第36話 天狗の服 その3
うん、最悪はそうしよう。今日の待ち合わせにはもう間に合わないかも知れないけど、話はまた木霊につけてもらえばいいし、一番大事なのは自分の命だよね。
まだ最後の手段が残っていると分かって安心した私は、喉の渇きを覚えて水筒を取り出してコップにお茶を注いだ。
「持って来たお茶、かなり減っちゃった」
「大事に飲んどけよ……飲み切ったら多分後で辛いぞ」
「分かってるよ」
私に注意しながらキリトもお茶を飲んでいた。彼は500mlのお茶のペットボトルを一気に飲み干す。ストックが後どれだけあるのか知らないけど、彼の方こそ残りの水分の事を考えた方がいい気がする。ま、口には出さないけどね。
そんな感じで私達が休んでいると、また不思議な違和感を感じ始めた。見えない何かがこちらに近付いてくる感覚だ。さっきの事もあって警戒しているとその違和感の主が私達に声をかけて来た。
「もし……」
「あれ?誰かが……」
「もし……そこのお方……」
私達が声のした方に顔を向けると、そこに現れたのは見覚えのあるシルエットだった。
「木霊さん?あれ?」
「天狗山の兄貴から話は聞いてます。あんまり遅いから迎えに来ました」
あ、待ち合わせ場所で待っていた天狗のお宝の管理者ってこの森の木霊だったんだ。この木霊と天狗山の木霊はどうやら知り合いらしい。
木霊の姿を確認したキリトは待ち合わせ場所に辿り着けなかった負い目もあって率先して彼に挨拶をする。
「あ、これはわざわざどうも……」
「ふう、助かったね」
「こちらです、着いて来てください」
こうして、案内役の木霊と合流出来た事でようやく話が前に進む事になった。私達は彼の案内で天狗のお宝のある場所へと向かう。
全く特徴のないようなこの森も、木霊にかかれば分かりやすい歩き慣れた場所のようで、すいすいと迷いなく進むその姿はとても頼りがいのあるものだった。
「あなたは天狗山の木霊さんとはどう言う関係なの?」
黙々と歩き続けるのも退屈だったので私は前を行く木霊に声をかける。すると彼は振り返らずにこの質問に答えてくれた。
「あちらの方が先に生まれました。同じ地脈に繋がる者としては私は弟に当たります」
「ほほう」
木霊の話に私が感心していると、横からキリトの茶々が入る。
「どーせ分かってないんだろ」
「何をっ、失礼な!」
全く、私がずっと何も知らないままだと思って。そりゃキリトよりは浅いだろうけど、私だって……私だって何となくは分かるんですからね。細かく突っ込まれると困るから口には出さないけど……。
そんな感じで木霊の案内のもと歩いていると、私達は見覚えのある場所に辿り着いていた。
「あれ?ここ……さっき逃げて来たところだ」
「もしかしてアレを見ましたか?」
「えっ?」
木霊の言葉に私が前をよく見ると、そこにはさっきまで私達を追いかけていた巨大な化け物の姿があった。その姿を認めた私達は一瞬体が硬直する。
「あっ!……あれ?」
「どう言う事だ?」
巨大化物はさっきと違って全く動く気配すら見せなかった。ちょっと前にあんなに俊敏に私達に敵意を向けて追いかけて来ていたのに、今のこいつはまるで芸術家が作ったオブジェのように固まっている。えっ?どう言う事?
私達が狐につままれたように現状を把握出来ないままでいるとその疑問を木霊が説明する。
「あれは魔除けと言うか……余所者を寄せ付けないようにしてるんです。今は私がいますから」
つまり、この場所の主である木霊がいるから今この化物は動いていないと。さっきはこの土地の者がいなかったから、この場所を守る為に私達を追い払ったと、そう言う事みたい。
なるほど、からくりが分かれば単純な話だった。木霊の説明を聞いて私達は納得する。
「何だ、そーだったんだ」
「良く出来てるなあ」
私達が化物の役割に感心していると前を歩く木霊から鋭い一言が飛んで来た。
「それより本来ここは私に会ってから来るべき場所のはずなんですが……」
「ごめんなさい!道に迷っちゃって」
本当は迷ったのはキリトの先導のせいなんだけど、ここで変に言い争うのも面倒だったので私が率先して代表で謝った。すると木霊は振り返ってにっこり笑うと私達に優しく声をかける。
「ああ、この森、迷いやすいですもんね。分かりやすい目印とかないし……それはこちら側の落ち度でした」
ああ、彼が優しい妖怪で良かったよ。怒るかと思ってたら逆に謝ってくれたし。なので私はつい余計な一言をこぼしてしまう。
「ナビゲーターが地図に強ければ良かったんだけどね」
「……おい」
その一言を拾ったキリトは気を悪くした。あうう……今は彼の顔を見られないよ。そうだ、こんな時は口笛を吹いて誤魔化そう。
まぁ、色々あったけどこうしてうまい事案内役の木霊にも会えた訳だし、これで目的も達成出来そうで何よりだよね。
「着きましたよ!こちらです!」
「やっぱり祠なんだねぇ」
木霊の案内によって辿り着いたその場所は半径20m程の広場だった。この広場に木は1本も生えておらず、芝生のような短い草だけがその場一面を絨毯のように敷き詰めていた。広場の中心には最早見慣れた祠がある。やっぱりその中に天狗のお宝が入っているんだろう。
この場所に関してキリトが感心したように感想を口にした。
「この辺りだけまるで別の空間みたいだ」
「ええ、天狗様の結界が張られていますから」
木霊のこの話から推測すると、各地のお宝の安置場所が似た雰囲気なのはみんな天狗の結界のおかげみたい。それはそうと、やっとお宝の場所に着いた訳で、前から考えがあった私はキリトに話を持ちかける。
「どうする?」
「は?」
やっぱり彼は鈍いのか、私が話しかけた意図を理解していないみたいだった。仕方なく私は詳しく説明する。
「ほら、今までは私がみんな祠の扉からお宝をゲットして来た訳じゃん?今回は譲ってあげてもいいかなって」
「何だよその謎の上から目線……。そこまで言うなら行かせて貰うけど」
キリトは私の言葉に一瞬呆れていたけど、すぐに話を切り替えて自分でお宝を取りに行く事に決めていた。少しは色々言うのかと思ったけど結構素直だな。
祠に向かう彼の後ろ姿はどこか緊張している風で、何となく動きがぎこちなく見えた。そんな後ろ姿を眺めながら私は一言つぶやく。
「今度は何が出るだろうね。楽しみ」
「そこで見てろよ。余計な事はするなよ」
「しないってば」
謎の心配性を発揮してキリトは私にしつこく忠告する。信用されてないなぁ。全く、私を何だと思ってるんだか……。
「……それより早く早く!」
「急かすなって……お、これは……ッ!」
キリトは慎重にその祠から中に収められていたものを取り出す。それを見た私はそのお宝の感想を口にする。
「お、今度は服だね」
祠の扉を開けてそこから彼が取り出したものは、天狗と言えばお馴染みのあの山伏が着るような服だった。
小さな祠なのにそこから取り出した瞬間には私達が着れるくらいの大きさになるって言うのがまた不思議。一体あの小さな祠の中でどうやって収まっていたんだろう。
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