第67話 大カラスの事情 その2

 御札を持ち帰ったキリトは自室の机の上で必死に御札に書かれている謎の暗号を解読する。言葉の意味の理解が深まる度に興奮して何度も同じ独り言を繰り返していた。


「すごい……すごいぞ!そうか、そうだったんだ!」


 次の日の放課後、私よりも遅れて部室に入ってきた彼に私は声をかける。


「で、何か分かった?」


「これは……天狗文書の足りない部分を補完するものだ」


「え?御札じゃなかったの?」


 御札に書いてる言葉だから悪霊退散とかそれ系のものだと思っていた私は、キリトの分析結果に目を丸くする。唖然とする私を尻目に彼は言葉を続ける。


「これは言ってみればメモ帳だ。これ自体にはその文書の在処を示す暗号が書かれているだけ」


「じゃあキリトは昨日ずっとその暗号を解いていたんだ」


「まぁな。こう言うの好きだからつい夢中になってしまった」


 そう話す彼の顔の何とイキイキしている事よ。普段の無気力顔を見慣れていたからちょっとキモいくらい。ま、口には出さないけど。表情には――もしかしたら出ちゃっていたかも。平常心、平常心。


「それだけ自信満々なんだから解けたんでしょうね、その暗号」


「勿論。久々にすごく興奮した。で、早速なんだけど……」


 キリトが何かを話しかけて、その言葉の先を察した鈴ちゃんがすぐに口を挟む。


「その文書を探しに行くんですね」


「う、うん。察しが良いな……」


 出鼻をくじかれて彼は戸惑っていた。キリトの行動なんて私でも余裕で予測出来るんだもん、鈴ちゃんなら当然の行動でしょ。私が彼女の方へ顔を向けると、ドヤ顔で胸に手を置いた鈴ちゃんが宣言する。


「私もこの部の部員ですから!」


 このやり取りを横目で見ていた私は、この展開が何か上手く行き過ぎているような気もして得意顔の彼に疑問を呈した。


「で、でも待ってよ。その御札がその内容の通りの物だったとして、元の持ち主は一体……」


「ははぁん。罠を疑ってんだろ?」


「だって色々都合が良過ぎるし……」


「まぁ確かに俺も正直怪しいとは思う」


「でしょ」


 キリトもこの都合の良い展開を全く疑いなく受け入れている訳ではなさそうで、その点はほっと胸をなでおろす。ただしいつもの疑心暗鬼の表情じゃない彼の顔を見ていると、いつもとは違って私の方が逆に不安になる。

 キリトは胸の前で拳を握るとオーバー気味に決意を胸にした。


「でもここは進まねば!俺達が早く人間になるには避けて通れない道なんだよ!」


「いつも慎重な癖に何で今回はそんな積極的なの?」


 この私の質問に、自分に酔ってる彼ではなく鈴ちゃんが困った笑顔を見せながら代わりに答えてくれた。


「キリトさんは天狗文書関係になると目の色が変わりますから……」


「はぁ……そりゃ仕方ないか」


 彼女の言葉に納得した私は深いため息をつく。それからまたいつものように相談妖怪待ちをしていると、キリトがカチャカチャと下校準備を始めている事に気付く。どうやら今からその文書を探しに行こうとしているらしい。

 その行動を目にした私は、置いて行かれないようにと焦ってすぐに同じように帰り支度を始める。


「本当なら俺ひとりが行ってもいいんだけど……」


「ちょ、私も行くってば!」


「じゃあ、留守は私は守りますね」


「うん、鈴ちゃんお願いね」


 そんな訳で妖怪相談は鈴ちゃんひとりに任せて、私達はそのキリトの言う文書を探す事になった。まずは学校を出てその場所の近くまでバスで向かう。

 バス停でバスを待ちながら、今後の事について興奮して心ここにあらずっぽい彼に尋ねた。


「暗号を解いて場所が分かったって話だけど、図はないんだよね?文章だけで行けそうなの?」


「自信がなかったら誘いはしない。任せろ」


「おお……流石」


 初めて会った時にグルグル同じ所を歩いて困り果てた姿を目にしている身としては、ここまで自信たっぷりに語るキリトの成長っぷりに感動する。

 ただし、実際にその文書を手に入れるまでは油断は出来ないんだけどね。彼の場合、いつも途中までは自信たっぷりで、結果として迷う事も多いから。


 やがて時間になって、私達はバスに乗り込んだ。詳しく話を聞きたい私はキリトの隣りに座って話を続ける。


「でさ、その本が見つかるとどうなるの?」


「お宝情報に頼らなくてもお宝を自力で見つけられるようになるかも知れない」


「本当に?それは是非とも手に入れなきゃだね!」


「だろ?」


 市内巡回バスはどこまで乗っても料金は一律だから、こう言うどこで降りるか分からない時はとても便利だ。私は流れる景色を眺めながら、御札についての疑問を改めてぶつける。


「でもさあ、あの御札の本当の持ち主って誰なんだろうね?」


「さぁな……もしかしたら本物の天狗なのかも」


 本物の天狗!もしかして私達がお宝を集めている事を知って、助け舟を出してくれたとかなのかな?だとしたら直接顔を見せてくれていいのに。

 もしかして天狗って実は極度の恥ずかしがり屋さんとか?


 でもキリトの説だからなぁ。あんまり鵜呑みにしない方がいいかも。


 しばらくバスに揺られていると降りる場所になったらしく、キリトが降車ボタンを押す。私もそれに従ってバスを降りた。黙々と歩く彼の背中を眺めながら、手持ち無沙汰気味の私は暇潰しに何か話そうと彼に声をかけた。


「そう言えば私達、まだ本物の天狗って見た事ないね。今までに沢山の妖怪を目にして来たのに」


「天狗ってのは妖怪の中でも偉い存在だから、滅多に会えるものじゃないんだよ」


「会う為にお宝探してるんだもんね。ああ、早く会いたいなぁ」


 それから私達は狭い路地裏を歩いたり、一旦歩いた道を引き返したり、誰も通らないような草が伸び放題の小さな丘を歩いたりと、中々愉快な行程で目的の場所を目指していく。このくらいの冒険はいつもの事だからと私も特に気にはしていなかった。これもお宝探して鍛えられた成果なのだ。

 そうして私が流れる汗をタオルで拭いていると、前を行く彼から聞きたくなかった言葉が漏れ出した。


「えーと……」


「ちょ、まさか……」


「いや、違うぞ!迷ってなんかない!」


「本当にぃ?」


 どう考えても迷っているのは間違いないのに、キリトは強がってそれを認めようとしない。言い合っても仕方がないし、そもそも私は彼の目指す場所を知らないしで、今の所この状況をどうする事も出来なかった。


「お、俺を信じろっ!」


「ま、最悪の時は飛べば何とかなるからいいけどねぇ」

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