第77話 だるまの依頼 その3

 キリトはやっと列車の旅から開放されると大あくびをする。色んな時間の都合を考えて始発から乗ってきていたので、彼は少しお疲れのようだった。やがて各駅停車の列車がその駅に止まる。私達は何度も駅名を確認してその淋しい駅に降り立った。


「無人駅か……」


「雰囲気は悪くないけど……だるまさん、ここでいいんでしょ?」


「ああ、ここだ……なんと懐かしい……」


 過疎の村定番の無人駅。どこかノスタルジーがあってマニアが喜びそうな風情がそこにあった。駅から見える景色も自然が一杯で何とものどかな田舎の風景だ。私はだるまを胸に抱えて歩き出す。


「こっから先はだるまさんの指示に従うよ。どこにいけばいい?」


「うむ、では早速山に向かって歩いてくれ」


 だるまは早速自信満々に答えるものの、この雑過ぎる指示に私は困惑する。


「山って……四方山で囲まれてるんだけど?」


「儂が先導する!まずはこの道を真っ直ぐじゃ!」


 こうしてだるまのナビで私達はこの土地勘のない寂れた村を進み始めた。流石限界集落と言うだけあって、風景を目にしただけでも寂しさがビンビンと伝わってくる。道路を行く車もまばらで何だか歩いているだけで気が滅入るようだった。

 寂しい道をただ歩くだけと言うのも退屈でつまらないので、私は胸に抱いているだるまに話しかける。


「どう?懐かしい?」


「儂が知っとるのは300年以上前だぞ。すっかり変わってしもうとるわい」


「あは、だよね」


 私たちはだるまの言う山に向かって歩いていく。目に映るのは、道と、田んぼと、畑と、小川と、放置された空き家、たまに民家。どこを見てもそんなに代わり映えはしない。その景色を見ていると、地元も結構な田舎だとは思っていたけれど、上には上があるんだなと実感する。上って言っていいのかな、これ。


 流石に山ばかりなのでたまに木材加工の会社とか、山奥だからか土木関係の会社らしき場所も点在している。ダンプとかそう言う大型の車も結構走り回っていた。路側帯が狭いから大型車が走る時は気を付けなくちゃ。


 ここまで来てもだるまがまだ具体的な場所を口にしないので、キリトがそれについて不満を訴える。


「で、どこに向かってるんだよ。まさか誰かの家とかじゃないんだろ?」


「家か……家みたいなもんじゃな……」


「だから分かんないって」


 その質問にもだるまは具体的な事は何も答えなかった。随分昔の記憶を頼りにしているんだから、きっと言いたくても言えないんじゃないかな?2人の会話からそう思った私はやんわりと助け舟を出す。


「ちゃんと道が残っていると良いね」


「そうじゃな、まさかここまで寂れてしまうとは……」


「300年前の方が賑やかだった?」


「ああ、活気があったのう……。みんな笑顔で精出して働いておったわ」


 やっぱりだるまの記憶には昔のこの場所の記憶がしっかり残っていた。年老いた人が自分の若い頃を思い出すように、それは遠い目をしながら少し嬉しそうにだるまは大昔の情景を生き生きと語り始める。そんな報告を聞いた私は思わず想像力の翼を広げるのだった。


「今じゃ限界集落でジジババばっかだけどな」


「ちょ……」


 折角何となくいい雰囲気だったのに、空気を読まないキリトの一言が場を凍らせる。そのせいでこの会話はここで途切れてしまった。だるまの話す昔の話、もっと聞きたかったな。

 歩いていくと段々道が狭く状態も悪くなっていく。それと同時に安全面でも不安になってきた。私はこのルートが正しいのか思わずだるまに確認する。


「この道……で、いいんだよね?」


「集落は変わっても山はそう簡単には変わらん。このままでいい」


 そうしてだるまに指示されるままに私達はついに山の中に足を踏み入れる。この時点でもうちゃんとした道は姿を消していた。草が生え放題のほぼ獣道を、私達は山の頂上に向けて歩き始める。あんまり整備されていない山の中に入ってしまえば、そこはもう人のテリトリーではない雰囲気だ。


「何か熊とか出てきそう」


「おいおい……嫌だぞ俺は……」


「確かに昔は熊もおったが、今はどうかのう?」


「ええっ?どうか出会いませんように……」


 山をひたすら登る中、だるまはサラッと物騒な事を口にする。私、熊よけグッズとかの準備を全然してないんですけど?今のところ野生動物には出会ってはいないけど、どうか山を降りるまで危険な目に遭いませんように……。


 それにしてもだるまの指示は相変わらず目の前の道を進むように訴えるばかり。まだまだこの道の先は見えないし一体どこまで行くというのか。耐えきれなくなった私は少しカマをかけてみる。


「もしかして山の頂上まで登るの?」


「いや、そこまでは行かんよ。もうすぐ見えてくるはずじゃ……」


 ここに来てだるまはようやく少しばかり具体的な事を口にした。折角のこの明るい話題にまたしてもキリトが水を差す。


「それは、だるまの記憶が確かなら、だろ?」


「何を抜かすか!儂はまだまだ現役じゃわ!」


「はいはい、喧嘩はやめてねー」


 全く、なんでこんな山奥にまで来て不毛な喧嘩をしなくちゃいけないのよ。どうせ辛い事をしているなら話題だけでも明るい方がいいのに。私が静止したのでだるまとキリトの険悪な雰囲気はなりを潜め、少なくとも表面上は平和な雰囲気になった。

 ここで山の様子をキョロキョロに見渡していただるまは、その環境の変化に意気消沈する。


「山は変わらんが、山の様子はすっかり変わったのう……」


「昔の方が良かった?」


「ああ、今はもう山を訪れる者もそんなにおらんのじゃろ。昔はのう、もっともっと歩きやすかったんじゃ」


「今じゃ獣道みたいな感じだしな」


 昔はもっとこの山は人々に利用されていたんだろう。今では人が少なくなったのもあって荒れ放題だけど。山に沢山人が行き交っていたからこそ、そこでだるまを作った職人もこの山のどこかでだるまを作ろうと思ったんだろうな。


「それにしてもこんな所にだるまさんが来たい場所があるだなんて……」


「くじけるでないぞ、後少しじゃ」


 だるまが私達を励ましていたその瞬間だった。聞きなれない声が山の中、私達のいる場所周辺で鳴り響いた。この突然の出来事に私は当然のようにビビる。焦りながらもすぐに周囲を見渡して、だるまを抱く腕にも力が入る。


「な、何っ?」


「落ち着けよ、ただの鳥だ」


 私より幾分か冷静なキリトがその音の正体をそう分析する。その推測は正しかったらしく、音の正体が飛び去った後、山はまたさっきまでの静寂を取り戻した。大きな木が乱立する山の奥の森、そこは植物達の安住する世界。かなり奥地に入り込んだ感想を私は思わずつぶやいた。


「森って夜じゃなくってもたまに怖いね」


「大丈夫、いざとなったら飛べばいい」


「あ、そか。そだね」


 この時まで私はまたしても自分が飛べると言う事を失念していた。いかんなあ。空を飛べる、それだけが私達が普通の人間より有利な事なのに。

 このアドバイスをしたキリトはだるまにすごく重要な事を質問する。


「なぁ、向かっている場所が300年前に実在していたものだとして……今もそこがあると思うか?」

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