第101話 小人の依頼 その2

 するとキリトがそんな私の不安を吹き飛ばす一言を呆れ顔でつぶやいてくれた。


「いや、この大きさだぞ、そんな遠くには行けないだろ?」


「あ、それもそっか」


「じゃあ、次の休みに行ってみよう!」


 そう言う訳で話もあっさりと決まり、時間はあっという間に過ぎていく。土曜の朝、緊張からか普段よりも30分早く起きた私は素早く支度を済ませて家を出た。高揚した気分のまま、足取りも軽く待ち合わせ場所の学校の正門前へと歩いていく。


「ふう、ちょっと早かったかな?」


 学校の正門が見えてくると、まだ誰もいないと思っていたその場所に人影があった。嘘?私より先にキリトが?

 その先客は私が近付いてくるのに気付くと、くるっと顔を私の方に向ける。


「遅いぞ」


「うわ!負けた!」


「勝ち負けじゃねぇだろ?」


 彼は勝ち負けじゃないと自分で言いながらすごく勝ち誇った顔をしている。言葉と態度が別じゃないのよもー!

 私が声も出さずに静かに悔しがっていると、足元から今回の主役がひょこっと可愛らしく顔を出した。


「2人共すまんな」


「いえいえ、じゃ、行きましょうか」


 私はその小さな妖怪を肩に乗せると歩き出した。待ち合わせを学校にしたのはその方が豆彦が分かりやすいだろうと思ったからで、ここから天狗山まではバスで向かう。直通で行ける便はないのでまずは駅前で降りて、そこで乗り換えて向かうって段取りだ。

 休日の早朝のバスは乗客が少なく、好きな座席が選び放題だったので、私達はそのまま一番後ろの座席に座る。勿論窓側が私でその隣がキリトだ。


 最初の頃こそ無言でバスに揺られていたものの、その内退屈になった私は肩に乗せた妖怪に話しかけた。


「豆彦さんは普段は何を?あっ、名前を探して欲しいのにその名前で呼んでも……?」


「ああ、構わんよ。それに呼び名がないと困るじゃろう?」


 名前を探しているとは言え、豆彦は別に今の呼び名も嫌いではないらしい。彼をどう呼んだらいいか考えていた私はほっと胸をなでおろす。


「そ、そうですよね」


「後、普段の話じゃが、普段は好きに暮らしておるな。後は昔の記憶を思い出そうとしておるかの」


 普段の豆彦はどうやらニートみたいな暮らしをしているらしい。ま、妖怪だもんね。学校も仕事もないよね。夜は墓場で運動会とかするのかな?

 さて、普段の様子が分かったところで他の事を聞こうかな。えーと、やっぱ次は特技とかかな?すごい妖怪だって話だしやっぱ気になるし。


「あの、やっぱり何か特別な事とか出来たりするんですか?」


「本来ならきっと何か出来ていた気がするのう」


 どうやら記憶を失っているせいで今は特にすごい事は出来ないっぽい。ここで彼が淋しい顔をしていたので、私は過去話で出てきた話を蒸し返した。


「天狗さんは教えてくれなかったんだ?」


「あやつらの話は大袈裟すぎてちょっと信じられん。私が空を飛んで天候を操っただとか、薬の知識が豊富でどんな病も薬で治してしまっただとか……」


「えっすごい。本当に神様みたい」


 この話を聞いた私は素直に驚いていた。そんな事が出来るなら本当に神様だよ。身体が小さいのが更に神秘的に感じさせるし。

 でもあまりに話のスケールが大きいのが逆に言われれた本人にはピンとこないらしい。豆彦は自嘲気味に笑うと、窓の外の流れる景色を見ながら口を開く。


「だからからかっておるのだろうよ。私が朧気に覚えておるのは天狗達と旅をしておった記憶くらいじゃ」


「日本中を?」


「まぁ、この記憶が確かなものであるのならな」


 一応天狗の話を聞いて思い出せた事はあったみたいで、そう話す彼の顔はどこか嬉しそうにも見えた。私はどこまで思い出せたのか知りたくて、この話を更に探ってみた。


「それってすっごい昔の話なんでしょう?大変な旅だったんじゃない?」


「それがな、結構楽しかった……気がするんじゃ」


「そうなんだ、それなら良かった」


 この話しぶりからみて、思い出せた記憶も確実なものではなさそう品雰囲気だ。私はこれ以上の追求は難しそうだなと考えてお茶を濁すような返事を返すと、別の話題を探した。

 そんな時、突然隣りに座っているキリトからの冷たい声が届く。


「おい、もすうぐ着くぞ」


「あわわっ、降りまーす!」


 話に夢中になっていた私はそのアドバイスを受けてすぐに降車ボタンを押す。本当、誰かと話していると時間なんてあっと言う間だね。バスはその後天狗山の近くのバス停に停まる。ここからは徒歩だ。私達はバスを降りて久しぶりに天狗山に足を踏み入れた。

 そうして見慣れた景色に辿り着くやいなや、豆彦が目を輝かせながら声を上げる。


「おお、天狗山、変わらぬのう」


「山のどの辺りで倒れていたか覚えてます?」


「当然じゃ、案内する」


 山に入ってからはこの小さな彼の指示に従って山を登っていく。秋も深まり始めた天狗山は少しずつ木々の葉の色が色付き始めていた。もっと葉が鮮やかに色付いてきたら紅葉狩りに来てもいいかも知れない。くねくねと獣道を歩きながらのその道程はそこまで厳しいものではなかった。


 元々小さな山だし、小さな妖怪の感覚だから人の足だとすぐに着いてしまったのだ。時間にすると登り始めてから10分くらいだろうか。話しながら歩いていたので実際はもっと登ったのかも知れない。


 そこは、初めて山を登った時にキリトが迷っていた場所の近くだった。


「確かこの辺りじゃった……」


「何か思い出せそう?」


「うーん……」


 豆彦は腕を組んでうなり始める。どうやらただ場所に着いただけで自動的に記憶が蘇るほど単純な話ではなさそうだ。彼も困っているけれど、同行した私達も同様に困惑していた。何故ならここから先がそもそもノープランだったからだ。

 あまりにも考えが楽天的だったと、私は途方に暮れる。


「でも200年も経っていたら流石に雰囲気とか変わってるよね……」


「これで何も分からなかったらお手上げだな」


 同行していたキリトも何かいい考えを持っていた訳ではなく、私達は揃って自分達のポンコツ具合を嘆いていた。このままじゃ埒が明かない。

 さてどうしようかと取り敢えず道端でうなっている小さな妖怪に話しかけようとしたところで、件の彼が振り向いて私達に向かって話しかけてきた。


「ここからしばらく歩いてみる」


 私達は揃ってうなずいて豆彦の好きにしてもらう事にした。彼は何か思うところがあるのか、迷う事なくずいずいと道を歩いていく。黙ってついていくのも味気ないと思った私は、邪魔にならないように気を使いながら話しかけた。


「豆彦さんはここには何度か戻ってきた事はあるの?」


「目覚めてから100年はここにいたからのう。それからは色々あったから、戻るのは100年ぶりじゃ」


 この言葉を聞いた私はちょっと気になる事があったので、一緒に歩いている相棒にそれとなく耳打ちするようにこっそりと話しかける。


「ねえ、最近の100年って結構環境の変化とかあったりするよね?」


「激動の100年だもんな……」


 キリトも私の言いたい事が分かったのか、空気を読んだ返事を返した。そう、100年も時間が空いたら山の景色も変わってしまっているのではないかと言う懸念だ。

 もし私の推測が正しければ、先行する豆彦はやがて道に迷う事になる。出来ればそれは当たっていて欲しくない予想だけど……。


「む!」

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