第93話 天狗の簑 その3

「儂をたぬき扱いするな!」


「ば、化かさないでね!」


 相手が妖怪だけに何が起こっても不思議ではない。私は怒る彼を前についキリトの話に乗っかった反応をしてしまう。こんな言動、妖怪住職の怒りを更に買うだけだって頭では分かっていたのに。当然のように目の前のお坊さんはその想像通りの反応をした。


「お主までそんな事を言うのか……。気が変わった!お望み通り化かしてやろう!」


「えええ!ちょっと待ってください!」


 私は焦って両手を前に突き出してブンブンと左右に振った。その様子が面白かったのか住職は豪快に笑う。


「がっはっはっは!冗談じゃ」


「もー!脅かさないでくださいよ」


「まぁちょっと待っちょれ。じき昼じゃ、先に飯を食おうじゃないか」


 この時、確かに時間はお昼に近付いていたので、私達はこのおもてなしをなし崩し的に受ける事となった。どこでそんな料理を作っていたのか、次々と旅館の豪華メニューのような料理が私達の目の前に並べられていく。料理を運ぶのは当然住職本人だ。揚げ物に炒め物に鯛に汁物にご飯に漬物に……。

 それを眺めていた私は思わずよだれを垂らしそうになってしまった。


「おお、豪勢!」


「お主らは儂の命の恩人じゃからな」


 料理の配膳が終わり、いつでも食べられるようになったところで心配症のキリトがまた不穏な言葉を口にする。


「なぁ……これ、食べても大丈夫なやつだよな?」


「まだお主は儂を疑っとんのか?いいんだぞ、嫌なら食べなくても」


 住職はそんな言葉にも全く動じない。私としてはさっきから漂う美味しそうな匂いにとっくに我慢の限界は越えてしまっている。もう止めようったって止められないんだからね!


「私食べる!いただきまーす!」


「お、おい!」


 箸を取って早速料理をつまもうとしたところで、彼は声を上げて私を静止させようとする。無駄なのに。その箸は美味しそうな野菜の天麩羅を掴み、私の口の中に運んでくれる。口の中に入ったそれを咀嚼すると口の中に美味しさがじわあっと広がってきた。


「うん、美味い!美味しいです!」


「おお、喜んでくれて何よりじゃ」


「マジかよ……」


 その後も好きな物を中心に私は食事を楽しんでいく。皿の上の料理はすごい勢いで減っていった。料理が美味しくて食べる勢いを止められない。こんな美味しい料理を前に黙ってじっと見ているだけだなんて、もしかしてキリトってマゾなのかな?


「本当に食べないの?大丈夫だって」


「確かにこれは本物かも知れない。けどちょっとは疑えっての」


 彼は負け惜しみのように私に向かって口走る。素直な善意でもそう捉えていたら、いい加減疲れないかなぁ。私はため息を吐き出して、この料理を信じた理由を目の前の堅物に説明する。


「うーん。とは言ってもさ。分かるんだよ直感で、これは大丈夫だって」


「お主も腹は空いとるんじゃろう、遠慮などせずとも食べなされよ」


 住職もまた善意100%の笑顔で食事を勧めた。こうして2人に説得されて、キリトもようやく箸に手を付ける。


「ああもう!分かったよ!食うよ!」


 ヤケになった彼は物凄い勢いで箸を動かして目の前の料理にがっつき始めた。多分あれはやけ食いだね。あんなに急いで食べて料理の味がちゃんと分かるのかなぁ。美味しい料理なのに味も分からずに食べていたならちょっと勿体ないよ。


「どう?」


「……美味いよ」


「でしょ!」


 キリトは渋々そう答えていたけど、その答えが返ってきただけで私は満足だ。そうして私達はこの豪華な昼食を存分に堪能し、すっかりお腹はパンパンに膨らんだのだった。


「ふー。まんぷくぷー」


「ご機嫌だな」


「当然!」


 お腹も膨らんで精神的にも余裕が出来たので、私は住職自身の事について色々と聞く事にする。知りたい事も割と多いし。


「でもどうしてこのお寺に?」


「前の住職からの約束だったんじゃ。寺を頼むとな。もう200年も前になる」


 このお寺、200年も前から妖怪が住職をやってたんだ。よく今までバレなかったな。って言うかバレないものなの?だって――。


「でも檀家の皆さんにバレるでしょ」


「そこは妖力で色々とな」


 住職はそう言って悪戯っぽくにやりと笑う。なんか悪党の顔だこれ。うーん、何か上手く誤魔化された気がするぞ。それにしても便利な言葉だな、妖力って。


「これからもこの寺を?」


「ま、儂が勤められる内はな」


 住職はそう言うと少し遠い目をする。妖怪の寿命はきっと長いんだろうけど、それでも永遠じゃない。きっと色々思うところがあるんだろうな。私がそんな住職の事を想像していると、そう言う事に無頓着な彼はぶっきらぼうに言い放つ。


「色々深い事情もあるんだろうけど、俺は何も聞かないぞ。俺達はお宝を受け取りに来た、それだけだ」


「儂も別に話すつもりはないわ!ガッハッハ!」


 重かった場の空気は陽気な住職の笑い声ですっかり霧散してしまう。うん、湿っぽい話は今話すべき事でもないね。今一番大事な事を優先しなくちゃだ。

 それで私もキリトと同じ事を少し遠慮がちに口にする。


「それであの……お宝の方は……」


「まぁそう急くな。慌てる何とかは貰いが少ないじゃろっと」


 住職はそう言うと背伸びをして肩を慣らす。それからおもむろに立ち上げるとニカッと笑った。


「それじゃあ行くか!」


 私達はそれから住職の案内のもと、寺の近くの裏山にやってきた。お宝はこの裏山にあると言う話だ。あんまり整備されてない歩きにくい山道を私達は気を付けながら歩いていた。草が好き放題に生えていて油断するとすぐ転びそうになってしまう。

 道って人の通りがあれば踏み固められて歩きやすくもなるものだけど、この様子だと長い間この山は人が踏み入れた事はないのだろう。厄介だなぁ。


「足元、気をつけるんじゃぞ」


「結局山歩きだね」


「ま、あの祠が街の中にある方が不自然だろ」


「それもそうか」


 私達はこの状況をそうやって無理やり納得させて歩き続ける。裏山は歩いている途中から何故だか突然発生した霧に包まれ、一瞬方向感覚が分からなくなった。私は住職を見失わないように必死についていく。歩いていく内に霧は晴れ、視界が戻ってきたところで先行していた住職は振り返った。


「さて、ここからが試練ぞ」


「え、嘘……」


 私の目に映ったのは切り立った崖とそこにかけられた長い吊橋だった。橋の長さは目測で多分100m以上はある。そうして橋の向こうは何故だか濃い霧に包まれてはっきり見えない。こんな地形、さっきまでの周辺地域から考えればありえない。

 つまり、あの霧に包まれた時に私達は何処か別の場所に転移してしまったのだろう。突然の予想だにしなかったこの展開に私は目を丸くする。


「吊橋?」


「さあ、いざ渡られい!祠はこの橋の向こうじゃ!」


「あの、私達、飛べるんだけど」

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