子狐の依頼

第87話 子狐の依頼 その1

「で、その悪夢の中の人は何と?」


「助けてくれって……」


 環ちゃんは夢に出てきたその謎の人物の訴えを感情豊かに伝える。テンプレだけど、助けを求めてるんだ、うん。正直、遊ぼうって言われても困るところだったし、お約束通りで良かったっちゃ良かったよ。

 問題はそれが私達にはどうにも出来ないって事なんだけど。私は出来るだけ彼を困らせないようにやんわりとこの事を伝える。


「うーん、正直言ってそうなってくるとちょっと専門外って言うか……」


 すると、環ちゃんはとても淋しそうな顔を見せる。私だって何とか出来るならそうしたいのは山々なんだよ……。そこで何か出来る事がないかと考えた私は部室内の他のメンバーに知恵を借りる事にした。


「夢に干渉するなんてお宝はなかったよね?」


「ああ、ないな」


 キリトが天狗文書に見を通しながら無愛想に返事を返した。彼、非協力的な時はたまにあるけど、嘘だけはつかないからね。だからお宝でもどうする事も出来ないって事は私達にはどうしようも出来ないって事な訳だ。ここまで話していて鈴ちゃんが口を挟まないって事は、鈴ちゃん人脈でもそれが出来るツテがないって事。

 結局、夢に干渉する手段が私達にはないと言う事で、改めて私は環ちゃんに事実を伝えて頭を下げた。


「だから、ゴメンね。こればっかりは力になってあげられないかも」


「お願いします!その人、すっごく苦しそうなんです!」


 これまでのやり取りを経ても彼は必死に縋り付いてきた。その圧に私はたじろいでしまう。出来る事は何もないと思うんだけど、話を聞けばもしかしたら何か閃くかもと私はダメ元で環ちゃんに声をかけた。


「わ、分かったよ。何か力になれるかも知れないから話だけは聞くよ」


「は、はい……。あれは昨日の事でした……」


 そうして彼は昨日見た夢の事を語り始める。その夜もまた眠ってすぐに謎の部屋の夢を見た環ちゃんは既にその部屋にいた黒い気配に近付いた。するとその気配は徐々に盛り上がって来て、ついには黒い影のような形を取る。そうして近付いた子狐に向かって喋り始めたのだと――。


「黒い影……」


「そうです、その影がここから出してくれって、何でもするからって……」


「もしかしたら今夜見る夢でさらに詳しい事が分かるかもだね」


 夢を見る度に段々具体的になるこの現象、私は気休めに次の夢での報告を待とうと環ちゃんにアドバイスをする。

 しかし彼は私のアドバイスを無視する形で、夢で体験したその影の言葉がどんなものだったのかを必死に訴えた。


「その人はすごく痛そうで、苦しそうで、悲しそうなんです。だから何とかして助けたいんです」


「とは言っても、私達には……」


 助ける手段がないのに助けてと言われても困ってしまう。確かに話を聞いたらその影の人がすごく環ちゃんを頼っているって言うのは伝わってくるんだけど……。

 私が腕組みをして思案にくれていると、環ちゃんが気になる事を言い始めた。


「その人は言ったんです。人間に助けを求めろって。妖怪の話を聞ける人間を。天狗の宝を集める人間をって」


「えっ?」


 夢に出てきた影の人は私達の事を知っている?この衝撃的な一言にさっきまでほぼ無関心だったキリトも急遽こちらに振り返る。


「まさかそいつ、俺達の事を知って……?」


「はい、知ってるようでした。それで依頼としてお願いをすれば話を聞いてくれるとも……」


 なんと言う事でしょう。純粋無垢な子狐の夢に現れた謎の存在が、何故だか私達の事を知っているだなんて。世の中不思議な事だらけだけど、まさか今回もそんな不思議な出来事が待っていただなんて。私達の事を知っていると言う事は――私はすぐに頭を働かせた。


「もしかしてその影の人って、お宝情報も持っていたりして?」


「そんな都合良くは行かないだろ?」


「あ、その事も言ってました。話を聞いてくれないならお宝の情報を口にすればいいって」


 キリトとお宝の話について話し合っていると、そのお宝と言う言葉に反応して環ちゃんが影の人の伝言をまた口にする。もうこれは確定だね。影の人は間違いなくお宝情報を持ってるよ。そっかぁ、こう来たかぁ。

 私はこの新しいパターンに感心した。そうだ、一応念の為に確認は取っておこう。


「環ちゃんはそのお宝の事は聞いたの?」


「いえ、僕は聞いていません。でも依頼を受けてくれるなら、成功した時には必ず話してくれるそうです」


 お膳立てはこうして揃った。今回はこの夢の問題を解決する事がクエストなんだ。とは言え、これはかなり難易度が高いなぁ。ただ、その影の人が私達なら解決出来ると言ってるんだから、きっと今の私達の実力でも何とか出来るはずだよ。そうじゃなきゃおかしいもん。

 私は半信半疑ながらもみんなにこの件についての相談をする。


「どうする?」


「いや、ここで信用するのはまだ早いだろ?」


「鈴ちゃんはどう思う?」


「私は、環ちゃんが嘘をついているとは思えません」


「だよね、私もそう思う」


 ここは2対1で夢の問題解決をすると言う流れでいいかな。多数決だからキリトが今更何を言っても無駄だからね。と、ここで現実路線の彼がキツイ現実を突きつけてきた。


「嘘じゃないとしても、夢の中だぞ。俺達に何が出来る?」


「あの、影の人は他には?」


 この追求を受けた私は、きっと影の人は自分が助かるためのヒントをもっと喋っているはずと環ちゃんに質問する。彼は私の質問に少し困った顔をした。


「依頼を受けてくれるなら詳しい話を今度するからって」


「な、怪しいだろ?」


 具体的な方法を聞く事が出来なかったので、キリトは分かった風な顔で私に話しかけてきた。その態度が気に入らなかったので、私は正論をぶつける。


「そうだけど、今は何でもやってみるべきだよ」


「何でも……ねぇ……」


 まだ納得出来ないのかキリトは微妙な表情のままだ。この堅物の心を動かそうと、私は頭を捻ってもうひと押ししてみる。


「それに向こうが私達を指名したって事は、きっと私達に何とか出来る事なんだよ。そうじゃないとおかしいでしょ」


「まぁそれは……確かに」


 このひと押しが効いたのか、彼の心がぐらついている。鉄は熱い内に打てって言うし、私は速攻で話を進める。


「じゃあこの依頼受けるよ、いいね!」


「言っとくけど……」


「分かってる!出来なさそうなら受けない、だよね!」


「分かってるならいいよ」


 私達が依頼を受ける受けないでコソコソと話をしていたので、その話し合いの結果が気になった環ちゃんがおそるおそる声をかけてきた。

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