第99話 小さなお客様 その4

「……まして」


「あれ?声が……」


 誰も発見出来ない中で声だけが、か細い声だけが聞こえてきた。私は改めて声のした方に顔を向ける。ただ、声自体が小さかったので向けた顔の方向に自信がある訳じゃなかったんだけど。

 色々試して結局何も発見出来なかったため、私は困り果てて思いっきりため息を吐き出した。そんな私を見かねたのか、ここでキリトが声をかけてきた。


「ちひろ、下だ下」


「下って……。うわあっ!」


 そう、ずっと探していても見当たらなかったのは当然だった。その妖怪はちっちゃかったのだ。大きさは親指の先くらいだろうか。単位で言うと3cmくらい?そのくらいの大きさのちっちゃな妖怪が目の前、いや、この場合は目の下……じゃないや、足元にいた。一体いつからそこにいたのだろう。

 私がその妖怪に気付くと、彼は元気に挨拶をしてくれた。


「はじめまして……私は豆彦と申す」


「ちっさ!踏まなくて良かったよ」


 私はそのちっちゃな妖怪を手のひらに乗せて、見やすいように机の上に下ろした。妖怪には大きいのも小さいのもいるけれど、ここまで小さい妖怪を私は初めて目にしたよ。小さな人形みたいだけど、しっかり生きているんだなぁ、不思議だなぁ。

 豆彦は大きさが3cmくらいで服装は昔話に出てくる正直者の爺さんみたいな服装をしている。つまり昔の和服だ。顔は結構濃くて意思が強そう。この妖怪を一言で言うなら一寸法師っぽいと言うところだろうか。流石に針の剣は持ってないみたいだけど。


 私がこの小さなお客様にずっと構っていると彼のせいですっかり注目されなくなった花子さんが大声で叫ぶ。


「これで用事は済んだからね!私は帰る!」


「あ!ちょっと待って!」


 私はこのまま彼女を帰してしまってはいけないと言う気持ちが高ぶって、思わず呼び止めた。花子さんも文句を言いたそうな顔をしながらも素直に従って、歩みを止めると、振り返って私の顔をマジマジと見つめる。


「何?」


「いつでもここに来ていいからね。今度は楽しい話とかしようよ」


 私はそう言って笑顔を向ける。彼女の態度は淋しさの裏返しだって分かったからだ。花子さんはいつも学校のトイレで誰にも気付かれないままひとりぼっちなんだ。そう思えたから。

 この私の申し出に対して、彼女は顔を背けながら強がりを言った。


「べ、別に!私だってこう見えて忙しいんだから!」


「うん、だから淋しくなった時でいいからさ」


 今なら花子さんのどんな言葉でも受け入れられる。天邪鬼なやり取りならもう慣れているし。

 彼女は声のトーンを変えずにまた強がりを続けた。


「別にそこまで淋しくないし!友達だっているし!」


「そっか」


「でもそうね!どうしてもあなた達がこの花子さんと話をしたいって言うなら特別にいいわよ!」


 あ、これツンデレだ。彼女はツンデレのテンプレをトレースしながらまんざらでもなさそうに笑った。顔は恥ずかしさからか、こちら側に向けてはくれなかったけれど、声が弾んでいるので花子さんがどう言う気持ちで喋っているのかすぐに分かる。私はそんな彼女の不器用さにくすっと小さく笑った。

 しかし、そんな感情の微妙な表現が読めなかったのか、単に私達に対する態度が気に入らなかったのか、ここで鈴ちゃんがまたあの鬼モードに変身して強気な事を言う花子さんに低い声で話しかける。


「花子さぁ~ん?」


「わっ!あ、あなたなんて別に怖くも何ともないんだからねっ!じゃあまたねっ!」


 鬼モード鈴ちゃんに恐れをなしたのか、花子さんは急いで部室を後にした。本当に怖かったんだろうなぁ。

 私としてはもっと落ち着いたお別れをしたかったんだけど、これは仕方ないかな。鈴ちゃんにも先輩妖怪としてのメンツがあるもんね。

 でも、あんまりしつこいのも彼女らしくはない気がする。


「もう、鈴ちゃん脅かしちゃ駄目だよ」


「す、すみません。あの子の態度があまりにも酷かったので」


 花子さんがいなくなった事で鈴ちゃんはすっかりいつもの雰囲気に戻っていた。さっきまで怒っていたのがまるで嘘みたいに。

 私は反省する彼女を見ながら、なだめるように優しく声をかける。


「でも鈴ちゃんも怒る時は怒るんだね、安心した」


「安心……ですか?」


 想定外の言葉が返ってきたからか、鈴ちゃんは戸惑っている。やっぱり怒られると思ったんだろう。私はそんな心の狭い人間じゃないよ。

 でもその困惑する顔から見て、さっきの言葉の理由を聞きたがっているのは間違いなさそうだったので私は笑顔で説明をした。


「うん、だっていつもいつも笑ってるからさ。滅多に怒らないし」


「私だって機嫌の悪い時はありますよ」


「だよね、だから安心した。同じなんだって、私達と」


 そう、私は鈴ちゃんにもちゃんとした喜怒哀楽がある事が分かって嬉しかったんだ。そこまで話すと流石に彼女も分かってくれたようで、納得した顔を見せてくれた。

 めでたしめでたしと2人で笑いあっていると、ここでその様子を冷めた目で眺めていたもうひとりの部員が、様子を伺うように声をかける。


「おーい、もういいか?それよりこの小人さんの話を聞いてやれよ」


「あ、そうだった。ごめんね。一体何の要件でここに?」


 私は机の上の小さな彼の事をほったらかしにしていたのを思い出して、慌てて話しかけた。すると豆彦は特に怒った様子も見せずに、淡々と自分がここに来た理由を口にする。


「私はそなたらに助けを請いたいのじゃ」


「て事は依頼だね。もしかして報酬はお宝かな?」


「そんな簡単には行かないだろ流石に」


 私が短絡的な反応をするとすぐにキリトからのツッコミが入る。ま、そんな簡単に行ったら苦労しないよねなんて私が思っていると、彼は大きくうなずいてドヤ顔で宣言する。


「いや、そなたらが欲しておるものを私は持っておるぞ。だからこそ話をしにきたのじゃ」


「えっと、それって天狗のお宝の情報だよね?」


「勿論じゃ。天狗共と私は古い付き合いじゃからな」


 豆彦は思いっきりふんぞり返って自分の交友関係を自慢する。天狗と友達って事は普通の妖怪ではないのだろう。だって普通の妖怪は天狗を恐れているもの。つまり目の前の小さな可愛らしい妖怪は天狗と同じくらいの偉い存在だと言う事になる。

 そう言う考えに至った私はびっくりして彼に尋ねた。


「え、もしかして豆彦ってすごい偉い妖怪さん?」


「小人って言うのは元々は神様だったりする場合もあるんだよ」


 ここで妖怪博士がまた横から妖怪豆知識を披露する。この話を聞いた私はつい漫画のキャラみたいな大袈裟な驚き方をしてしまった。


「ええーっ!じゃああなたは神様なの?」


 この反応に豆彦は顔真っ赤にして横に向けると、照れくさそうに頭を掻いた。


「いや、今は見ての通りじゃ。こんな神様もおるまい?」


「そ、そうかな……?何かよく見たらすごい高貴な感じがするんだけど……」


 それが偉い存在だと言う風に一度認識してしまうと、どんな格好をしていてもそれっぽく見えてしまう……不思議だよね。

 私が興奮しながら小さな神様を眺めていると、ずっと話が進まない事に業を煮やしたキリトに急かされてしまった。


「まぁ、その話はまた後でいいじゃねぇか。まずは依頼を聞いてみようぜ」


「あ、ああ、そっか、そうだよね」


「うむ、では早速話を聞いてくれるかの……」


 こうして私達はこの小さくて可愛らしい依頼人の話を聞く事になった。姿は小さいけれど、とても偉い存在からのお願いに私は変に緊張し始める。

 どうか自分達に何とか出来るようなお願いでありますようにと、私は心の中で必死に祈っていた。

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