天狗の袋
第79話 天狗の袋 その1
「ここどこ?」
「俺に聞くなよ」
私達は迷っていた。突然謎の世界に入り込んでしまったのだ。こうなる事を全く予想出来ていなかったと言えば嘘になるけど、まさか本当に違う世界に飛ばされるなんて。
私はやり場のない怒りと戸惑いと焦りを一緒にこの世界に飛ばされたキリトにぶつける。
「どうすんのよ!」
「取り敢えず、進むしかないだろ……」
ここでも彼の冷静っぷりは健在で、何が起こるか分からないこの謎の世界の中で一歩ずつ歩いていく。勝手に進まれてひとりにされても困る訳で、私は渋々彼の後をついていった。うえーん。どうしてこうなった――。
話の発端はだるまから聞いたお宝情報だった。前の依頼が終わって戻ってきた時はもう夜も遅かったので、翌日にその情報から今後の予定を検討する事になる。
その日の放課後、部室で早速鈴ちゃんと一緒に今後の事について話し合いが行われた。
「古代の遺跡ですか?」
「あのだるまの話によればそこにお宝があるらしい」
「遺跡は前にも行った事があるよね。また天狗文明の遺産なのかなぁ?」
だるまのお宝情報によれば、今度のお宝は古代の遺跡のどこかにあるらしい。私は遺跡と言う言葉に以前のすごく古くて謎の多かった遺跡の事を思い出していた。
確か、あの時に見つかったのはふたつ目の天狗の指輪だったかな。キリトの方がうまく使いこなせていてちょっと悔しかったヤツだ。
だるまから聞いたのはその遺跡があるって言う大まかな場所の情報のみ。そこがどんな遺跡なのか、どうやってお宝を手に入れればいいかなどの具体的な事はさっぱり分からない。
今までもお宝を手に入れる時はちょっとした冒険になっていたから、今回もその場所に行けばいいと言うような単純なものではないのだろう。
とにかく、場所以外の情報がないのだからここであんまり話し合っていても仕方がない。今決めるべきはいつ行くか、どんな準備をするかのその二点。
それはキリトもしっかり認識していて、私達を前にしてぶっきらぼうに言い放つ。
「取り敢えず行ってみるしかないだろ?他に手掛かりはないんだから」
「でも天狗山にそんなところがあるなんてね」
そう、最近はちょっと遠出をする事が多かった天狗のお宝だけど、今度の場所は懐かしの天狗山。ハッキリ言ってかなり近い。土地勘もある。それもあって、今回のお宝探し、まるで実家に帰ったかのような安心感を私は抱いていた。
「交通費かからなくてラッキーだったな」
「本当だよ、助かるわあ」
「主婦かよ……」
私が出費を節約出来る事に喜んでいると、キリトが呆れた顔をして突っ込んできた。むう!何その反応、ちょっとカチンと来たんですけど!
「あー、私の毎月の小遣いの額知らないなぁ……結構厳しいんだぞ」
「じゃあバイトでもし……」
キリトが言いかけたその対案を私は大きな声を出してかき消した。そんな当たり前の方法が使えるなら私も苦労はしていないのだ。
「この体を治す方が先決でしょ。キリトも分かってる癖に」
「じゃあ愚痴とか言うなよ」
「愚痴くらい言わせてよ!」
男子っていつもそう。すぐに答えを求めたがる。私はただ共感して欲しいだけなのに。話が噛み合わなさ過ぎてまた場の雰囲気が険悪になり、一触即発っぽくなってきた。
後はどっちが先に手を出すか、それともどちらかが教室を去るかってそんな緊張感が教室を満たした頃、調停役の可愛い妖怪がいそいそと動き出す。
「まぁまぁ、お2人共落ち着いてください。ね?」
「鈴ちゃん……ごめんね、気を使わせちゃって」
雰囲気が悪くなった時はやっぱ鈴ちゃんだよね。彼女の困った声を聞いたらとても喧嘩なんて出来ないよ。私はすぐに喧嘩腰になったのを謝ったんだけど、もうひとりの喧嘩の相手はぷいと顔を反らせて意地を張っていた。
「俺は悪くないからな」
「ちょ、キリト!」
「ちひろさんもどうか落ち着いて。私はいいですから。それより……」
キリトの態度は相変わらずで、まぁ今に始まった事じゃないからいいんだけど、それより私は鈴ちゃんが言いかけた事が気になった。もしかして今回のお宝の事で何か知っている事でもあるんだろうか?
「え、なに?」
「天狗山の遺跡には気をつけてくださいね」
「何か知ってるの?」
やっぱり彼女は何か知っているらしい。私は好奇心に目を輝かせながら身を乗り出してさらに詳しい話を聞き出そうと鼻息を荒くする。そんな私の態度に鈴ちゃんはちょっと引きながら、すぐにすごく真剣な表情になって私達に自身の知っている事を打ち明けてくれた。
「噂ですけど、神隠しの遺跡だって話を聞いた事があります」
「どう言う事?まさか消えちゃうとか?」
「噂なのではっきりした事は言えませんけど……」
神隠しの遺跡……魅惑的な響きではあるけれど、何だかちょっと怖い感じがする。同じ言葉を聞いたキリトは意味ありげにポツリとつぶやいた。
「転移遺跡か……」
「だからどうかお気をつけて!」
怖い噂を信じて心配そうにする彼女を安心させようと、私は胸を張ってそこに手を当てて自信満々に答える。
「大丈夫!いざとなったら飛んで帰るから!」
「飛べる程の近くに飛ばされる程度ならいいがな」
折角いい感じでこの話を終わらせたと思ったら、ここでキリトの無粋なツッコミが入って私は気を悪くした。それでもその言葉が変に引っかかったので私は彼の席の方に顔を向ける。
「どう言う事?」
「その遺跡は異界に飛ばすポータルなのかも知れない」
キリトが言うにはその遺跡はこの世界じゃない別の何処かに飛ばしてしまうと言う可能性があるとの事。確かに神隠しの遺跡と言うからにはそう言う不思議な力が宿っていても不思議じゃないよね。人の噂と違って妖怪達の噂だから信憑性は結構高いし。
もし飛ばされた先が物理的に繋がっていない世界なのだとしたら、これって結構ヤバイかも……。
「異界って……じゃあ迷っても飛んで帰れないって言うの?」
「飽くまで可能性の話だけどな。で、どうする?」
その可能性がある前提で、キリトは私に迫ってきた。リスクを取るか、このまま人でなくなる道を選ぶか。これって結構キツい2択だよね。
だけど、まだそうと決まっていない不確定な噂を恐れていたらここから一歩も前には進めない。少し悩んだけど、私は自分の中の可能性を信じる事にした。虎穴に入らずんば虎児を得ずだよ!
「でも、そうと決まった訳じゃないし……。行くよ!早く人間に戻らなきゃ!」
「じゃ、決まりだな」
こうして私達はだるまの情報にあった天狗山の遺跡に向かう事になった。ただ、ずっと選択を迫られる側だったのでお返しにと今度は私から攻めてみた。
「キリトはビビってないの?」
「び、ビビるかよ!」
「そうかなぁ~」
このヘタレっぽいやり取りで私達は色々と察して鈴ちゃんと笑いあった。それからは山登りの準備と、いざと言う時の食料とかの迷った時に必要になりそうなグッズを用意していく。事前の準備がすっかり出来たところで、その次の週末がお宝探索の実行日に決まった。
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