第41話 現れた火の玉 中編

 それならばこそ、その噂は肯定も否定もせずにそのままにした方が良さそうな気もする。

 けれど、人によってはその噂を恐れない場合もあるんじゃないかと、私はその懸念を捨てきれずにいた。


「ただ、こう言う噂ってモノ好きが真相を暴こうとするかもだから、そう言う人にまで伝わらないといいなあ……」


「学校の七不思議的なところまで浸透すれば大丈夫じゃね?」


 普段は慎重派のキリトがこの件については結構楽観的だった。それはまだ自分が直接噂を聞いていないからなのかも知れない。人間って結構他人事の内はそう言う考えをしてしまいがちだよね、うん。


「この学校でそんな怪談って特にないからなあ」


「何なら今からでっち上げるか?知り合いの妖怪に協力を頼むとかして」


「いいよ、別にそこまでしなくても」


 彼は私が話を真剣に聞いていない風に受けとったらしく、そう信じ込ませる為の具体的な方法を話し始めた。私はそんなの全然求めてはいないからこの言葉も軽く流していた。

 その態度が何故か彼の心に火をつけたらしく、更に話を進めてくる。


「例えば夜の教室に火の玉がふわふわと浮かぶとかさ」


「何それ?古典的だなぁ。って言うか火の玉に知り合いとかいるの?」


「いや、いないけど……。例えだよ例え」


 夜の教室の火の玉って確かに七不思議にありそうな感じだけど、そこまでの事をする必要性を私は感じない。しかも火の玉とのコネもないのにそんな話をし始めるなんてどうかしてるよ。口先だけなら何とでも言えるからなぁ……。

 と、私達がこの教室の秘密をどう隠そうか相談していると、今日最初の妖怪のお客さんがやって来た。


「あの……ちょっといいでしょうか?」


「お客さん?どうぞどうぞ……」


「えぇと……悩みを聞いてくれるって聞いて来たんですけど……」


 その妖怪はお面をかぶったうさぎのような姿をしていて――さ、今日も妖怪相談を始めますか。



 次の日は生憎の天気だった。梅雨末期の荒れた天気で朝から厚い雲が空を覆い、日中からかなり暗くなっていた。午前中こそ雨は降らなかったものの、午後には大粒の雨がバケツを引っくり返したような勢いで降り始めていた。

 授業が終わっていつものように部室に赴いた私は教室に入るなり雨妖怪である鈴ちゃんに話しかける。


「いやぁ、今日はすごい天気だね」


「もうすぐ梅雨が終わるんでしょうね。昨夜も雷が激しかったですし」


「夏かぁ~。どうしよう?私何の準備もしてない」


 この雨が降り止めばとうとう梅雨が終わる。それは女子にとって別の戦いの幕開けでもある訳で。そこでその事について何の関心も持ってないキリトが脳天気に反応する。


「夏を迎えるのに準備なんていったっけ?」


「いるよ!色々とね!」


 私は彼の言葉に声を荒げて返事をする。キリトはその勢いに飲まれてまともに返事も出来ないのだった。


「お……おう……」


 土砂降りの雨が降り続ける中、用事のない生徒は次々に学校から帰っていく。その様子を窓から眺めながら私は口を開いた。


「しかしこの暗さ、日中とは思えないね」


「一応部室に集まったけどさ、今日は早めに帰らないか?」


 同じく窓の外を見ていたキリトが私に声をかけた。声をかけられて振り向いた私に彼は言葉を続ける。


「今でさえ雨の勢いが激しいし、これからもっとひどくなるんだったら……」


「そこら辺、鈴ちゃんどうなの?」


 この天気の行く末を私は天気予報ではなく、鈴ちゃんに尋ねていた。何故なら雨妖怪の鈴ちゃんの方が梅雨時の天気は当てになるからだ。

 私の質問に鈴ちゃんは一呼吸置いて、それからしっかりとした口調で答えた。


「確かにこの雨はこれから夜にかけて更に激しく降りそうです……」


「だろ?だから今日はもう切り上げよう」


 鈴ちゃんの出した結論にキリトが便乗する。確かにこの雨じゃ妖怪もそんな簡単に相談には来ないだろうし、そもそも妖怪相談は仕事って訳でもないし、たまには早く帰ってもいいよね。

 雨の勢いが激しくなる中、私も彼の考えに同調して返事を返す。


「仕方な……うわっ」


「停電?しかしこれ昼間の明るさじゃないぞ」


 そう、私が返事を返そうとしたその瞬間に急に教室の照明が消えたのだ。もしかしたら何処かで雷が落ちたのかも知れない。

 悪天候の中で照明の消えた学校はとても暗く、まるで夜中のような雰囲気になっていた。なので私はさっきのキリトの言葉にツッコミを入れる。


「明るさって言うか暗いね……いくらなんでもこの暗さは……」


「ちひろさん、あれ!」


 暗い教室の中で最初に異変に気付いたのは鈴ちゃんだった。彼女の叫び声に私は声がした方向に顔を向ける。


「何?鈴ちゃ……えっ?」


「嘘だろ?」


 私が鈴ちゃんの声に振り返ったようにキリトもまた同じ方向に顔を向けて、そして同じように絶句していた。そこに現れていたものは――。


「ひ、火の玉……?」


 そう、そこに現れたのは暗い教室にひときわ明るく光る火の玉だった。怪談話でよく見るような有りがちな形の火の玉がそこに浮遊していたのだ。

 私もキリトも妖怪である鈴ちゃんまでがこの火の玉が急に現れた事に驚いてしばらくは一言も喋られないでいた。


 火の玉はふわふわと浮かんでいたものの、みんなの視線が自分に向けられている事を意識してピタッと空中の一点で動きを止める。


「どうも、初めまして」


「火の玉がシャベッタァァァァァ!」


 びっくりした私はつい大声を上げてしまった。何と火の玉が喋ったのだ!口がないのでどちらかと言うとテレパシーのようなものなのだろう。その声はとても誠実そうで悪意は全く感じられない。この心に直接語りかけてくる感覚もそこまで不快なものではなかった。

 ただ、それが目の前の火の玉の言葉かどうか確信が持てなかったので、私は思わず鈴ちゃんに興奮気味に声をかける。


「鈴ちゃん鈴ちゃん!火の玉って喋るの?」


「目の前で喋っているから喋るんだと思いますうう!」


 どうやら彼女もまた火の玉が喋る事は知らなかったらしい。考えてみればそれもそうかもね。カテゴリが同じ妖怪だって言うだけで、鈴ちゃんだって知らない妖怪は普通にたくさんいるだろうし。しかも雨の妖怪と火の玉とじゃ最初から接点すらなさそうだしなあ……。

 そんな混乱している私達を前にキリトが声をかけて来た。


「ふふ、2人共落ち着けって……」


 いやいや、場を落ち着かせようとしている君が一番動揺していそうだよ。参ったな。目の前の火の玉にどう対処すればいいの?

 すっかり私達が混乱していると、しびれを切らした火の玉が話を進めようとまた語りかけて来た。


「あの……話をしても?」


「ええとあの……話って?」


 折角来てくれたお客さん相手にずっと失礼な態度をとっていても仕方がないので、私は取り敢えず彼(?)と話をしてみる事にする。この話しぶりからみて火の玉もまた今までに来ていた他の妖怪達と同じで何か悩みを打ち明けに来たようだ。


「実はお願いがあるのです」


「えと、悩み相談じゃなくて……?」


 あれ?彼のこの一言によって私の予想は軽く裏切られてしまった。相談じゃない?相談じゃなくてお願い?私は火の玉のこの言葉に軽く混乱してしまう。

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