かわいい相談者

第83話 かわいい相談者 その1

 カレンダーも新しくなり、10月が始まる。暑い暑いと言っていた季節がそう簡単に季節が変わっただけで急に涼しくなるはずもなく、私は長袖の制服に袖を通しながら早速愚痴をこぼしていた。


「まだまだ暑いね~」


「そりゃ衣替えが終わった直後だからな」


 部室にはキリトと鈴ちゃんの2人。秘密の部活のようなものだから、これ以上部員が増える事はない。私達がどんな部活動をしているのか、知っている人もいないだろう。だからかな、ここだと本音が言える。自由になれる。


 いや、別に普段の学校生活がストレス溜まりまくりって訳じゃないけどね。クラスメイトとは普通に会話もしているし。とは言え、こんな身体だから休日に友達と遊ぶなんて出来ないし。遊ばないのを不審に思われないように巧妙な距離感を保ってるんだよね。本当は仲良しの友達とか作りたいけど……。


 仕方がないから私はこの唯一の共犯者と仲良くするしかないんだなぁ。


「私、秋好きなんだよね、食べ物も美味しいし……」


「研究も捗るしな」


 キリトは今日も今日とて、天狗文書の研究を続けている。全く、いつになったら完全解読出来るんだか。一応毎日違うページとにらめっこしているけどどうなのかな、ちゃんと理解してからページをめくっているのかな?よく分かんないや。


 妖怪萬相談所は今も続けていて、忘れた頃には依頼がやってくる。始まった頃に比べたら件数も減っていて、今は2日に1回依頼があるくらい。依頼がなくなると私もすごく暇になっちゃって、時間まで部室で暇を潰しているような感じになっちゃった。あれだね。暇って言うのも結構しんどいものだね。


 する事もないのでぼうっとスマホでカレンダーを眺めていたら、今月にある特別なイベントを唐突に思い出した。


「あ!」


「どうしたんですか?」


「10月と言えばハロウィンじゃん!」


 ハロウィン、それは10月31日に行われる外国産のお祭り。日本では公に出来る仮装パーティとして定着しつつある。この伝わり方は少しおかしい気もするけど、若者がその部分だけを気に入って取り入れちゃったものだから仕方ない。本来の子供お祭りの部分がもっと盛り上がれば良かったんだけどね。


 それはそれとして、このお祭りの主役はおばけであり、と、言う言う事は日本のおばけたちも何か関係があるのかと私は興味を抱いたのだ。興奮気味に身を乗り出して鈴ちゃんに迫ると、彼女もまたこの秋のイベントについて理解はあるようだった。


「そうですね」


「ハロウィンて日本でも何か関係あるの?」


「特にないですね」


 鈴ちゃんに呆気なく否定されて、それは予想通りではあったのだけれど、私はがっくりと肩を落として少し凹む。


「あー。やっぱそうかあ」


「当たり前だろ、ここは日本だ」


 意気消沈している私を前にキリトが偉そうに言葉をかけてきた。こんな時ばかり耳ざといんだからこいつは。私だってハロウィンが元々海外のお祭りだって言うのは知ってるよ。鈴ちゃんに聞いたのにはちゃんと根拠があるんだから。


「や、それはそうなんだけどさあ。おばけの世界に洋の東西はないのかと」


「いえ、土着のものだからこそ土地の力の強い影響下にあるんですよ」


「へぇ~」


 私がキリトに言い訳をしていると、すぐに鈴ちゃんから説明が入る。今まで色々活動してきて妖怪について詳しくなったつもりでいたけど、まだまだ奥が深いね。

 私が感心してうなずいていると、さっきの言葉の補足として彼女がそのまま説明を続けた。


「けれど、だからこそ日本にハロウィンが本当の意味で定着すれば影響は出てきますね」


「そんなもんなの?」


「そんなものです。この世界、臨機応変なんですよ」


 鈴ちゃんは最後にそう言うとニッコリと笑う。うーん、妖怪の世界って結構いい加減なのかも。あれ?でもよく考えてみれば人間の世界だって一緒だよね。海外のお祭りが日本に定着したり、日本の文化が海外に定着したり。そっか、そう言う意味じゃ人間も妖怪も一緒なんだ。面白いな。


 私はこの真理に辿り着いて少し嬉しくなった。そこで日本の妖怪達にもハロウィンを楽しんでもらおうとある決意をする。


「よーし、地元にハロウィンを根付かせよう!」


「ほー、頑張れ頑張れ」


 この私の強い決意を彼はまるで他人事のような反応で薄い応援をする。棒読み気味のその言い方に私は速攻で気を悪くした。


「何よ、まるで他人事みたいに」


「実際他人事だしなー」


 キリトには私の抗議ものれんに腕押しで何の効力もなかった。非協力的なのは最初から予想がついていたけど、ここまで無関心だと逆に清々しいよ。

 私は皮肉たっぷりにまた視線を文書に戻してブツブツ小声でつぶやいている彼に言葉を投げかける。


「ああそう。キリトはそうやってずっと自分ちの家宝とにらめっこしてりゃいいのよ」


「ああ、そのつもりだよ」


「全く、ロマンってものがないんだから、男の癖に」


 この言葉の応酬に困るのは第3者的立場の鈴ちゃんだ。彼女はこの状況をどうしていいか分からずに困惑していた。


「えぇと……」


 鈴ちゃん、いつも困らせてゴメンね。悪いのは人の話を聞かない自己中のアイツだからね。私は悪くない、私はいつだって被害者ポジだよ。だから味方するなら私にしてね。そう彼女にテレパシーを送っていると、ここでガラガラと部室の扉が開く。


「あの、すみません……」


「はいはいはい、いらっしゃいませー!妖怪萬相談所にようこそ!」


 久しぶりの相談者だ。前の相談っていつだったかな?えぇと、3日前?とにかく暇を潰せるならなんでもいいや。私は満面の笑みでこの突然のお客様に愛想を振りまいた。

 営業モードに入った私をキリトは横目でちらりと見ながらこっそりとつぶやく。


「……すっかり板についてるなぁ」


 私はその言葉を聞かないふりをして相談者を席に座らせる。今回やってきたのは可愛いモフモフの子狐だった。狐って妖怪か動物か判断に苦しむところもあるけれど、この部室に現れたと言う事は妖怪扱いでいいよね。前にたぬきの依頼を受けた事もあるし。

 で、目の前の可愛らしい相談者は部室を珍しそうにキョロキョロ見渡したりして、何だか落ち着かない様子だった。


 鈴ちゃんが常温のペットボトルのお茶をコップに注いで彼の元に差し出す。このおもてなしに子狐はちっちゃい手でしっかりコップを掴むとゆっくりと飲み干した。ぷはーっと息を吐き出した彼はようやく落ち着いたようで、私を前にここに来た理由を話し始める。


「僕、悩んでるんです」


「ええと、お名前は?」


「あ、僕、たまきと言います」


「分かりました。では環さん、今回は一体どんな悩みですか?気を楽にして話してみてください」


 私は営業スマイルを崩さずに対応を続ける。正直、話を聞くくらいしか出来ないんだけどね。

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