第85話 かわいい相談者 その3
「えー、そんな便利なものがあるのー?それならさっきの相談の時に教えてよお!」
薬の説明を聞いた私は思わず軽く彼女を責めてしまった。口を挟まなかったのにはきっと何か理由があったはずなのに。そこで鈴ちゃんは少し困った顔しながらあの時にそうしなかった理由を話し始めた。
「でもこの薬には相性があって、効く時は効くんですけど、効かない時は全然効かないんです」
「そうなんだ。あ、じゃあ、相性が悪かったら忘れるはずの夢をずっと覚えているとかも?」
私は薬の相性と言う話を聞いて、人間の薬でも合わなかったら逆に悪影響を及ぼす事を思い出して、少しカマをかけてみる。すると案の定、彼女はその薬のリスクについても語ってくれた。
「はい、そう言う事も稀にですが、あるみたいです」
「そっかぁ。それじゃあ勧められないね。やっぱ悪夢の原因を元から絶たなきゃ駄目かぁ」
便利な薬があっても万が一を考えると安易には使えない。中々世の中にうまい話はないね。そこで私が薬に頼らずに根本的な解決について考えていると、ずっと無関心を貫いていたキリトが文書から目を離して私の方に振り向いた。
「それ、ちひろに出来るのか?」
「うーん、それが出来ればいいんだけどね」
「何だ、言ってみただけか」
私の自信なさげな言葉にキリトは少し馬鹿にするみたいな返事を返す。この彼の態度に私はカチンと来たね!もしかして喧嘩売ってるのかな?
「何ですって?」
「お、やるか?」
「やめてくださーい!」
一触即発の雰囲気になったところでまた鈴ちゃんが止めてくれた。結構大声で叫ばれたので私はすぐに我に返って彼女に謝った。
「あ、ごめ……」
「何でいつも喧嘩になるんですか!少しはお互いを理解してください!」
いつもは私が謝ったところで機嫌を直してくれるんだけど、今回の鈴ちゃんは怒りをすぐに収めてはくれず、何故だか更にヒートアップしていた。私は彼女がどうしてそんなに怒っているのか分からずに困惑する。それはキリトも同じだったらしく、何とか鈴ちゃんをなだめようとしていた。
「いや、理解は出来ていると思うけど……」
「うん、キリトの性格なんて単純だし」
「分かってるならお互いに挑発し合わないでください!」
私達がお互いに相手の気持ちを理解していると言い合ったところで、鈴ちゃんの機嫌が収まる訳もなく、その怒りは更にヒートアップする。火に油を注ぐってこう言う事を言うのかなぁ。とにかく、今は彼女の機嫌をどうにかしないと……。と、言う訳で私は身振り手振りを加えて何とか上手く説明しようと試みた。
「鈴ちゃんもほら、分かってるでしょ。私達は別に……」
「2人が仲良くしている方が私は好きです」
鈴ちゃんはどシリアスは顔になって私達2人の顔をじいっと見つめる。彼女の無言の圧に圧倒されてキリトは言葉を失っていた。
「う……」
私も最初はその迫力にたじろいでいたものの、彼女の言葉をしっかりと受け止めてしっかり返事を返した。
「分かったよ、これから気をつけるね」
「さて、と、研究研究っと……」
逆に彼は全てを何もなかったみたいにまた通常業務に戻っていく。ま、気持ちはリセットされたんじゃないかな。ここで変に馴れ合わないのが彼らしいし、だからこそ今の関係を続けていけるとも言える気がする。私達の関係ってこう言うのでいいんだよね、うん。変に意識もしないし。
鈴ちゃんも言いたい事を言い切って満足したのか、あれ以降キレ発言はなかった。これでまたあの優しい彼女に戻ったかな?そうだといいけど。
次の日、結果報告と言うかたちで環ちゃんがまた部室にやってきた。吉報の報告だったら良かったんだけど――。
「すみません、悪夢の原因ですが、サッパリ分かりませんでした」
「そっか、あんまり落ち込まないでね」
私が落ち込む彼をなだめていると、まだ話は終わっていなかったらしく、環ちゃんは顔を上げて私の顔をジッと見つめる。
「あの……その代わり……夢の内容が変わってきたんです」
「え?」
この急展開に私は目を丸める。その夢が変わったのって昨日私達と接触したから?それともただの偶然?聞きたい事がぐるぐると頭の中で増殖していく。
けれど私が言葉を発する前に、彼が先にその夢の内容を話し始めた。
「昨日まで無人の謎の部屋にひとりきりだったんですけど、今日見た夢は誰かがいたんです」
「それは見覚えのある人なの?」
「まだ分かりません、はっきりとはしていないので」
今まで部外者が誰も存在していなかった夢に"誰"かが現れた。これって夢判断ではどう言う意味があるんだっけ?ああっ!その本が手元にないから分からない!じゃあネットで調べようか?……って、一体何て検索したらいいの?うわー。私は混乱して何ひとつ有効な対処法を思いつけなかった。
そこで少しでもヒントを得ようと、仕方なく環ちゃんにもう少し詳しく事情を聞く事にする。
「それはどう言う?」
「気配を感じたんです。僕、嬉しくなって色々話しかけたんですけど、返事はありあせんでした」
「そ、そっか。でも一歩前進だね」
いつもの夢の小さな変化。孤独の夢に侵食してくる自分以外の誰か。私は彼を不安がらせないように努めて明るく振る舞った。夢の世界はメンタルの世界。暗く考えると夢の中でも暗くなっちゃうもんね。
そんな私の努力を無視するみたいに、ここでキリトが話に割って入ってきた。彼はぶっきらぼうに自説を展開する。
「逆に悪夢のレベルの方が一段上がったのかも知れない。その気配がお前を襲うかも知れないぞ?」
「そ、それは……」
ああっ!思っていても言っちゃいけない言葉を!この彼の警告を耳にして環ちゃんの顔から血の気が引いていく。私はすぐにこのルール違反を犯した馬鹿に声を荒げて注意した。
「こらキリト、子供を怯えさせない!」
「や、俺は単に可能性の話を……」
「だまらっしゃい!」
彼がまだ言い訳をしそうだったので、私はピシャリとそれをシャットアウトする。全く、空気読まなさ過ぎなのも迷惑な話だよ。私はすぐにガタガタと震えている環ちゃんの肩に手を当てて笑顔を見せると、優しい声で勇気付けた。
「今はその変化がいい事なのか悪い事なのか分からないけど……。また何か変わった事があったら教えてね」
「はい!」
彼は私の言葉で吹っ切れたようで、最後にとびきりの笑顔をみせてくれた。うん、これでもう大丈夫かな。その後はまた経過を見ると言う事で、環ちゃんは軽い足取りで部室を出ていった。可愛いその後姿を私はずっとずっと見守る。
そうして彼の姿が見えなくなったところで私は改めて感想を口にした。
「素直ないい子だなぁ」
「でもその悪夢、ちょっと変だな」
「やっぱ普通の夢じゃないような気はするよね」
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