広く世界に目を向けられて……」


 彼の話はその後も終わる事なく続き、私はその話に太鼓持ちよろしく相槌を打ちまくる。ハルの口からはどれだけエピソードが出てくるんだよって感じで次々に話が飛び出し、全くそれが途切れる事がなかった。

 こうして図らずして大天狗の情報をかなり仕入れる事が出来てしまう。


 その話の内容はと言えば、基本褒めちぎっているんだけど、実はまだ結構若い事や、それなりに革新的な事をしている事、多くの妖怪に慕われている事など、これらの話が本当ならばこの先で私達が会う天狗の大将はかなり話の分かる器の大きな大物っぽい。誠意を持ってお願いすれば私達の話もちゃんと聞いてくれそうだ。


 この永遠に続くかのようなハルの大天狗エピソードが不意に止まったので、どうしたのかと彼を見るとその理由はすぐに判明する。そう、目的地に着いていたのだ。身内の自慢話をどれだけ長時間聞かされたんだって話だよね。


「ほら、ここじゃ」


「こ、この先に大天狗様が……」


 階段を登りに登って辿り着いた先、目の前の巨大なふすまの先にずっと会いたかった存在がいる。ここまで来ると流石の私も緊張感が高まった。ここから先の会話の選択次第で私達の運命が決まると言っても過言じゃない。きっと一緒に来た相棒は私の数倍緊張しているんだろうな。

 この私達の心理状態を知ってか知らずか、案内役の天狗はニッコリと満面の笑みで私達を見つめる。


「良かったな。きっとお主らの望みも叶えられよう」


「あはは……そうですね」


 この裏表のない純粋な笑顔に私は引きつった笑顔を返す。もうそれ以上の反応は出来なかった。私は何度か深呼吸をして心を落ち着かせると、それを見計らっていたハルは満を持したと言う雰囲気でふすまに手をかける。


「では、参るぞ」


 そうして私達はこの天狗城の主、大天狗とついに対面した。想像上のそれはかなりの巨大さで、でんと構えていて貫禄たっぷりと言うものであったのだけれど、実際にそこにいた大天狗は人間と比べたら大きいものの、3メートルくらいの大きさで体型も細マッチョ、鼻の長さこそ流石天狗族の長と言う立派さだったものの、それ以外はイケメンで、だからこそ逆にその鼻が異彩を放っていた。

 背中の羽は座っているので見えないけれど、多分立派なのだろう。服装はお約束のように山伏の服装にそっくりだった。ここは定番を外さないんだなぁ。


 そんな大天狗は時代劇の将軍が座っているような椅子の豪華版みたいなのにあぐらをかいて座っていて、まっすぐに私達を見つめていた。


「ほう、そなたらか、儂らの課した試練を見事こなしてきたのは。天晴じゃ。近う寄れ、話をしようぞ」


「は、ははぁ~」

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