第35話 天狗の服 その2
現在地を確認して安心した所で、私はキリトにひとつ提案した。
「ねぇ、止まったついでにちょっと休も?」
「……ま、いいか」
どうやら彼も結構疲れていたらしく、意外と素直に私の話に乗ってくれた。私たちは具合のいい場所を探してそこに座り込んだ。湿度の高い森はあんまり休憩に相応しい環境じゃなかったけど、それでも座っているとちょっとは楽になる感じがした。持って来た水筒のお茶を飲みながら私はキリトに話しかける。
「私達、どのくらい天狗化しちゃったのかなぁ?」
「感覚が妖怪に近付いて来ているのは何となく分かるけど、体はまだ人間のままだよな」
「ある意味今の時点でも人間に化けている状態なのかもね」
この時、私は上手い事を言えた気がした。するとキリトがこの話を踏まえた上でとんでもない事を口走る。
「昆虫の
「ちょ、怖い事言わないでよ!」
思わず昆虫の蛹の様子を想像して私は顔が青くなった。そんな私の顔を見てキリトは笑う。
「冗談だよ」
「冗談は笑えるやつだけにしてよ。怖い冗談とかいらないから」
「へぇ、案外繊細なんだ」
私がマジでゾクッと来たって言うのに全くフォローになってないよ。彼がこんな性格だったなんて。私は流れる汗をタオルで拭きながらささやかな抵抗をする。
「私は普通の女の子ですから」
「ふーん」
うわ、何その反応。まるで私に何の興味もないみたい。異性として興味なくてもいいから、人間としてはもうちょっと気を使って欲しいな。キリトがあんまり友達いないのも分かる気がするわ。彼、他人に興味がなさ過ぎる。
それから会話は途切れ、雰囲気は微妙になる。気まずくて私も何も話しかけられないでいると、しばらくして突然キリトは立ち上がった。
「じゃ、行くか」
「ちょ、待って」
前触れもなしにキリトが立ち上がったので私も慌てて立ち上がる。彼は私を待たずにもう歩き出していた。その態度に不満を覚えながら私が腰についた土を払っていると不意に漂う気配に違和感を感じる。
「あれ?」
「お前も感じたか?」
どうやらキリトもその違和感に気付いたらしい。やっぱりこの森には何かがいるみたいだった。ここからは慎重に行かないとね。深い森の中、一体何が出てくるか分からないもの。こう言う森には何かそう言うものがいてもおかしくない、有無を言わせない説得力があった。
「もしかして……?」
「気配だけじゃ何とも言えないけど……」
2人でこの違和感について意見を交わしていたその時だった。ガサガサと言う物音がしたかと思うと、それは突然私達の目の前に現れた。大きさはイノシシを更に大きくしたような感じでこの世のものじゃない雰囲気を周囲に強烈に放っている。うん、野生動物じゃないねこれ。
そいつは敵意のような気配をこちらに向けていて今にも襲い掛かってくる雰囲気バリバリだった。これは……ヤバイヨヤバイヨ!
私達がどう動いていいか分からずに固まっていると、そいつは遠慮なくぬうっとその姿を私達の前に現した。ぎょろりと目の前の来訪者を確認したそいつは突然こっちに向かって猛烈な勢いで走り出して来た。この状況に私はパニックになる。
「うわーっ!出たーっ!」
相手が追いかけて来た事で私達も反射的に逃げ出す形になる。反射的に私達はもう無我夢中で走り出した。何も考える余裕はなかった。
しかし向こうはこの森を知りつくしてこの森に最適化した巨大な化け物。こっちはこの森を普通に歩くのすら不慣れな新参者。普通に考えてこの追いかけっこの結果は分かりきっていた。
「走ったんじゃ追いつかれる!飛ぼう!」
この状況にキリトが割りと真面目な提案をする。確かに飛行なら走るより断然スピードを出せる、それは間違いなかった。
けれど私はその彼のアイディアを採用する事を躊躇していた。何故なら――。
「でもこれだけ木が多いんじゃ、うまく避けて飛ぶ自信ない」
「そんな事言ってる場合じゃないだろ!」
「もう、分かったよ」
走っていても追いつかれるのはもう時間の問題だった。こうなったら先の危機より目の前の危機から脱出する方が先だろう。私は半ばやけくそ気味にキリトの作戦に乗る事にした。背中に羽を出した私達はタイミング良く地面を蹴る。
間一髪で襲いかかる化物の攻撃をかわし、森の木々を紙一重で避けながらデタラメに飛行して、私達はこの未知なる恐怖に打ち勝った。気がつくともうあの化け物の姿はどこにもなかった。
「……ハァ、ハァ、何とかまけたね」
「ここはどこだ?」
不穏な違和感が消えた所で私達は羽をしまってもう一度地面に足をつける。無我夢中で逃げて来たからここがどこか見当がつかない。呼吸を整えながら私はキリトに声をかけた。
「迷ったの?」
「地図ち……。やばい」
「どうしたの?」
スマホで現在地を確認しようとした彼の顔が青ざめる。一体どうしたって言うんだろう。まさかさっきの騒動で機械が壊れたたとか?
「充電が……一桁」
「マジで?」
スマホにとって充電状況はあまりにも重要な要素だ。何かあった時のために常に余力を残していないと不安になる。何もしていなくても減っていくものだから、充電が一桁と言うのはもう下手に触ってはいけないレベルだった。
「じゃあ私ので見るよ」
キリトのスマホが使えないならここは私の出番だよね。幸いな事に私の方のスマホなら充電はまだしっかり残っているはず……と、ここで発光する液晶画面を見た私は明らかになったその事実を前に硬直する。
「あれ?圏外になってる……なんで?」
「おいおい、こんな森の中で現在地が分からなかったらヤバイぞ」
スマホにとってネットに繋がっているって言うのは結構重要で、圏外になるとその便利さ一気に半減する。今回のように地図アプリを使おうとしても通信が出来ないと現在地を確認する事が出来ない。これによってさっきまでの余裕が一瞬で不安一色に塗り替えられてしまった。
初めて入った森の奥まで入り込んで、その上で現在地が分からないだなんて……。特殊な訓練を受けていたならまだしも、私達は山歩きの素人、この状況に対処する術なんて最初から持っていない訳で――。
困ってしまった私達は思わずその場に座り込む。ああ、一難去ってまた一難だよ……。
「確かこう言う時はじっとしてるのがいいんだって」
「だーっ!何でこうなっちゃうんだよ」
にっちもさっちも行かなくなってキリトが切れた。まぁその気持ちも分かるようん。心にたまったものは随時吐き出さなくちゃね。
5分位その場でじっとしていて興奮がだんだん治まってくると、今度は目に見えない不安ばかりが私達を襲って来た。
「ねぇ……」
「ん?」
「もしかして、遭難しちゃったのかな?」
私が今の気持ちを素直に吐露すると、キリトは頭上を見上げてぼそっとつぶやく。
「最悪は上空に飛べば何とかなるだろ?」
「まぁ、そうだよね」
混乱した私は空を飛ぶ選択肢が見えなくなっていた。こう言う時、冷静な彼の言葉が意外に役に立つ。
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