第82話 天狗の袋 その4
「もしかして、なんとか恐怖症とか?」
「いいからっ!」
私の怯えっぷりを見て、彼はその理由を詮索する。もう!今はそれどころじゃないんだよ。このまま何もしない内に最悪溶かされて、化物の栄養になっちゃうって可能性の方が怖いんだよ!なんで彼はこの状況で焦らないかなぁ……。
「じゃあ、失敗しても文句言うなよ?」
「言うよ!失敗なんて許さないんだから!」
「ったく、わがままお姫様め!」
キリトはそう言いながらその切り札を背負っていたリュックから取り出し、部屋全体に振りまいた。何あれ?聖水的なやつ?そんなものを用意しているなんて流石だね。と、私は感心するものの、効果が出なければそれも意味がない訳で。どうかこれで現状が打破されますようにと私は一生懸命に祈った。
こうして私が祈るように様子をうかがっていると、聖水的なものを振りまいた効果が出たのか、突然謎の奇声が部屋全体を響かせる。
「ギュオワオオオオオ!」
「な、何?」
「少なくとも効果はあったって事だ」
奇声が発生した次の瞬間、ものすごい突風が部屋の奥の方から吹いてきて、私達は建物の外に力任せに吹き飛ばされた。
「うわああっ!」
そのまま私達は地面の上を転がり続ける。ようやく勢いが止まって、起き上がって建物があったはずの場所を見ると、ゆっくりとその神殿モドキは溶けるように姿を消していった。
同じ光景を眺めていたキリトは、つぶやくようにさっき振りまいたものの正体を口にする。
「純水が効いたって事は、あれも悪意の塊みたいなものだったのかも」
あの時、彼が振りまいていたのは純水だった。以前、純水を使って依頼を解決したのを覚えていたんだ。どんなものにも純水が効くとは思えないけど、今回はキッパリ効果が出て本当に良かったよ。そっか、だからあの時使うのをちょっとためらっていたのか。効くかどうか分からないもんね。
私がひとり彼の行動に納得していると、神殿モドキが完全に消えた跡地に見慣れた建物が浮かび上がっているのを発見する。
「見て、祠だよ!」
「本当、ゲームみたいだ」
「もう何でもいいじゃん」
私達は軽く雑談しながら祠に近付いていく。目の前にあるのがさんざん見慣れた祠と言う事もあって、今度こそ罠ではなさそうだ。ある程度近付いたところでキリトが歩みを止めた為、必然的に私が中身を確認する事になった。こう言う時に遠慮しないのが私のいいところだよね。
「開けるよ?」
「どうぞ」
「何が出るかな、何が出るかな……」
ウキウキ気分で鼻歌を歌いながらその小さな扉を開けると、中に入っていたのは小さな袋だった。ま、取り出すとそれなりの大きさにはなったのだけどね。それにしても一体これはどう解釈したらいいのだろう?一応これもお宝のひとつって事なんだよね?
「袋だ、どう言うの?これ?」
「それは……前に河童の御礼の品をたくさん入れたヤツがあっただろ?あの袋のもっとすごいヤツ……っぽい」
キリトは懐から天狗文書を取り出し、その該当ページを見ながら説明してくれた。自信がないのかその言葉にはあまり力強さは感じられない。
けど、確か河童の袋ってその見た目よりも沢山物を入れる事が出来たんだよね。それでいて全然重さを感じる事もなくて便利だった。つまりはあれの天狗のお宝バージョンって訳かぁ。て事は機能ももっとすごいんだろうな。
と言う訳で、その印象に関して私は思わず某作品の便利アイテムの名前をつぶやいていた。
「四次元ポケット的な?」
「多分な」
「すごいね!便利だね」
こうして私達は無事に天狗のお宝をゲットした訳だけど、今回はそれだけで無事に終了と言う訳にも行かない。何故なら大きな問題がまだひとつ残っていたからだ。
残るこの大問題に関してキリトは腕を組んで思案していた。
「後はどうやって帰るかだなぁ」
「ゲームだとイベントを開放したらすぐに元の場所に戻れるのにね」
「そんな都合良くは行かないだろ……」
この異界、入る時は遺跡に足を踏み入れただけで良かったけど、戻る為の方法がさっぱり分からない。キリトは天狗文書の何処かにヒントがないか必死に探し始めた。いつも肌身離さず持っているからこそ、こう言う時には役に立つね。ま、文書に該当記事が載っていればの話だけど。
でもここに天狗のお宝の祠があったのだから、全く触れていないって事だけはないはず……後はキリトがそれを読み取れるかどうかにかかってるね。頼むよ。
私が脱出方法を彼に任せっきりにしてぼうっとしていると、急に地面が地震のように揺れ始めた。って言うか、これは地震?
「何?この振動?」
「まさか、まだ罠があるとか?」
私達がこの突然の振動に慌てている内に揺れはどんどん大きくなり、何故だか視界もぼやけてくる。ヤバイ、体感震度はきっと5を超えてる。周りに何もないから倒れ込んでくる物が何もなくて、それは不幸中の幸いだけど、それにしてもこの揺れは激しすぎるよ!
「うう~。立ってられないっ!」
「くそっ!一体何が……」
その揺れが更に大きくなり、ピークに達した時、ついに地面が割れ始める。激しい揺れに立っていられなくなって地面に倒れ込んでいた私達は、この突然のアクシデントにどうする事も出来ず、そのまま出来た裂け目に吸い込まれるように落ちていった。
「うわぁぁぁー!」
「また落ちるのーっ!」
この既視感。そう言えばこの異界に転移した時と状況が似ている。私がそう理解した瞬間、またしても地面が物凄い勢いで接近してきた。
「いてっ!」
「ぐえっ!」
最初にその地面にぶつかったのはキリトだった。私はその彼の上に覆いかぶさるように落ちる。まさにギャグアニメなんかでよく見るシチュエーションだ。何にせよ、これであの異界から脱出出来たのは間違いない。それでここが元の世界だったらいいんだけど……。
そう思った私はすぐにこの世界の様子を顔を動かしてしっかりと確認した。
「あは、あはは……何か無事帰ってこれたみたいだよ」
「分かったから、そろそろどいてくれない?」
「おっと、ごめん」
ずっとキリトの上に乗っかっていたのをようやくここで自覚して私は起き上がる。転移していた間、時間はほぼ経過していなかったのか目に映る景色はほぼ変わっていなかった。目の前にはあの遺跡がある。もう一度足を踏み入れたらまたあそこに行けるのかな。いや、行かないけどさ。
その日はもう疲れたし、冒険はここで終了、ここで解散となった。いやあ、今回は結構大変だったなぁ。
次の日の放課後、手に入れたお宝を持って私は部室にやってくる。それを金庫にしまった後、改めてキリトに話しかけた。
「かなり集まったね、お宝」
「これで残りは蓑と印籠の2つだ」
「もうちょっとで人間に戻れる!」
長かったお宝探しにも終りが見えてきて私は胸を震わせる。完全に妖怪になってしまう前に早く全部揃えなきゃだね。このやる気を察知したのか、席に座っていたキリトが珍しく私に向けて元気付けてきた。
「最後まで気を抜かずに頑張ろうぜ!」
「よーし!ラストスパートだあ!」
正確には後2つだからラストではないんだけど、まぁそんな細かい事はどうでもいいよね。こうして私達は共に気合を入れ直した。
どうかこの先、出来るだけ早く、出来るだけ安全に、そして出来るだけ楽にお宝が無事全て揃いますように。
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