第81話 天狗の袋 その3
「ねぇ、天狗文書には何かここについてのヒントは書いてないの?」
「異界の説明っぽい文章はある。でもここがその場所かどうかの確証はない」
「それって何て書いてあるの?」
ここで私はようやく不安よりも好奇心の方が強くなった。この霧の世界は視界こそかなり制限されるものの、それ以外の殺気も何らかの気配も何ひとつ一切感じられなかったからだ。
まるでこの場所には私達2人だけしかいないみたいな……。前を歩くキリトは私のリクエストを受けて、思い出すように天狗文書の該当する記述部分をつぶやいた。
「確か……試練を乗り越えるなら、望む物が与えられるとか……だったかな」
「望むもの……それがお宝かなぁ?」
「断言は出来ないけどな」
謎だらけだったこの世界のヒントが提示された事で、私はようやく意識を前方に向ける事が出来るようになった。この世界も全く謎の世界じゃない。きっと天狗文書には脱出の方法なんかも書かれているに違いないと、そう私は強く信じ込んだ。確実な事は言えないって言ったキリトの言葉はこの際軽くスルーさせて貰おう。そうしないとメンタル保てないもんね。
しかしそれにしてもこの世界の全てを秘密にしようとする意思すら感じさせるような、この濃い霧はどうにもならないんだろうか?不便で仕方がないよ。
「霧……晴れないね」
「この世界はずっとこんな感じなのかもな」
「それにちょっと肌寒いし……」
私はわざとらしく弱音を吐いてチラチラとキリトの方に視線を飛ばす。多少は期待していたものの、彼から帰ってきた言葉はいつもの彼らしい言葉でしかなかった。
「そこは我慢するしかないぞ」
「むう!ここはキリトが上着をかけてくれるとかじゃないの?」
「何でおま……ちひろと恋人ごっことかしなくちゃいけないんだよ」
その冷徹な反応に私はカチーンと来たよ。今までずっと一緒に行動してきたって言うのに、相棒に対する思いやりとかないのかこいつは。
「愛がないね、愛が」
「愛なんてなくて構わないねぇ」
「何て奴だ!」
愛なんてなくて構わないとか。多分アレだよ、私が美少女じゃないからだよ。全く、人を容姿で判断しやがって。碌なヤツじゃないな。
そう言えばキリトってどう言うのが好みなんだろ?恋話とかした事なから分かんないや。そう言うのに興味があるかどうかも分からないし。
……まさか全くの無関心って事はないよね?思春期なんだし。そうだ、今度何か話してみようかな?無視されるかもだけど。
私がそんな事を考えていると、前方を歩く彼が何かを発見したのかいきなり大声を上げる。
「馬鹿言ってないで前見ろ!」
「あれは……神殿?」
そう、霧の中からいきなり大きな神殿が出現したのだ。神殿と言っても日本の神社のお宮みたいなヤツ。大きさはどう言ったらいいのかな、地方の中規模のスーパーくらいはありそう。うん、明らかに怪しい。周りにはこの建物以外には何も見当たらない。
それもあって神殿の大きさが特に強調されて感じられた。私がこの突然に状況にぽかんと口を開けていると、キリトが顔を覗き込んできた。
「どうする?」
「ここまで来たら入るしかないだろ。虎穴に入らずんば虎児を得ずだよ」
「良し、行こう」
それが罠だとしても、他にする事もないし、ここはこのまま前に進むしかない。幸いな事に神殿の扉は開きっぱなしで、いつでも誰でもオールタイムウェルカム状態だった。
私達がビビりながら慎重に中に入っていくと、板張りの神殿の中はただ広いだけで何もなかった。神殿と言うなら御神体とかあったっていいのにそう言うのすらまったくない。つまり神殿のような外見のただの建物と言うのが正解なのだろう。どうしてこんなものがこんな所に?
私はこの建物の中になにかすごいものがあるのかとちょっと期待していただけに、その殺風景な景色を見てがっかりしてため息をついた。
「なーんもない。祠もない」
「まさか、罠?」
「いや、罠以前に何もないんだけど」
私はそう言いながら部屋の中央まで歩いていく。もしかしたらこの部屋の床とかに何か仕掛けがしてあって、歩いていく事で何かそれが発動するかもとか、そんな事を考えていたのだ。……まぁ、何も起きなかったけどね。
そんな感じで私が室内を色々と観察していると、そこで何かを感じたのかキリトが急に叫んだ。
「出よう!嫌な予感がする!」
「ちょ、何急いで……」
部屋の中央にいた私の腕を掴んで彼はすぐにこの部屋から出ようと走り出す。この突然の行動に私は訳が分からず、ただされるがままになっていた。一体キリトは何を感じたって言うんだろう?
ただ、そこまで焦っているのだから、意味は分からなくてもすぐにここからは出た方が良さそうだよ。
こうして私はキリトに引っ張られながら部屋の出口を目指した。
それは後一歩で部屋から出られると言う瞬間だった。誰もいないはずなのに突然神殿の扉がしまってしまう。こうして私達はこの広い神殿の中に閉じ込められてしまった。
「くそっ!遅かった」
「嘘?何で扉が……」
「これが試しなら試練を乗り越えればいい。でもそうでなければ」
「突然何言い出すの?」
この仕組みを彼は薄々気付いていたのか、独り言のように話し始める。まだ状況をうまく飲み込めていない私はただ戸惑うばかり。混乱する私にキリトは衝撃的な一言を告げる。
「……ここは敵の腹の中も知れない」
「さっきから何言ってるの?腹の中って……」
「これからじわじわと消化される」
つまりキリトはこの建物自体が化物か何かが化けた姿で、私達を誘って食べたのではないかと想像したのだ。神隠しの遺跡で消えてしまった犠牲者が戻ってこなかったのはもしかしたら――。
そうして今度は私達の番だと。最悪の想像をして怖くなった私はそんな設定を受け入れられる訳がなかった。
「そ、そんな訳ない!」
「それ、言い切れるか?このまま何も起こらないなんて」
「そりゃ、きっと何かは起こるよ、起こるとは思うけど……まさかそんな最悪な事は……」
喋りながら自分でも顔が青ざめていくのが分かる。どんな理由であれこの状況は異常だ。恐怖が頭の中を支配して、もう何もまともに考えられなくなっていく。
混乱する私とは裏腹にここでも彼は冷静だった。いつもと同じように静かに落ち着いた声で私に話しかける。
「最悪は常に想定しておいた方がいい、でないとパニックになる」
「じゃあキリトはこんな時の為に何か対策を考えていたとでも?」
こんな状況でここまで平常心を保っているのは、きっと何か隠し玉を用意しているからに違いない。そう思った私はそれを確認しようとする。とにかく私は安心したかったんだ。追求された彼は自信がないのか急にしどろもどろになった。
「それは……ない事も……まだ確証は得てないけど」
「じゃあすぐにそれやってよ」
「いや、だから……」
この反応から彼が何かを準備していた事だけは確信する。ただし、ものすごく頼りないけれども。
それでも早くここから脱出したい私は、そのキリトの持っている何かに
「すぐにやってよ!怖いんだよ!助けてよ!」
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