第80話 天狗の袋 その2
時間は過ぎて実行日の土曜日の朝、待ち合わせをした私達はバスに乗って天狗山の麓のバス停で降りた。そこから見上げる景色は何とも懐かしいものだった。私はでんと構えるその素朴で手頃な山を見上げる。
「久しぶりの天狗山だね。全てはここから始まったんだ」
「何ナレーションみたいな事を言ってんだ。行くぞ」
私が感慨にふけっていると、それを冷たい目で見ていたキリトが無視するような感じでスタスタと早歩きで歩いていく。私はこのクールな反応にやれやれと首を振りつつ彼の後をついていった。
「キリトはこの山に慣れてるんでしょ?この山に遺跡っぽい場所があるって知ってた?」
「いや、全然」
「だろうねぇ~。最初に会った時も道に迷ってたしさ」
歩き慣れた天狗山の山道をほいほいと歩きながら私達は気楽に会話をする。草は結構生えてはいるものの、登りやすい山なので今のところ肉体的な負担はそこまででもなかった。そう言う事もあって、登りながらの会話も思いの外弾んだ。
「お前こそもう予知夢は見ないのか?」
「あれからは全然だよ。それからお前って呼ばないで」
「あ、悪い」
初めて出会ってからかなり打ち解け立ってきた気はするものの、その中にも触れちゃいけない部分はある訳で。私はお前呼びをされるのがあまり気分の良いものではないんだよね。そこら辺、キリトは意見を言えばちゃんと察して謝ってくれて良かった。うんうん、気遣いって大事よねぇ。
ある程度歩き慣れたルートを進んでいたものの、このまま道なりに進んでいたって遺跡には辿り着かない。何処かで違う分岐点を選ばなければ。で、その為のヒントはちゃんと事前に入手していた。私は大体の場所に来たところで辺りをキョロキョロと見回し始める。
「確かだるまさんの話だと、ここら辺に分かれ道が……」
「ここじゃないか?」
意外や意外、方向音痴のはずのキリトがここで私より先に正しいルートを選び取った。こりゃ、事前にしっかり予習してきたね。間違いがあってはならないと、私もすぐに注意深く彼の指示する場所を確認する。
「あ、そうかも」
ダブルチェックも済んで私達は歩き慣れた山の未知なる道に足を踏み入れる。長く伸びた草をかき分けて進んでいくと、やがて初めて目にする道が突然眼前に現れた。うん、やっぱりこのルートで正解みたい。私は物珍しそうに好奇心の赴くままに周りの様子を眺めながら歩いていく。
「キリトはここの道には来た事あるの?」
「いや、前はこんな場所、全然知らなかった」
「不思議だね」
前を歩くキリトも当然のようにこの道は今初めて足を踏み入れたらしい。何度歩いても見つからないなんて不思議。不思議と言うか少しおかしい。
これって、何か条件が揃わないと気付かないような仕組みになっているのかも。例えて言うなら結界みたいな。歩きながらそんな想像力を私は膨らませる。
どうやら似たような事はキリトも考えていたらしい。
「もしかしたら……今は指輪をつけているから道が開けたのかも知れない」
「何それ、まるでゲームみたい」
「天狗の事だから何でもありだぞ、多分」
そんな雑談を繰り広げていると、急に前方に開けた場所が現れる。どうやらそこがこの道の終着点らしい。私達は期待で胸を膨らませながら、その先の景色をじっくりと観察する。
「あ、あれかな?」
「ストーンヘンジ?」
そう、そこにあった巨は古代遺跡の定番、ストーンヘンジっぽい巨石の並ぶ遺跡だった。この手の遺跡は科学者によれば東西南北を示していたり、古代の暦代わりに使われた説が有名な訳だけど、ここの遺跡もそんな使われ方をしていたのだろうか?私はすぐにこの場に他の建物がないか注意深く観察する。
「例の祠は見当たらないね。ここじゃないのかな?」
「この遺跡にヒントがあるかも知れない。調べてみよう」
「うーん、それはどうかな~。ただ石が並んでいるだけだよ~?」
正直私は目の前の巨石遺跡をそんなに大したものだとは見ていなかった。それはこの遺跡が教科書なんかで見る見慣れていた形だったと言うのもあったし、見た目が石が並べているだけなのでそんなデザインのオブジェに見えてしまっていたと言うのもあった。
そもそも、部室で鈴ちゃんが言っていた神隠しの遺跡がこの遺跡の事を示しているとは到底思えなかったのだ。
「いや、これは少なくとも自然に出来たものじゃないぞ」
「そっかもだけど……」
「とにかく、十分気をつけ……」
遺跡を慎重に調べようとするキリトと、あまり乗り気でない私がその規則的に並べられた石の床に足を踏み入れる。私達2人が遺跡に完全に入ったその瞬間だった。突然遺跡以外の周りの景色が歪み始める。それに地面が小刻みに高速で揺れ始めた。どうやら私達が入った事で遺跡に眠る何らかの力が発動したらしい。
この突然の異変に、私は混乱して頭を抑えてしゃがみこんだ。
「うわぁっ!」
「ちひろっ!」
次の瞬間、足元の空間に突然大きな穴が開く。何の準備もしていなかった私達は当然のようにその穴に為す術もなく落ちていく。漆黒の闇に吸い込まれるように落ちるその感覚は、まるで自分の魂が底なしの穴の奥底に吸い取られるようで、とても気持ちの良いものではなかった。
「お、落ちてるよ!死んじゃう!」
「落ち着け、俺達は飛べるだろっ!」
「あっ……そっ」
キリトのアドバイスで羽を出そうとしたその瞬間だった。波も見えなかったはずの地面が突然物凄い勢いで私達に迫ってくる。この穴は意外に浅かったのだ。そうして空を飛ぶ間もなく、私達はその穴の底に体を打ちつける。
「ぐふっ!」
「うぐぅっ!」
2人共、穴の底に体を打ちつけたダメージで思わず呻き声を上げる。感覚的には2~3mくらいの落下距離だっただろうか。周りが真っ暗だから感覚は全く分からない。ひとつ言えるのは、深く落下したようなイメージの割りに体は大したダメージを受けていないと言う事だった。
「いててて……意外と穴は浅かったね」
「いや、穴じゃないぞ」
私が腰をさすりながら起き上がると先に立ち上がっていたキリトが妙な事を口走る。穴に落ちた訳じゃないってどう言う事?
しっかり目を凝らしてみると、何とそこは辺りが一面深い霧に包まれた世界だった。この状況から言って私達は遺跡の力で何処か別の世界に飛ばされた、と言う事なのだろう。
あの時、鈴ちゃんの言っていた神隠しの遺跡の噂は本当だったんだ。
「えっ?ここどこ?」
しばらく時間が経って混乱から何とか落ち着いた私が周りを見渡して現状の把握に努めていると、キリトが突然歩き出した。
「さ、行くぞ」
「ちょ、当てもないのにどこ行く気?」
「ここにじっとしていても仕方ないだろ?」
キリトの言う事ももっともだと感じた私は、先行する彼に追いつこうとワンテンポ遅れて歩き出す。転移されたこの世界はあまりにも霧が濃くて、周りに何があるのかさっぱり分からない。
こんな時に一番気をつけないといけないのは足元だけど、目に見える限りそこに危険は何もなさそうだった。歩きながらもどこか不安の拭えない私は、目の前で堂々とズンズン歩く彼に問いかける。
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