第94話 天狗の簑 その4

「ガッハッハ!じゃあ飛んで渡ってもいいぞ」


 そう言って住職は豪快に笑う。この態度に何だかなめられている雰囲気を感じた私はこの言葉を真に受けた。


「やた!楽勝!」


 飛べるもんなら飛んでみろって言う挑戦だよねこれ。よおし!受けてやろうじゃないの。私はすぐにキリトの腕を掴む。


「行こう!キリト!」


「ま、待て!簡単過ぎる!何か裏が!」


 折角私が誘っているのに彼は頑なに動こうとしない。本当、頭でっかちはこれだから……。目の前にショートカットコースがあるのにそこを利用しないなんて普通しないでしょ。

 こいつ、意地でも正規のルートを走るタイプだな。さてどうやって説得しよう……。


「全く、慎重派なんだから。飛べば一瞬じゃん」


「俺は橋を渡る!きっとそこに意味があるんだ」


「じゃ、競争だね!負けないよー!」


 キリトはどれだけ言葉を尽くしても首を縦に振りそうにない。だからもうここは割り切って私ひとりで先に進む事にした。後で後悔したって知らないんだからね。

 橋に向かって歩き出した彼を見送りながら私は羽を出して飛び上がる。ここは普通の場所じゃないみたいだし、飛んだって誰かにバレるなんて事はないよね、うん。そうして霧の向こう側を目指して飛行していく。最初は楽勝だと思ったんだ。


 けれどいくら飛んでいっても漂う霧は晴れないまま。それどころかどんどん濃くなる霧は私の包囲を包み込み、やがて全方位を視界ゼロにしてしまう。


「うわ、何これ?前が全然見えな……」


 混乱した私は一旦スタート地点に戻る事にした。不思議な事に戻れば自然に霧は晴れてくる。どうやらそう言う仕組みであるようだった。あの時住職が豪快に笑った理由が分かったところで、私は改めてスタート地点の崖に降り立った。


「どうじゃ?分かったじゃろ」


「何でよもー!」


 くやしがる私を見た住職はにやりと笑うと、先行する彼が歩く吊橋の方に顎をしゃくる。


「早くせんと相棒が先にお宝を手に入れるぞ」


「あ、そうだった!待ってキリトー!」


「全く、世話が焼けるわい」


 私が焦って橋に向かって走る様子を見ながら、住職は意味ありげに顎を触る。橋まで向かって走った勢いのまま、私は全速力で橋を走った。

 橋は吊橋なので当然のようにこの強い衝撃を受けて大いに揺れる。


「待って待ってー!」


「うわわ……揺らすな危ない!」


 橋を揺らさないように慎重に歩いていたキリトは、突然大袈裟に揺れ始めた吊橋に驚いて橋の両端の手すりを掴んで踏ん張った。そのおかげで動きが止まったので、私は先行する彼に追いつく事が出来た。

 振り向いて怒ったキリトの顔が理由を求めているようだったので、私はそのリクエストに答える。


「だって止まってくれないから」


「今止まっただろ」


「それは私が走って橋が揺れたからでしょ」


 私は走った理由を正当化しようと言葉を尽くす。彼もどうやら少し落ちついたらしく、手すりを握っていた左手の方を離すとバツが悪そうにつぶやく。


「結果一緒だからいいだろ」


「まね。じゃあ行こうよ」


「お、おう……」


 お互い恨みっこなしって事で、ここから先は2人で仲良く吊橋を渡る。橋は長かったものの、渡っている間に特にトラブルが発生する様子もなく、少しずつ心に余裕も出来ていた。吊橋は結構頑丈に作られているみたいで、ゆっくり歩けばそんなに揺れる事もなかったし。

 ただ、歩くのも暇になったので、私は自分から前を歩く彼に話しかける。


「ねぇ、こう言うのって吊り橋効果って言うんでしょ?」


「俺達は飛べるんだから別にそこまでドキドキはしないだろ」


 うーん、せっかく話しかけたのに反応が冷たい。キリトらしいっちゃらしいんだけど、ちょっと展開が予想通りすぎてつまらないなぁ。


「えぇ~?さっきドキドキしてたんじゃないのお~?」


「あれは故意に揺らしたからだろ?」


 この彼の言葉を振りだと認識した私はニタリと笑う。それから両脇の手すりをしっかりと握って宣言した。


「じゃあ揺らしちゃる~」


「バッ……止めろ!」


 流石にこの行為にキリトは焦って大声で私を止めようとする。分っかりやすーい。彼の想像通りの行動に私はニヤニヤが止まらない。


「ドキドキした?」


「恋じゃない方のドキドキな!」


「も~、素直じゃないなぁ」


 うーん、からかってはみたけどキリトをただ怒らせただけになってしまった。あれ?吊り橋効果ってこう言うんだったっけ?やっぱりもっと吊橋が揺れたり今にも落ちそうにならないと効果ってないのかも。それに落ちたとしても私達飛べるしなあ……。

 と、色々と考えていると、彼は振り向きざま真顔でものすごく根本的な事を聞いてきた。


「大体、お前は俺に好きになって欲しいのか?」


「あ、それもそっか」


 考えてみれば吊り橋効果って言うのが本当にあるのかどうかちょっと興味を持っただけで、別にキリトとどうにかなりたいとかって言うんじゃなかった。

 冷静になって考えてみれば、わざと騒いで逆に好きになられてもそれはそれで扱いに困る訳で……。私はそう言う結論に達し、後は大人しく淡々と橋を渡る事に専念した。目的は天狗のお宝だもんね。


 長い橋も歩き続ければ自動的にゴールは近付いてくる。やがて空を飛んだ時には辿り着けなかったその先が見えてきた。


「よし、着いたぞ」


 無事に橋を渡り終え、目を凝らすと視界の端に祠のようなものを確認する事が出来た。確かに住職の話は本当だったよ。祠まで後少しの距離となったところで私達は決めなければいけない事があった。

 その事が分かっていたので、お互い、自然に顔を見合わせる。


「どっち行く?」


「今回は……早い者勝ちだーっ!」


 いつもなら譲り合ったり、自分が取りに行く番だと順番を主張し合ったりするのに、今回のキリトはいきなり走り出した。

 そんな不意打ちに私は反応がワンテンポ遅れてしまう。


「あ、ちょま……」


「よし!もらっ……ああっ!」


 先に勢いよく走っていた彼は調子に乗って小石かに何かに足を取られ豪快にすっ転ぶ。そこでタイムロスが生じ、後追いをしていた私はキリトを華麗に抜き去った。


「残念でしたー!」


「く、無念……」


 卑怯な手段を使って抜け駆けしようとした彼から見事に勝利をゲットすると、私は余裕の態度で祠の小さな扉を開ける。うーん、気持ちがいいねぇ。


「さぁ~て、今回のお宝はっと……」


 そうして祠の中から私が今回ゲットしたお宝は……念願の天狗の蓑でした!やったね!

 蓑は昔話でよく目にするお馴染みの姿をしている。私はそれを両手で掲げると、後方にいるキリトにこれみよがしに見せびらかした。


「ほらキリト!蓑だよ!」


「おおお……。本当に蓑だ」


 天狗マニアの彼も有名な蓑の登場に感動している。やっぱ男って単純。

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