天狗の蓑

第91話 天狗の簑 その1

 準備も整って当日となり、私は駅前で相棒を待っていた。今日はあの影の男に会いに行くのだ。駅で待ち合わせているんだけど、5分前に来たらアイツはまだ来ていなかった。全く、団体行動は5分前行動が基本だって今までに習っていないのかな。普段の登校でもキリトは結構時間ギリギリに教室に顔を出している。こう言う行動は癖になるから今の内に悪い癖を直さないときっと後々苦労するよ。


 待っている間は暇なので、私はスマホを取り出してネットニュースとかを読んでいた。天気予報、今のところ晴れのち曇りで雨の心配はないと。ま、折り畳み傘は常備してあるから別に降っても大丈夫なんだけどね。


「お、早いな」


「えっと……待ち合わせ時間……おお、1分前だよ」


「間に合ってるだろ」


 私がニュースに夢中になってるといつの間にか待ち合わせ相手が目の前に来ていた。文句のひとつでも言おうと思ったら、まだ待ち合わせ時間よりは早かったので何も言えなかった。ぐぬぬ……全く、要領のいいヤツめ。

 取り敢えずこうして揃ったと言う事で、私は彼に声をかける。


「さて、行きますかねえ」


「あの子狐の中にいた男、信頼出来るかどうか」


「いや、今更それはないでしょ。行くしかないよ」


「それは分かってるんだけど」


 今からそこにいこうって言う時に何を言ってんだこいつは……。いつもながら心配症のキリトの言葉に軽くイラッとする。私は感情を抑えながら切符売り場に向かった。ブツブツと文句を言いつつ、彼もしっかり後からついてくる。


 目的地までの往復券を買って私達はホームに向かった。待ち合わせには時間の余裕を持たせていたから、電車が来るまで10分以上の待ち時間がある。話し相手はいるものの、何となく話しかける言葉が見つからなくてついつい無言になってしまった。

 居心地の悪い10分間をそのまま過ごしていると、そこにお待ちかねの電車がホームに入ってくる。


「お、電車来た、行くよ」


「お、おう……」


 私達は電車に乗り込んで開いているベンチシートに並んで座る。休日で朝が早かったのもあって、車内に乗客はまばらだ。私は流れる景色を眺めながら、まだ何かブツブツ小声でつぶやいているキリトに向かって話しかける。


「こっち方面には初めて行くね」


「うーん」


「まだ何か考え込んでるの?行きゃ分かるじゃん、今はネガティブ禁止!」


 私は相棒に強く言葉をかけた。不安なのは私も一緒なのに、何でこっちが励ます側に回ってるんだろ?普通逆だよね?

 キリトは私の言葉を聞いてようやく何か吹っ切れたらしく、私の方に顔を向けて自嘲する。


「もう電車に乗っちゃったしな」


「そそ、乗りかかった船だよ」


 ようやく雰囲気が明るい感じになって、私はふうと軽くため息を吐き出した。いやはや、面倒臭い男と会話するのは疲れるなあ……。

 電車に揺られながらぼうっと窓の外の景色を眺めていると、何を思ったのかふとしたはずみにキリト側から突然話を振ってきた。


「それはそうと、眠りこけて乗り過ごすなよ」


「ちょ、それこっちのセリフ!私は流れる景色見てるからずっと起きてるもんね」


「俺だってたかだか1時間程度電車に揺られるくらい平気だし」


 何故だかお互いに強がりの言い合いになってしまった。今日の出発は始発でこそなかったけど、いつもならまだ寝ている時間の電車に乗っている。

 影の男に何時に会いに行くとかの約束していないんだけど、合うなら早い方がいいもんね。トラブルとかあるかも知れないから時間に余裕は持たせたいし。


 電車は順調にレールを走っていて、このまま行けば時間通りに目的の駅に着くだろう。心の余裕の出来た私は軽くキリトに話しかけた。


「どんなところだろうね~」


「さあな。気になるならネットで調べりゃ良かったじゃないか」


 私の質問はぶっきらぼうな返事で返される。別に機嫌が悪い訳じゃない。キリトはいつだってこうなのだ。今までの付き合いで十分学んでいるからこの程度で私も気を悪くはしない。なので余裕を持って言葉を返した。


「そんなの今からだって調べられるよ。でもそう言うの、ちょっと違うよね」


「ああ、違うな」


「ずっと部屋の中で行く予定がないなら疑似画面で満足出来るかもだけど、今から実際に行くって時にわざわざそんなのを見るまでもないよ」


「何もしなくても座っていれば電車が勝手に運んでくれるからな。ふあ~あ」


 私はこのキリトの会話の最後に行った行為を見逃さなかった。なのですぐにそれを指摘する。


「あ!あくび禁止!」


「な、あくびくらいいいだろ!」


「その油断が……あ」


 案の定、彼は自分の失態を誤魔化そうとしていた。私はもっとその事を追求しようとも思ったんだけど、よく考えたらこれは美味しいかもと考え直して、出しかけた言葉を敢えて引っ込める。

 その様子を不審に思ったのか、今度は向こうから戸惑いの声が届いた。


「な、何だよ」


「いいよ別にあくびしても。私起きてるから。後で起こしてあげるから!これ、貸しね!」


「いやだから寝ないって言ってんだろ」


 あくびをした分際でまだ眠くないって訴える彼のその態度がおかしかったので、私はククク……と含み笑いをする。そうして敢えてその言葉にまともに返事を返さなかった。


「いやぁ~景色が綺麗だねぇ」


「……こいつ」


 自分が馬鹿にされていると感じたのか、キリトはそれから不機嫌な顔になる。私は彼がいつ眠りこけてもいいように、眠りの妨げとなる会話をするのを出来る限り制限してやった。

 刺激がないと眠くなるのは私だって一緒だ。会話をしない電車内で私は眠れ~眠れ~と相棒にずっと強く念じていた……。



「おい、ここだぞ!起きろよ!」


「ふぇ……えっ?」


「次の駅だぞ、そろそろ起きろ」


 おかしい。何故だか私は起こすはずの相手から起こされていた。この私が?逆に起こされた?って言うかキリトはずっと起きていたって言うの?な、何たる不覚!

 この事実を寝起きの私はすぐには理解出来なかった。


「嘘?寝てた?」


「熟睡してたなぁ」


「ええぇ……」


「あ~いい気分だ。流れる景色も綺麗だなあ」


 く~っ。悔しいいい!さっきまで寝ていた自分が許せないいいい!私は起こしてくれて感謝するべき相手にずうっと素直になれず、無言のまま駅に着くまでの時間を過ごしてしまう。

 モヤモヤとした気持ちが晴れないまま、やがて電車は目的の駅に到着する。そこは小さな無人駅で、私達しか降りる人はいなかった。

 走り去る電車を見送りながら、私はぐいーっと両腕を上げて背伸びをする。


「さて、ここから先は徒歩だね」


「妖怪とか、いる気配全然ないな」


「そりゃだってまだ街の中だし……」


 キリトはまだこの旅に不安を抱いているみたいだ。電車内で吹っ切れたのかと思っていたら、牧歌的な街の様子を見てまたその感情が復活したのだろう。

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