第68話 大カラスの事情 その3

「くっ……」


 自分が信用されていないと感じたキリトは、行き場のない思いを吐き出せずにただ身を震わせている。私はいつも自分が彼からされている事に対して、今回はお返しが出来るぞと少し調子に乗っていた。


「ねぇ、この道で合ってる?」


「あ、合ってるぞ。何を言うんだ突然」


 動揺してる動揺してる。この反応からして、多分今の彼は100%迷っているに違いない。よーし、この際だからもっと追撃しよう。


「その解読した暗号って教えてよ。私も知りたい」


「知った所で分からないだろ?」


「何よ!ケチ!」


 困っている割に、キリトが私を馬鹿にしている性格は変わっていなかった。そっちがその気ならいいよ、ずーっと道が正しいか聞きまくるから。覚悟しなさい。

 その後もキリトはあっちに行ったりこっちに行ったり……道に迷うアリのようにその行動は実に不自然だ。少し歩いた彼はまた途中で立ち止まって首を傾げている。こんな状況じゃ、信用して黙ってついていくのは無理だよね。


「うーん……」


「でさ、その探している本って、場所に辿り着いたらすぐに手に入れられるようになってるの?」


「うーん……」


 キリトは私の言葉が耳に届いているのか、さっきからまともな返事を返してくれない。仕方ない、話題を変えてみよう。


「あ、やっぱり祠に入ってるのかな?」


「うーん……」


「ちょっと!何とか言ってよ!」


 全然彼が話を聞いてくれなくて、流石に温厚な私も切れたよ。この怒号がやっと耳に入ったのか、キリトは振り向くと私に向かっていきなり頭を下げた。


「ごめん……」


「え?」


「どうやら迷った……みたい……」


 はぁ……やっと自分の過ちを認めたか……。私はこの彼の態度に色々思う事はあったものの、いきなり謝罪されてしまったせいでうまく言葉に出来ず、溜息を吐き出すので精一杯だった。


「はぁ……そんな事だろうと思ったよ」


「取り敢えず、空が暗くなったら飛んで帰ろう」


「だねぇ……」


 これで今回の冒険は幕を下ろす事になった訳だけど、折角ここまで歩いて来て何の成果も得られませんでしたああ!ってだけなのはちょっと頂けない。

 なので、キリトに今回の行程が本当に間違いだったのか確認を取るように促した。


「でも本当に迷ったの?実は正しかったって言う事はないの?」


「あるはずの目印の石像がないんだ。つまりここは違う場所だって事だよ」


「その石像が撤去された可能性もあるんじゃない?」


 彼がずっと迷っていたのは、その目印を探していたからだったらしい。石像って、キリトの話からは大きさとかは分からないけど、ずっとそこにあるものとは限らないよね。

 私がその話をすると、彼はうなだれながらその石像の重要性を口にする。


「その石像の中に隠されているはずなんだ。石像がなかったら本も手に入らないから同じ事だよ」


 つまりその石像が見つからない事には、私達が今後いくら探してもその行為は無意味になる。この事実を知った途端、急に絶望感が私の心の中を満たした。


「えぇ……それは困るぅ~」


「俺も困ってるよっ!」


 そんな訳で2人で途方にくれていると、突然どこからか渋い大人の声が聞こえて来た。


「ほう、本当にここまで来るとはな……」


「だ、誰っ?」


 私は声の主を探して周りをキョロキョロと見回す。そこは誰も通らない丘の上。人がいないのはすぐに確認が出来た。じゃあ、この声は一体どこから?


「あの札を読んで来たのだろう?まずここまでは合格だ」


 横を向いていないなら後は地下か上空か……。地下はまず有り得ないとして、私は当然のように視線を空に向ける。


「う、上っ!」


「嘘だろ……こんな……」


 私の声と同時にキリトも空を見上げ、声の主を確認する。そこにいたのは通常ではあり得ない程大きなカラスだった。翼を広げた長さは4m以上はあるだろう。指輪の能力でカラスの声が理解出来るのは標準装備。それにしてもここでこんなバケモノカラスに出会うなんて……。

 森の主のようなそのカラスは木の上に止まって私達を見下ろしていた。私達が気付いたと分かると、そのカラスは翼を広げ更に飛び上がる。


「付いて来い」


「あっ……」


 カラスは私達についてくるように促している。多分御札の件をあのカラスは知っているんだ。この状況に思わず私はキリトの顔を見る。


「どうする?」


「どうした?来ないのか?ならこの話はナシだ」


 カラスは付いて来ない私達を見てホバリングしながら返事を待っている。これ、きっとこのチャンスを逃したらいけないヤツだ。


「ああ言ってるけど……?」


「こうなったら行くしかないだろ……」


「まだ明るいけど……地元じゃないしね」


 そう、私達が躊躇していたのは明るい内に飛ぶ事で世間の話題になるのを避けたいと言うのがあった為だ。

 でもここまで来たら、そんな細かい事をイチイチ気にしていられないよね。私達が意を決して背中の羽を出して飛び上がると、カラスは急にスピードを上げて何処かに向かって飛び去っていく。


「急げ、見失う!」


「ちょ、待って!」


 猛スピードで飛び去るカラスを追いかけて、私達も力の限りのスピードを出した。ここまで本気で飛んだ事は今までにもないくらいに。それでもカラスとの距離を保つので精一杯。簡単に近付く事も出来ず、少し力を緩めるとその距離は広がるばかり。全く、何て速さなのよー!


「あのカラス、何処まで行くんだろう?」


「さぁな……俺達は付いていくだけだ」


 私達がカラスに必死で付いていく内にふと気付くと、周りの様子に違和感を覚え始めた。付いていくのに必死で、どう言うルートを通って今どの辺りなのか全く見当がつかない。

 ただ、それだけじゃない奇妙な空間の違和感を肌が感じ取っていたのだ。


「何かおかしいよ?」


「山奥に入っただけにしては雰囲気が変な感じだな」


「ヤバくない?引き返した方が……」


 怖くなった私はキリトに撤退を提案した。もしかしたらこのカラスは私達を何処か危険な場所に導こうとしているのかも知れない。だとしたら――危険が危ない!


「帰るって……帰り道は分かるか?」


「え?それは……」


 彼に追求された私は言葉に詰まる。ずっと付いていくのだけに夢中になっていたせいで、戻るルートもさっぱり分からなくなっていた。


「こうなったら行くしかないだろ……最後まで!」


「ふえええ~どうしてこんな事にぃ~」


 成り行き上仕方ないとは言え、この展開を前に私はこの現象の理解を求める事を放棄した。

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