小さなお客様
第96話 小さなお客様 その1
放課後の部室。夏の暑さもいつの間にか過ぎ去り、秋の風が心地良い。もうちょっとしたら寒い寒いって騒ぎ始めるんだろうな。既に教室の窓はぴったり閉じられてまず開ける事はない。いつの間にか11月だもんね。ハロウィン辺りに妖怪達が騒ぐかなと思ったけど、やっぱ日本の妖怪に海外のお祭りは関係なかったみたい。ちょっと残念。
あれから妖怪相談でも特に大きな動きはなく、残りお宝一個にして状況は進展しないままだった。それでもお宝探しもここまで来たかと思うと、私は嬉しくなってついつい頬が緩んでしまう。もうすぐ私達は人間に戻れる。人間じゃなくなる恐怖から開放されるんだ。
「うふふ、後一個。残りは天狗の印籠っと」
「浮かれてるな」
私が上機嫌でいるとキリトがツッコミを入れてきた。今の私にそんな言葉は通じないよん。相変わらず天狗文書とにらめっこしている彼に今度はこっちから質問を飛ばしてみる。
「ね、ラスイチなんだからもう妖怪の助けとかいらないんじゃない?」
「そんな訳ないだろ?」
「そう?」
今まではお宝の数が多かったから妖怪の助けが必要だった訳で。後一個なら私達でも頑張れば何とかなりそうな気がするんだけど……。キリトはこの私の考えを明確に否定した。納得いかない私に振り返った彼は真面目な顔をして続ける。
「じゃあ言うけど、その印籠はどこにあって、どうやったら手に入る?手がかりははないんだぞ」
「その毎日にらめっこしている書物には書いてないのかい?」
私は今まで大して役に立っていない文書を未だに解読しているキリトにツッコミを入れる。大体、文書に全てのお宝情報が書かれてあれば、最初からこんな苦労なんてしていなかったんだ。
キリトはそう言う返事が返ってくるのは想定内だと言わんばかりに、ほぼ間を置かずにぶっきらぼうに返事を返す。
「分り易く書いてあったらそんな苦労してないっての」
「大体、キリトが文書を完全に解読出来ていれば、妖怪の助けもいらなかったんじゃん」
その言い方が気に入れなかった私はつい喧嘩腰になってしまった。この言葉が気に障ったのか、彼も冷ややかな目で反撃する。
「ああ、悪かったよ。解読には一切関わっていないお嬢さん」
「あ、何それ!自分で触らせなかった癖に」
ああ、もうどうしてこう売り言葉に買い言葉になってしまうんだろう。険悪な雰囲気になんてしたくなかったのに。部室の雰囲気が悪くなったところで部内唯一の良心である鈴ちゃんが両手を前に揃えて出して涙目で訴えた。
「け、喧嘩はやめてくださーい!」
「あ、ごめんね鈴ちゃん」
こうして美少女妖怪にたしなめられて、私達の言い争いは終了する。実は最近、部室に来るとこう言うやり取りばっかりだ。全ての原因はノリの悪いキリトが悪いせいなんだけど。
きっと彼は彼で雰囲気が悪くなるのを私のせいにしているんだろうな。全く、噛み合わないや。
結局お宝情報についてはキリトを頼りには出来ないって事で、私は頭を抱える。
「しかしそうなると、やっぱ最後まで天狗のお宝は妖怪情報頼みなのかぁ……」
どうして私が困っているのかと言うと、実は秋が深まり始めた辺りから何故だか教室を訪れる妖怪がめっきり減ってしまっていたからだ。何故そうなったのか原因はさっぱり分からない。
当然、鈴ちゃんもその事を心配していた。
「最近めっきり妖怪が訪れなくなりましたよね」
「何でかなぁ?一応今まで失敗は一度もしてないんだけど」
妖怪が相談に来なくなった理由だけど、同じ妖怪の鈴ちゃんでも見当がつかないらしい。原因が分からない事には対処のしようがないよね。
そんな私達に対して、同じく当事者のキリトは文書とにらめっこしながら、まるで他人事みたいに冷めた声でツッコミを入れてきた。
「そりゃ、ただ愚痴聞くだけの仕事に失敗はないだろ」
「何その言い方!相談を解決するのも楽じゃないんだから。毎日本とだけ向き合ってる人に言われたくないですー」
「そっちこそ解読の事を何も分かってないだろ!」
お互いに譲れないものを馬鹿にされてまた感情が高ぶってきた。挑発したのは本意じゃなかったんだけど、感情が高まってきたらそれを止められない。
「何ですって?」
「何だと!」
一触即発の気配が高まって、鈴ちゃんはハァとため息をつく。
「はぁ、変わりませんね」
そのもう諍いを調停する気もなさそうな雰囲気にやばいものを感じた私は、すぐに気持ちを切り替えて、彼女の機嫌を取ろうと焦って取り繕おうとした。
「あ、ごめん。ほら!キリトも謝る!」
「あ、うん、悪かった」
鈴ちゃんの言動が変だと言う事に気付いてか、いつもは素直に私の話なんて聞かないキリトも秒で彼女に謝罪する。私達が揃って謝ったのがおかしかったのか、鈴ちゃんはさっきまでのムスッとした不機嫌そうな顔から一転、クスッと笑い出した。
「いえ、いいんです。何だかこれも青春って感じがして好きですよ」
鈴ちゃんが人の姿を取って私達に接触してきたのは青春を一緒に感じたかったからだ。だから他愛のない言い争いでも彼女にとっては楽しいイベントだったみたい。
私達は鈴ちゃんの機嫌が治ったのを目にして、お互いにホッと胸をなでおろした。
そのまま会話が止まってしまって仕切り直しとなったので、私は改めて別の話題を振る事にする。
「ねぇ、もしかして相談がなくなったのって、季節が関係しているのかな」
「神無月でいなくなるのは神様であって、妖怪は関係ないぞ」
「いや、もう11月だし。そう言えばハロウィンって言っても特に何もなかったね」
「まぁあれは外国の祭りだしな」
ハロウィンで妖怪が特に騒がない理由、私が思っていた事とキリトの意見が一致する。専門家の意見も一致したから私の考えは正しいのだろう。
と、言う訳でうんうんと意味ありげに私がうなずいていると、隣りに座っていた鈴ちゃんが意外な事を言い始めた。
「外国のお祭りでもしっかり定着すれば影響は出てきますよ」
「あ、そうなんだ」
「今の日本のお祭りも、元を辿れば外国のお祭りばかりですから」
この話を聞いた私はポンと手を叩いた。
「そう言えばそうだね。確かお盆も中国とかの風習が渡ってきたんだっけ?」
そんな豆知識を披露したところ、この話を聞いていたキリトはくるり振り返り、にやりといやらしい笑みを浮かべた。
「お、ちひろにしてはよく知ってんじゃん」
「ちょっと、バカにしないでくれる?」
その態度が何故かすごく気に障って私は彼に抗議する。するとその反応が意外だったらしく、キリトは少し困惑していた。
「や、褒めてんだけどな……。一応」
「最後の一言が余計だよっ!」
どうやら彼にはデリカシーってものがないらしい。ま、今までずっと一緒に行動してきて、それは分かってはいるんだけど。少しは学んで成長して欲しかったよ。最後に突っ込んではみたけど、どうにも腑に落ちていないみたいだし……はぁ。
と、ここでずっと腐っていても仕方ないので、私はしれっと話を元に戻す事にした。
「私さ、ハロウィンに何か面白い事でも起きないかなーって思ってたんだけど、鈴ちゃんの話に従えば、何年後かには本当にそうなっているかもだね」
「面白い事ってなんだよ」
「ほら、昔の絵で妖怪達が街を練り歩いているのがあったじゃん」
キリトのツッコミに、私は昔見た教科書に載っていた絵を思い出す。
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