第86話 かわいい相談者 その4

 環ちゃんの夢に変化が現れたのは何故なのか。その謎の気配は彼に何を訴えようとしているのか。夢が夢だけにそこに正しい回答があるかどうかも分からない。

 ただ、私も予知夢を見たりする関係上、どうしてもこの問題は自分で解決したいと思っていた。もしかしたら環ちゃんが見ているのはやばい夢なのかも知れない。


 そこで私は保険をかけておこうと鈴ちゃんにある提案をする。


「そうだ!鈴ちゃん!」


「え?」


「知り合いにバクはいない?悪夢を食べてもらうの!」


 やっぱり悪夢と言ったら獏だよね!このアイディア、我ながら結構ナイスだと思ったんだけど――。


「すみません、昔、会った事はあるのですが……」


「あ、あー、気にしないで!その手が使えないかなーって思っただけだから!」


 頼みの綱の彼女には獏に繋がるツテはないらしい。残念。と、ここでまた空気読まないマンのキリトが口を挟む。


「って言うか食べさせていい夢かどうかも分からんぞ」


「はい?」


「何か特別な夢だったとしたら……」


 う、確かに……。彼の言う事も一理あるかも。あるかも知れないけど、じゃあ夢を見させられている環ちゃんはどうなるの?毎晩同じ楽しくない夢を、自分の意志ではどうにもならない夢を――夢って元来そう言うものだけど――見せられ続けているんだよ?かわいそうだよ。私は彼の事を思って、その思いの丈をぶちまける。


「でも苦しんでるんだよ。何とかしたいよ。このままじゃあの子、不眠症になっちゃうかも」


「そうは言っても、特に何かいい手を思いついてる訳でもないんだろ?」


「そ、それはそうだけど」


 私の熱い訴えをキリトのクールで現実的な言葉が冷却していく。確かに今のところは何の解決策も思いつけていないから彼の言葉に対抗出来ない。

 私が口をつぐんで悔しさを表に出していると、キリトは更に追い打ちをかけるように言葉を畳み込んできた。


「素人が出来るレベル以上の事を安易に安請け合いするなよ」


「そ、そんなの分かってるし!」


 ああもう!こんな時の彼って無敵だ。一緒にいい案を考えてくれてもいいのに、それはやってくれないんだよね。性格が悪いって言うか、付き合いが悪いって言うか……。それでいてキリト自身に悪気がないからどう反応していいか困っちゃうんだよなぁ。無駄な事は一切しようとしないんだもの。きっと私が相談を持ちかけてもいい返事は返ってこない……。

 分かっているからもうこの話題を出す事は止めた。明日の環ちゃんの報告次第でまたその先の事は考えよう、うん、そうしよう。


 こうしてその日は何事もなく過ぎて、次の日の放課後になった。私達が待っていると時間通りにまた環ちゃんがやってくる。いつも定時にやってくるなんて本当真面目だよね。私は待ってましたとばかりに彼に用意してたお茶を差し出した。

 小さくお辞儀してそれを受け取って軽く一口飲み干した彼はほうと軽く息を吐き出すと、少し遠慮がちに私達に向かって話し始めた。


「あの……お2人にお願いがあるんです」


「私達に?」


「夢の中の人が言うんです、協力して欲しいって」


 環ちゃんは真剣な目でそう訴える。どうやら夢の世界で何か進展があったらしい。昨日はただの気配だけだったその夢の中の何かは、その次の日にはもう意思を伝えられるまでになっていた。うーん、これってやっぱりやばい夢なんじゃ――。

 私達はこの読めなかった展開に困惑してしまう。こんなの想定外過ぎるよ……。


「は、はぁ……」


 上手く返事が返せずに私達が硬直していると彼は更に昨日見た夢を詳しく話し始める。どうやらその夢の中の存在によって、私達はこの問題に深く関わる事を余儀なくされてしまったらしい。

 また巻き込まれちゃったと思った時にはもう後の祭り。何やらこの先拒否権のない展開が待っていそうだけど、どうかお手柔らかに頼みますと、私は運命の神様にお願いをしていた。

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