第69話 大カラスの事情 その4

 何か考えるだけでそれは迷いに繋がり、結果としてカラスに追いつけなくなってしまう。今は必死で食らいついて、後で理由を説明してもらうしかない!そう結論付けた私はここで考える事をまるっと放棄した。


 一方のカラスは付いて来る2人を横目に独り言をつぶやく。


「ふん、流石だな。俺の速さに付いて来れるか」


 カラスを追いかけて飛んでいる私達の前に、見慣れないものが突然視界に入って来た。驚いた私はこの情報を共有しようと声をかける。


「キリト!あれ!」


「大きな……巣?」


 そう、目の前に現れたのはパッと見アート作品かと思う程の大きな鳥の巣だった。半径2mはあろうかと言うその立派な巣にはよく見えないけれど雛のようなものがいるような感じがする。まさか、あのカラスの目的地って――。


「あんなの私初めて見たよ」


「俺だって……。あいつ、ここに来させたかったのか?」


 カラスは巣に近付くと羽を畳んで着陸態勢に……入らなかった。予想が外れて私達は拍子抜けする。


「あれ?降りない?」


 その後、カラスは巣の周りを大きく3回程旋回してその場を離脱した。追いかけていた私達も何も考えずに同じように3回程旋回してしまう。この時、精神的余裕がなくて巣の中身は確認しなかった。余所見して少しでもバランスを崩したら巣に激突してしまいそうだったと言うのもある。

 しかし、ああ……ちゃんと巣の中を見てみたかったな。あんな大きな巣の中に一体どんな雛がいたんだろう?


 巣の中を見られなくて悔しがっている私と違って、飛ぶのに夢中になっていたキリトは無意味な旋回をしたカラスに不満をぶつけていた。


「おい!」


「何だ?」


「ここで降りるんじゃないのか?」


 キリトの不満も最もだろう、だってカラスはすごく意味ありげに今にも巣に降りようと言う仕草を見せかけていたのだから。この質問に対してカラスは私達に意外な真実を告げる。


「いや、子供達がお前らを見たがっていたからな」


「は?」


 カラスの返事を聞いた彼の目が点になる。そんなキリトを全く気にも止めずにカラスは言葉を続ける。


「ここに寄ったのはただの家族サービスだ」


「マジか……」


「そう言えば巣の中に確かに雛がいたよ。カラスの雛かどうかまでは分からなかったけど」


「すごいな、俺はそんな余裕なかった」


「えへへん」


 キリトに褒められて私は少し鼻が高くなる。謎のひとつはここでこうして解けた訳だけど、そもそも根本的な謎はまだ解けてはいない。


「じゃあ一体お前は俺達を何処に連れて行こうって言うんだ」


「焦るな、すぐそこだ」


 急かす彼を前にカラスは渋い声でクールに反応する。今は何を言っても仕方がないと感じた私達はそのままカラスに付いていった。

 それからどれくらい飛んだだだろう。やがて私達の目の前に人工的な建造物が見えて来た。私はそれを指差してキリトに教える。


「あ、あそこ!」


「あの神社っぽい所なのか?」


 そう、それは神社のお社っぽい建造物に見えた。建物が視認出来た時点で彼はカラスに質問を飛ばす。


「何とか言えって!」


 カラスはキリトの質問に一切答えなかった。まるでその事を答える事を禁じられているみたいに。

 しかし結局カラスはその神社の前に降りていく。付いて行った私達も同じようにすぐに神社に降りて行った。


 神社は本当によく見かける普通の神社の様式で、どこにも不自然な点はない。何か違和感があるとしたら、そこが人里から離れ過ぎていると言う事くらいだろう。

 何故こんな所に神社が建っているのか。何を祀っていて誰が建てたのか。こんな山奥の神社に人は参ってくるのか。立地条件以外に不自然なところが何もないと言うのが私の混乱を更に深める結果となっていた。


「でも本当に何処だろうねここ」


「ここは天狗の宮だ」


 私のこのつぶやきにカラスが改めて口を開く。どうやらカラスが連れて来たかったのはこの神社で間違いはないらしい。

 しかし天狗の宮って?私は聞き覚えのないその名前を隣りにいる博識な彼に尋ねた。


「キリト、知ってる?」


「確か、天狗文書が書かれた場所?」


「そうだ、かつてここには天狗がいた」


 キリトの少し頼りなさげな回答をカラスが補強する。天狗に縁のある神社――何だか私ワクワクして来た!


「へぇ、ここ天狗の神社なんだ」


「今はもういない。天狗が去った後、ここを任されたのが俺だ」


「いつ頃までここに天狗が?」


「200年前とも300年前とも言われている」


 天狗の宮、思った以上に歴史が深いらしい。天狗が運営していたら山奥の方が都合がいいのかもね。それにしても200年から300年って誤差の幅がちょっと大きいような……。


「当事者なのに正確には知らない?」


「ああ、俺は20代目だからな」


「ああ、そう言う事か」


 この大ガラス、妖怪っぽいから一代でその頃から生きているのかと思ったら、実はそうでもならしい。代を重ねる内に昔の伝統とかが失われるのは人間世界でもよくある話だよね、うん。

 私がひとり納得してうなずいていると、何か考え事をしていたっぽいキリトもここでようやく口を開く。


「あの御札はお前の物だったのか」


「そうだ、ここまで付いて来られるか試させてもらった」


 カラスが言うには御札を含め、その後の展開は全て私達を試す試練だったらしい。私はその行為に納得がいかず、カラスを追求する。


「どうしてそんな事を?」


「天狗文書の補巻、与えるに足るべきものかを見極める為だ」


 この言葉を聞いた彼は自信満々な顔になって挑戦的な目つきでカラスを見つめ、にやりと口角を上げる。


「勿論合格だろ?」


「ああ、問題はなさそうだな」


「じゃあ、見せてくれよ」


 じいっと私達を見つめる大ガラスを前にキリトはご褒美をちょうだいとばかりにさっと手を差し出した。すぐにその補巻とやらを貰えると思った彼はこの後、見事な肩透かしを食らう事になる。


「だが、惜しかった」


「は?」


「補巻はつい5年前に失われてしまったんだ。理由は分からない」


 このカラスの発言にキリトは不機嫌になり、すぐに不満の声を上げる。


「じゃあ何か?もうない物を餌にして俺達をここまで呼んだって言うのか?」


「補巻はないが……それでもここまでお宝を集めた人間に対して、その資質を見極めるよう代々言われていたんだ」


「ショックー!折角ここまで来たのに……」


 カラスが私達をここに導いた理由を知って、私もショックを隠せなかった。

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