小人の依頼

第100話 小人の依頼 その1

「私は名をなくしてしまったんじゃ」


 豆彦は開口一番にそう告げる。この突然の告白に私達は言葉を失った。特にキリトなんて呆然としてしまって、しばらく役に立ちそうにない。私は頭の中でグルグル渦巻く疑問を解消しようと、取り敢えず思いのままにそれを口にする。


「え?だって豆彦って……」


「それは仮の名じゃ。いつしかそう呼ばれておった」


 うーん、簡単に言うと豆彦は記憶喪失ってやつなのかな?そんなの私達にどうとか出来るような問題じゃないよ。相談を持ちかける相手が違っているよね。あ、とは言っても人間のお医者さんに診てもらう訳にもいかないのかぁ、困ったなぁ。

 私が返す言葉を失っていると、もうひとりの部員がようやく息を吹き返す。


「名前探し……これは穏やかじゃないぞ」


「急にどうしたの?」


「いいか、名前なんてすぐに分かるものじゃない。大体、探しようがないし」


 そんなの分かってるよ。分かってるから困ってるんじゃない。と、言う言葉を胸の奥に押し込んだ私は、ポーカーフェイスを決め込んでキリトの顔を見る。

 彼はいつだって出来ない事には首を突っ込まない性格だ。だから、今日は先手を取ってやろう。


「それもそうだよね。じゃあ帰ってもらう?」


「いやまて、流石にすぐに帰すのは違うだろ?」


 キリトは豆彦を返そうと言う私の提案を秒で否定した。返ってきたこの言葉に私の方が困惑する。どう言う事?いつもと全然違うじゃん。


「ええっ?だってキリトいつも出来ない事は出来ないって言ってたじゃん」


「別に話を聞いてからでも遅くはないだろ?やってみたら意外と楽な依頼かも知れないし」


 何でいつもと会話の役割が逆転してんのよ。諦めようって意見に抗議するの、本来なら私の方なんだけど?

 もしかして彼には何かこの依頼をクリアする秘策でもあるのかな?だから話を進めようとしているのなら納得だけど。

 まずはそれを確かめようと、私は机の上にちょこんと立っている妖怪に質問する。


「あの、このは依頼は楽に片付きそうな話なんですか?」


「断言は出来ぬよ。じゃが、そなたらにならと思ったのじゃ」


 どうやら豆彦は私達に期待をしているらしい。どうしてそう思ったのだろう。それが分かれば何か手がかりになるはず。私は更に質問を続ける。


「それはまた何故?」


「実績じゃよ。そなたらは今までに何度も依頼をこなしているじゃろう?」


「いやあ、たはは……」


 豆彦に今までの実績を褒められた私は照れくさくなって顔をそらした。やっぱり実績って大事なんだね。その代わり、どんどん依頼の難易度も上がってしまうけど。

 私がクレヨンしんちゃんばりに頬を緩ませていると、ここでキリトからのお約束のツッコミが入る。


「今までのはみんなそんな難しいものじゃなかったからな」


「ま、そう言う事です」


 反論の出来ないそのツッコミに思わず私は素直にうなずいた。このやり取りで少しは私達の過大評価を修正してくれるかなと思ったら、机の上の彼は少しも態度を変えずに私達に訴える。


「それでも実績は実績じゃ、胸を張っていい」


「え、えへへ……」


 再度褒められた私はまたしても顔がにやけてしまった。普段褒められ慣れていないせいもあって、この時の私はあまり人に見せたくない表情をしている気がする。とは言え、そんな表情をキリトと鈴ちゃんに見られている訳だけれども。で、そんな顔を見た2人は――真顔だった。反応に困ってるねこれ。

 周りの反応を見て私の表情が固まってる間に、まずはキリトが動く。問題解決のための情報収集に入ったのだ。


「まずは事情を聞いても?」


「そうじゃな、じゃあ……」


 彼の質問を受けて豆彦は昔話を始める。事の起こりは200年前に遡るようだ。そんな昔のある日、小さな妖怪は山道で行き倒れていたらしい。目が覚めると記憶を失っていて、途方に暮れたのだとか。

 ここまで話を聞いた私は、そこで感想を漏らした。


「それは大変でしたね」


「山の動物達は良くしてくれたよ。だからあまり苦労はしておらぬ」


 どうやら当時の彼は山の動物達に手厚くもてなされたらしい。流石は元々偉い存在だね。きっと動物達にはそれが本能で分かったんだ。もしかしたら動物達とも話が出来るのかも。

 と、妄想を膨らませていた私の中にある疑問が思い浮かぶ。


「あれ?でもその頃は名前は気にしていなかったって事ですよね?」


「ああ、あの頃は何故だか昔の記憶なぞどうでも良いと思っておった」


「じゃあ、いつ頃からそうではなくなったんですか?」


 この当然の質問に対して、豆彦はとても衝撃的で興味深い言葉を口にする。


「それはの、3年前に私の前に大カラスが現れてからなのじゃ」


「大カラス!」


 私がその言葉に驚いていると、今まで黙って話を聞いていたキリトがここで会話に入ってきた。


「それって前に俺達の前に現れたのと同じヤツなのか?」


「そなたらの前に現れたのが同じ大カラスかどうかは分からんが、あれほど見事なカラスもそうおらんとは思うのう」


 豆彦のこの話っぷりから見て彼が会った大カラスと私達が遭遇した大カラスが同一の鳥である可能性は更に高まった。天狗のお宝の影に大カラス、これってお約束のような鉄板シチューションなのかも知れない。


「で、カラスは何て?」


「主様が貴方様に話がしたいとおっしゃっておると……」


 大カラスの主と言えば、それは天狗に違いない。そう思った私は、まだ話の途中ではあるものの、結論を急いで豆彦にカマをかけた。


「じゃあ、天狗にも会ったんだ?」


「ああ、当然な。そこでかつての私がどういった者かの説明をしてくれた。話を聞いている内に色々思い出してきたのじゃ」


 彼は当たり前のように妖怪の長と対等にやり取りをしたと話している。話を聞きながら、私は目の前の小さな存在がとんでもなく偉い存在だと言う事を改めて実感する。

 けれど話を聞いていて違和感も同時に感じてしまい、この時に思った事をそのまま素直に口に出した。


「あれ?じゃあその時に名前を聞いていたら良かったんじゃ?」


「それがの、天狗は今私が豆彦と名乗っていると言うと、それはいい名前だと言って一度も本当の名前で読んでくれんかった。じゃからその時は別にそれでいいと思ってしまったのじゃ」


「じゃあ、それから時間が経って、やっぱり昔の名前を知りたくなったって事?」


「まぁそう言うところだな」


 これで豆彦からの昔話は終わる。話をまとめると、天狗って案外いい加減って言うか大雑把って言うか……要するに豪快なんだな。会った時にちゃんと名前を教えてあげていれば、彼もこんなに苦しまなかったのに。

 結局、この話には名前を探るヒントは特になかった。私は困ってしまってもうひとりの妖怪大好きな部員に助けを求める。


「ねぇ、どうしたらいいと思う?」


「まずはその倒れていたって言う場所に行ってみないか?」


「あ、そっか。現場に行けば何か思い出すかもだね。でも遠かったらどうしよう?」


 私はキリトのアイディアに賛同しつつ、その問題点について頭を悩ませた。私が腕を組んで首をひねっていると、この会話を聞いていた豆彦が口を開く。


「私は天狗山で倒れておったのじゃ」


「えっ?天狗山?近っ!」


 私は現場が近くて一瞬喜んだものの、もしかしたら同じ名前の別の山かも知れないと思い直して首をかしげた。

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