第78話 だるまの依頼 その4
「ぬ……正直それは分からん。じゃが、もし朽ち果てていたとしても残骸くらいはあるじゃろう。それさえ確認出来たならいいんじゃ」
「あ、あれじゃない?」
キリトとだるまが話し合っている中、私はついに森の奥に自然の中に存在するにしては少し不釣り合いな人工物を発見する。それはかなり昔に建てられた物のようで、すっかり森の景色に馴染んでしまっていた。
私の呼びかけに同じ景色を目にした彼はその建物を見て目を丸くする。
「山小屋?こんな山奥に?」
「そうじゃ!あそこじゃ!まだあったのか!」
案の定、どうやらそこがだるまの目指していた建物だったみたいで、だるまの声も殊の外弾んでいた。ゴールを見つけた私は喜び勇んでその山小屋らしき場所に向かう。
辿り着いた山小屋は歴史の重みにぎりぎり耐えられているような感じでかなり朽ち果てた格好だった。棚とかあったであろう室内はもう何もなく、小屋の外見だけがここに昔人の営みがあった事を物語っている。
「大丈夫だったのは外見だけみたいだね……」
「長い年月が経っておる、それも仕方なかろう」
変わり果てた山小屋を見ただるまはそう言って淋しそうにつぶやいた。きっと今頃色んな事を思い出しているんだろうな。
目的地に着いた事で依頼自体はこれで果たせたものの、好奇心が疼いた私はだるまにこの小屋について尋ねてみた。
「ここがだるまさんの思い出の地?」
「そうじゃ、ここで儂は生まれたのじゃ」
「へぇぇ」
やっぱり想像通りだるまはこの小屋で、約300年前に生まれたらしい。好奇心が疼いたのは私だけじゃなかったようで、キリトもまたこの話に喜々として乗っかってきた。
「どうやってここで生まれて俺達の街に辿り着いたんだよ。かなりの大冒険じゃねぇか」
「儂はここである職人に作られてな、すぐに売りに出された」
「じゃあだるまさんは買ったのが私達の街の人だった?」
私はだるまの話から単純にそう推理する。その稚拙な説をだるまは鼻で笑う。
「話はそう単純ではないわ。私はまず地元の豪商の家に買われた。そこで運気が上がると評判になったんじゃ」
「ほうほう」
私の話をきっかけにだるまが自身の歴史を詳しく語り始め、キリトはそれを興味深くうなずきながら聞き始めた。話の邪魔する者がいないので更にだるまは得意気に話を続ける。
「評判が評判を読んで儂はあちこちの家に売られて回った。ひとところに落ち着く事がなかったんじゃ」
「それで巡り巡って私達の街に……」
「そうじゃな。一時期は儂は城に飾られておった。縁起がいいからの。じゃがある時、盗賊に盗まれたのじゃ」
「うお、波乱万丈」
流石300年と言う長い歴史を渡り歩いているだけにその人生――物生って言うのかな?それは山あり谷ありのドラマチックなものだった。折角大出世したのに盗まれてしまうだなんて……きっとそれだけ評判も高かったって事なんだろうな。この時、私もだるまの話を夢中になって聞いていた。
「それから盗賊はすぐに儂を売っぱらった。儂を買ったのはどこかの金持ちでの。しばらくは家宝として大事にされていたんじゃが、やがて時代が下り戦争が起きた。それでお主らの街に儂はその金持ちの息子と共に疎開したんじゃ。当時の主は儂が縁起がいいから守ってくれと願ったんじゃろうな」
「戦争……歴史だね。で、ちゃんとその息子さんは守ってあげられたの?」
「いや、ある日の空襲時に儂は捨てられた。儂を持って逃げる程の時間の余裕がなかったんじゃ……」
「そ、そうなんだ。災難だったね」
ハードなだるまの歴史、不運ここに極まれり。あの戦争のせいで不幸になった存在がこんなところにもいたんだ。戦争はダメだね、絶対。
それにしても捨てられた後にどうやって生き延びてきたんだろう?捨てる神あれば拾う神ありって展開なのだろうか?うう、続きが気になる……。
「……じゃがその時に儂は妖怪として、付喪神として目覚める事が出来たんじゃ。世の中内が起こるか分からんものじゃのう」
「本当だね」
「中々にハードだな」
だるまの妖怪としての目覚め、何だか皮肉だね。捨てられたが故に目覚めた。捨てられなかったら今でも普通のだるまだったのかも知れない。だるま自身この変化に驚いているみたいだけど、聞いている私達もその数奇な運命に言葉が出ないよ。あのキリトですら感心しているくらいだし。
話がかなり現代に近付いてきて、だるまの昔語りもそろそろ終焉を迎える。
「付喪神として目覚めてからも儂は普通のだるまの振りをして多くの家々を幸せにしてきた。それで資金をためておったのじゃ」
「もしかして、ここに戻ってくる為に?」
「ああ、いつか霊感のある人物と出会った時にな、そうしてもらおうと思っておった」
付喪神になっただるまは得意の能力を使って恵まれない人の家に現れてはその一族の運気を上げ、豊かになると別の家に移るという生活を続けていたらしい。誠実な、本来ならもっと豊かになるべき人の家を見極め、能力を発揮していた為、どの家に移ってもそれはもう大事にされて、豊かになる度にだるまにお礼のお金が捧げられ、それをだるまは頂いていたらしい。
考えたらすごい事してるよね、このだるま。言ってみれば点々とする座敷童みたいな感じかな?
そんな感じで私が感心していると、キリトが何かに気付いたのかだるまに向かって突然話を切り出した。
「お宝の情報はどこから?」
「ある日、大ガラスがやって来てな。役目を与えようとか抜かして一方的に喋って帰りおった。それは奇妙な経験じゃった」
この時、だるまの口から出てきた大ガラスと言うその言葉に、私達は顔を見合わせて少し前のあの体験を思い出す。
「あの時の大ガラスかな?」
「さあ、どうだろうな?」
だるまは話したい事を全て話し終え、それで満足したのかまたおとなしくなった。黙っていると本当に何の変哲もないだるまにしか見えない。
とは言え、これでハイお別れ、と言う訳には行かない訳で、私達はすぐに報酬代わりの天狗のお宝の情報をだるまから聞き出した。これですっかり用事は終わった
と、私達を前にしてだるまは改めて口を開く。
「お前達、世話になった。戻ってこられて満足じゃ」
この言葉を聞いたキリトが何かを感じ取ったらしく、目の前のやりきった感のあるだるまに焦りながら質問を飛ばす。
「ちょ、お前、消えるのか?」
「消えはせん。と言うか最初から実在しておるわ!儂は転々とする生活に疲れた。今からはここでこの小屋を守る事にする」
だるまは残りの物生をこの生まれた場所で過ごすらしい。うん、それもまたひとつの生き方だよね。この固い決意を聞いた私は謎の感動を覚えていた。
「そっか、お別れだね」
「お主達も頑張るのじゃぞ。何、きっとまた人間に戻れる。儂はそう感じておるよ」
だるまはカラスからお宝の話を聞いた時に私達の事情も聞かされていたみたい。何だか応援されると嬉しくなるね。心がほっかほかになるよ。これでお別れになるのは淋しいけれど、一期一会だもんね。私からもちゃんとお別れを言わなくちゃ。
「有難う。お元気で」
「儂は大丈夫じゃ!お主らも元気でな!」
こうして私達はだるまと別れ、きた道をそのまま引き返す。帰りの列車の時間はギリギリだったものの、何とかその日の内に無事地元まで帰り着く事が出来た。
妖怪だって色んな状況で頑張っているんだな。私だってこの程度の不運に潰されてなるものかと思いを新たにした、そんな一日だった。
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