第92話 天狗の簑 その2

 ま、細かい事はいちいち気にはしないんだけどね。駅から出た私達は影の男が話していた目的の場所を目指して歩いていく。もうすぐお宝が手に入ると思うと、私のテンションは高くなるばかりだった。


「この街にも天狗の伝説があったんだねぇ」


「天狗なんて日本中にいただろ」


「そうなの?」


「天狗は日本妖怪の棟梁だしな」


 得意分野なだけに相棒はやたらと自信たっぷりに断言する。この天狗情報を聞いた私はすっかり感心した。


「へぇぇ、天狗って偉いんだねえ」


「……はぁ、疲れる」


 私が妖怪情報に疎いのが気に入らないのか、キリトは嫌味っぽい反応をする。ま、ここは気にしない振りをしておこう。変に突っ込むとまた面倒臭いし。

 そんな訳で私はガラッと話題を変える事にした。出来るだけ明るい話がいいよねやっぱ。


「でさ、次のお宝は何だと思う?」


「印籠か蓑だろ」


 不機嫌そうな彼はこの質問に即答する。流石は天狗文書の後継者!そつがないね!

 でもそれは回答としては不十分だ。だってそのどちらか、じゃないでしょ。答えはいつもひとつだよっ!と、言う訳で私は模範解答を口にする。


「私はね、蓑だと思う!有名だもんね、天狗の蓑!確か姿が消せるんだよね?」


「昔話と本物が同じものかどうかはまだ分からないだろ」


 この自信満々の答えにキリトは水を差した。その予想外の反応に私はちょっと戸惑ってしまう。


「へ?違う事もあるの?」


「あるだろそれは……。例えば、天狗の指輪なんてもの自体聞いた事がない」


「聞いた事がないのが知らない効果なのは当然でしょ。蓑は知られているから一緒だって」


「ま、一緒かも知れないけどな」


 話している内に何だか段々不毛な議論をしているような気がしてきたので、この話題はここで強引に終わりにする。その後も何とか明るい話をしようと頑張るものの、相手が相手だけに中々狙い通りに話は進んでくれなかった。


 そうやって話しながら私達は歩いていたんだけど、何せ知らない場所なだけあって私達は普通に迷ってしまう。あの時してくれた影の男の場所の説明はこの街の名前と後はお寺って言う事くらい。そう、確か駅から一番近いお寺って言ってたんだったかな。情報としては大雑把過ぎるよね。

 今の時代だからネットで調べればすぐに分かったんだけど、この時はその事をつい失念してしまっていたんだ。


「えーと、どっちだっけ?」


「おや?どこか探してるのかい?」


 キョロキョロと周りを見回していると、その様子を心配してくれたご近所のおばさんが私に声をかけてくれた。これはチャンスとばかりに私はおばさんに目的の場所について聞いてみる。


「あの、お寺なんですけど……」


「ここらでお寺と言うと……ほら、そこから見えるだろ」


 おばさんはすぐに該当の建物を指で指し示してくれた。そうなのだ、実は知らない土地で気付かなかっただけで、目的のお寺はすぐ近くにあったんだよね。

 私はお寺が見つかったのが嬉しくなって、つい大きな声を出してしまう。


「あ、あった!」


「本当にあの寺でいいのかい?」


 おばさんは心配そうな顔をして私達の向かう先が本当にそこでいいのかと念を押す。その反応に何かを感じない訳でもなかったものの、表面上は全く気付かない振りをしてニッコリ笑うと言葉を続けた。


「あ、はい。あの、この道から行けますか?」


「ああ、でも本当に何もない寺だよ?」


「それがいいんです。有難うございました!」


 不思議がるおばさんを背に私達はお寺に向かって歩き始める。妖怪のいるお寺だもん、何もないくらいじゃないとね。意気揚々と歩く私の後ろをキリトはワンテンポ遅れながら付いてきていた。道は思ったよりも単純で、視界に入る建物さえ見失わないように気をつけるだけで本当に呆気なく着いてしまった。


「ついにきたね」


「ここか……」


 人の気配のないお寺に私達は一歩足を踏み入れる。人どころか生き物や妖怪の類の気配すら感じなかったものの、綺麗に掃除されていて全く悪い気配はしなかった。お堂も綺麗なもので、しっかりと手入れが行き届いている。

 外側から見ていても何も感じなかったので、私は意を決してお堂の中に入ってみる事にした。


「お邪魔しまーす」


 一言断りを入れてお堂の扉を開けると、建物の中には何もなかった。

 いや、仏像とかお寺っぽい装飾品はあるんだけど、誰もいないし、何の気配も感じられなかったのだ。


「あれ?」


「やっぱりだ。こんな事だろうと思った」


 この結果を予想していたのか、キリトが知った風な口を聞く。ああ、どうやら彼の不安が的中しちゃったようだよ……。

 しかしこれは困ったな。あ、もしかしてここは目的のお寺じゃなかったのかも。あーあ、振り出しに戻らなきゃなのかなぁ。

 と、悲嘆に暮れていると、突然背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「何がこんな事なのかな?」


「うひっ!」


 この予想外の出来事に私は驚いて変な声を上げてしまう。恐る恐る振り向くと、そこにはこの寺の住職らしきお坊さんが真顔で立っていた。


「ウチの寺に何か用かい?」


「いえあの違うんです、いや、違わないんですがっ!」


 パニックになった私は自分でも混乱したまま、でたらめな事を口走っていた。住職はその様子がおかしかったのか豪快に笑う。


「がっはっはっは!すまんすまん驚かせてしまったな。ようこそ参られた!」


「へ?」


 住職のその態度に私は目を丸くする。まだ状況が理解出来ていない私の代わりにキリトが質問をした。


「あなたが影の男?」


「如何にも」


「妖怪じゃ……なかったのか?」


 流石のキリトも、まさか目の前の住職が探していた件の人物の正体だと知って面食らっている。そこにいるのはどう見ても人間の立派なお坊さんだ。

 けれどそのお坊さんは私達の事を知っているようだし、声にも確かに聞き覚えがあった。質問にもそうだと答えているし、どうやらこの事から判断して私達は目的地を間違ってはいなかったみたいだ。

 住職はいたずらっぽく笑うと種明かしをしてくれた。


「人に見えるじゃろ。お前さん方のおかげじゃよ」


「でも喋り方が全然違うような?」


「記憶を取り戻したからのう。それにこの姿じゃとこの方が似合うじゃろ」


「え、ええ……」


 何だかノリノリの住職、いや影の男の反応に正直私は引いていた。話の辻褄が合ったと言う事で、隣の相棒はすぐに要件を口にする。


「で、お宝はどこだ?」


「まぁ急くな。宝は逃げやせん。それよりまずは助けてくれた礼をさせてくれ」


 妖怪住職はそう言ってニコッと笑う。その言葉に私の目は爛々と輝いた。


「え?お礼?何々?」


「葉っぱのお金とか出すんじゃねーだろーな」


 浮かれた私に対して、流石はキリトは冷静だった。昔話でお馴染みのシチュエーションを口に出して、このうまい話を警戒する。

 ただ、出した例が悪かったのか、今の今まで温厚そうだった住職はここで急に表情を一変させた。

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