第84話 かわいい相談者 その2

 子狐が相手だからってその悩みがちっちゃいとも限らないし、どうか難しい話じゃないようにと願いながら私は彼の話の続きを待った。


「実は……ずっと悪夢を見ているんです!」


 良かった。彼の話が手に負えそうな小さいもので本当に良かった。悪夢関係の話題なら私でも対処出来そうだよ。と、言う訳で一安心した私はそのままニコニコ笑顔を崩さないままに話を続ける。


「悪夢だけですか?金縛りとかは?」


「あ、それはないです」


 しかも悪夢とセットで語られる金縛りはないパターン。これは単に怖い夢を見ているだけなのかも。こう言う場合は大丈夫って安心させればいいよね。

 何か事件性みたいなのはないはず、多分。このパターンで行こう、うん。


「そうですか。夢だけならまだいい方ですよ」


「えっ?」


「深刻になると金縛りも同時に起こるんです。そう言う相談も過去にありましたから」


 実際、この話は嘘じゃない。今までの妖怪相談でもたまに受けていたんだよね、悪夢関係の相談。人間の金縛りと妖怪の金縛りはまたパターンが違うようで、妖怪の金縛りの場合は大抵が呪い関係で金縛る相手としっかり話し合えば大抵は解決出来たんだ。


 今回は悪夢だけなのだから、これできっと環ちゃんもほっと胸をなでおろすはず……そう思った考えが甘かった。私の言葉を聞いた彼は急に青ざめた顔になって恐怖に怯えブルブルと震え出したのだ。


「まさか、僕もいずれ……」


「それは分かりません、可能性はありますけど」


「そんな……」


 あれれー。もしかして逆効果だった?その内金縛りも起こるようになりますよって風に捉えちゃった?そう言う意味で言った訳じゃないのに、困っちゃったな。

 でも嘘はつけいないし、うわ、どうしたら良いのこれェ……。

 不安がる環ちゃんを前に私がオロオロしていると、鈴ちゃんが優しく彼の肩を抱いて慰めてくれた。


「どうか落ち着いてくださいね。大丈夫ですよ」


「あ、あめふらしさああああん!」


 環ちゃんは大声で泣き叫びながら彼女に必死にしがみつく。良かった、この部室に鈴ちゃんがいて本当に良かった。怯える彼を見ていたらやっぱり目の前の子狐は子供なんだなあと可愛らしい気持ちが沸き上がってくる。ずっとずっと見ていられるよ。

 ……とは言っても、ずっとこのままじゃ私の方が困っちゃうんだけど。


 5分くらいしがみついたままだった彼は鈴ちゃんに諭されてようやく落ち着くと、また私の方に顔を向けてくれた。さて、相談再開だね。


「で、悪夢なんですけど、どう言った悪夢を?」


「あ、はい……何だかよく分からない空間にひとりだけ、自分だけがいるんです」


「おお、そんな夢、私も見た事があるよ」


 環ちゃんの話す悪夢が身に覚えのある内容の夢だったので、私はつい興奮して素の言葉遣いに戻ってしまった。彼はそう言うのを一切気にせずにそのまま悪夢の話を続ける。


「悪夢と言っても怖い事が夢の中で起こる訳じゃありません……ただ、何も起こらないんです。ずっとずっと何も起こらない」


「ああ……」


「何か夢の中に閉じ込められているみたいですごく怖いんです。助けてください!」


 この話、聞けば聞くほどデジャブを感じるよ。実は私もそんな夢を見た事があるんだよね。環ちゃんの話と違うところと言えば、私はその夢を見たのが一回限りと言うところかな。

 一回見ただけでもトラウマレベルでずっと覚えてしまっているのに、そんな夢をずっと見続けてしまうなんてこりゃ辛いわ。私はここまで話を聞いた段階ですっかり彼の心情にシンクロしてしまっていた。うん、何とかして助けてあげなくっちゃ。


「その夢はいつから?」


「ひと月前あたりからです。それからは寝ると必ずその夢を見てしまうんです」


 たまに見るだけなら単なる夢だって言えそうだけど、どうやらこれはちょっと違うっぽいね。必ず同じ夢を見るだなんてよっぽど何かがあったんだよ。

 私は腕を組みながらこの問題の解決方法について考えを巡らせる。きっとその悪夢には何か原因があるはずなんだ。


「うーん……。毎回そんな夢を見てしまうと言うのは……。あのさ、夢を見るようになったきっかけとかは分かる?」


「きっかけ、ですか?」


「例えば、身の周りで何かショックな出来事があったとか……その精神的な傷が夢を見させているのかも……」


 ドヤ顔で私はそれっぽいアドバイスをする。この理論、結構いい線いってるんじゃない?我ながらベストな流れだよね、うん。

 環ちゃんはこの質問に天井を見上げながら記憶を辿っている。これで何か問題解決へのヒントくらいは見つかればいいんだけど……。


「えぇと……特にそう言うのは……でも、もしかしたら何かあるのかも知れません」


「原因が分かれば解決するかもだから、しばらくは昔に起こった事を思い出すといいかも。あ、勿論ショック過ぎる事は思い出さなくていいけど」


「分かりました。ちょっと考えてみます」


「うん、無理しないでね」


 彼はここまで話をして何か得心があったらしく、満足そうな顔になるとそのまま可愛らしくペコリと頭を下げた。


「有難うございました。失礼します」


 そうして環ちゃんは部室を後にする。あの子、ちゃんと原因を突き止められるといいな。相談を終えて私が満足感に浸っていると、ずっと天狗文書を眺めていたはずのキリトが声をかけてきた。


「相談、中々様になってきたじゃねーか」


「でしょ?将来カウンセラー目指すかなぁ?」


「人間相手でも同じように話せるならアリかもな」


「妖怪相手でこなせれば人間相手なんて余裕っしょ!」


 そう、この妖怪カウンセラーを続けて私も自分の話術に自信を持ち始めていた。多種多様な妖怪の話を聞いて解決策を一緒に考える。早く元の人間に戻りたいが為に始めた妖怪相談だったけど、思わぬ副産物がついてきたって感じ。まさか将来の道まで見えてくるとか、人生って面白いね。

 私が得意気に鼻を高くしていると、鈴ちゃんが優しく力強い言葉で背中を押してくれた。


「ちひろさんならきっと大丈夫ですよ」


「ありがと、鈴ちゃん」


 私は彼女からの応援のお返しとばかりに飛び切りの笑顔を見せる。その笑顔が嬉しかったのか、鈴ちゃんもまた同じくらいの笑顔を見せてくれたのだった。それから相談者が現れる事はなく、またしても暇になった私はさっきの環ちゃんの事を思い返していた。


「でも悪夢を必ず見るって大変だよね」


「そうですね。忘夢薬を用意して置いた方がいいのかも」


「何それ?」


 彼女が口にした謎の薬が気になった私は思わず聞き返す。すると鈴ちゃんはその妖怪の間だけに伝わる薬の話を丁寧に説明してくれた。


「忘れる夢の薬と書いて忘夢薬です。この薬が効けばどんな悪夢も目覚めた時には夢の内容を忘れられるんです」

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