天狗の服

第34話 天狗の服 その1

「しかし案外調子いいよね」


「何が?」


 森の中を歩きながら私はキリトに話しかける。次の天狗のお宝はこの鬱蒼と茂った森の奥にあるらしい。見渡す限り木々の生えたこの森の中は陽の光を遮って薄暗い。そんな山の中を私達は黙々と歩いていた。

 それでただ歩いているだけなのも退屈なので私はキリトに話しかけたのだ。


「順調にお宝が集まってるじゃん」


「ああ……確かに」


 キリトは相変わらずノリが良くない。彼がはしゃいでいる姿を想像出来ないくらいだ。一体何をすればこの仮面をはがせるんだろう?まさか今までふざけた事が一度もないなんて事はないと思うけど……。そりゃチャラ男なんかよりはマシだけどさ。全然笑わないのも何か、少し気疲れてしまう。

 今は少しでも話題を広げてみよう。話していけば彼の笑いの壺が何か分かるかも知れないし。


「この分だと結構楽勝で全部集まっちゃうんじゃない?」


「だといいけどな……」


 うーん、つまらない反応しか戻って来ないぞ。こんなんじゃ女子にモテないなぁ。ま、そんな性格なら仕方ない。話題を変えてみるか。


「文書の解読、うまく行ってる?」


「まぁ、それなりに」


「ちゃんとしてよねー。私の人生もかかってるんだからね」


「分かってるって」


 どこまで言っても木々の続く代わり映えのない景色に反応のつまらない会話。ああ、息が詰まりそう。いつも思うんだけど、天狗のお宝ってぱっと見つかった事ってないよね。たまにでいいからさくっと見つかればいいのに。湿度の高いこの時期に長時間森を歩くのはそれだけでもかなり疲れる訳で。

 せめて同行する相手がもうちょっと面白かったら時間も忘れるって言うものだけどさ――。

 一応タオルも持って来てるけど、拭いても拭いても汗が止まらない、頭も段々クラクラして来ている気がする。流れる汗をタオルで拭きながら私は愚痴をこぼした。


「それにしても……暑い……」


「もうじき梅雨も明けるんだろうな……」


「せめて山を歩くなら涼しい山だったらいいのに」


 山歩きは涼しいイメージがあったけど、それは高い山の山頂に登る場合の話。高い所に登れば気温の差で涼しくもなるだろうけど、山は山でもずっと平行移動の場合は全然涼しくなるなんて事はない訳で。

 この森の場合、木々が日射しを遮って弱くなっている程度で暑さは地上とそんなに大差はなかった。私がバテているとキリトが自分も流れる汗を拭きながら気休めを言う。


「一応街中よりは涼しいんじゃないか?」


「街中なら涼める場所があちこちにあるもん!」


 こんな山の森の奥深くに冷房が効いた休める場所があるだろうか、いやない。こんな場所を彷徨うくらいなら街中の方がいくらかマシだと思う。

 街中は街中でヒートアイランド現象がキツイからずっと歩き続けるのは酷だとしても。


「まぁな……せめて川とかが流れていたら違うんだろうけど」


「川はないでしょー、この森」


 森のイメージと言えば、木々と鳥の声と小動物と川なんだけど、川ってそんな都合よく流れてないからね。今私達が分け入っているこの森にも残念ながら清流とか全く関係なかった訳で。

 だからこそ早くこの探索を終えたかった。まだ目的の場所までも着いてないからね。遠いよ実際。


「どっちにせよ、早くお宝が見つかれば問題ないよな」


「本当だよ、今回こ……わっ!」


 私はそこまで言ってつまずいてしまった。何か地面に大きな石か岩が埋もれていて、そこに足が引っかかったみたいだ。豪快にすっ転んだけど、森の土は柔らかくて私の負った怪我は軽い打撲ぐらいのダメージで済んでいた。

 森を歩くって事でジャージで来ていて良かったよ。気をつけなくちゃね。


「大丈夫か?」


「あ、うん。ちょっと擦りむいちゃったかも」


 私はそのまま座り込んで自分の膝小僧を確かめる。幸いな事に大した傷にはなっていなかった。常備している絆創膏で何とかなりそう。

 傷に絆創膏を貼りながら私は何となく頭上を見上げる。森に慣れていないせいもあるんだろうけど、その気配は何だか特別な気がした。


「何だか森の奥って不思議な気持ちになっちゃうね……何かが潜んでいるって言うか」


「今の俺らならそのものズバリも見えちゃうだろうな」


 私の言葉にキリトが反応する。そうか、そう言えば私達、妖怪が見える体になっちゃってたんだった。

 って事は近くに何かいれば見えちゃうんだ。と、言う事は――。


「あ、つまり逆に見えなければ確実にいないだろうから安心出来るって事だ!」


「まぁ、そうなるな」


 気になった私はキョロキョロと辺りを見回した。それで何か気付くかもって思ったけど、妖怪はどこにも見当たらなかった。傷も大したものじゃなかったし、仕切り直して私達はまた歩き出す事にする。

 この森に入ってかなり歩いたし、ここまでくれば目的地はもうすぐのはずだったしね。早く見つけて早く帰ろう、うん。


 そうして、もうそろそろ目的地に着くかなってそんな雰囲気になった頃だった。キリトの挙動がおかしくなったのは。


「うーん……」


「どうしたの?」


「あ、いや……」


 あ、これ絶対迷ったやつだ。キリトってそう言えば最初から道に迷う方向音痴属性持ちだった。最近はそう言うエピソードがなかったから忘れていたよ。

 でもまぁこれは私の勘違いかも知れないし、一応確認はしてみるか。


「一応言われていた場所までは来たんでしょ?」


「多分……」


 私の質問に彼は自信のなさそうな返事をする。あ、これはやっちまったね。間違いないね。気がつくと私は無意識の内に言葉を漏らしていた。


「地図の読めない女とか何とかって言うタイトルの本があったと思うけど、地図を読めない男ってアレだよ?」


「分かってるよ!」


 あちゃー、やっちゃった。私の言葉にキリトはオカンムリだ。困ったな、何か打開策を考えないと……あ、そうだ!


「前みたいにまた天狗文書をかざせばいいじゃん。反応あるかもよ?」


「けど、ここはまだ……」


 あれ?私のナイスアイディアを躊躇している?何故だろう?やれる事はやった方がいいに決まってるのに。私は彼の背中を押す事にした。


「ものは試し、何でもやってみるもんだよ!」


「じゃあ……」


 私に急かされてキリトは天狗文書を取り出すと頭上に高く掲げた。30秒ぐらい彼はそのポーズのまま固まっていたけど、それで特別何かが変わった様子は全く微塵も感じられなかった。

 あんまり何の変化もなかったので私は思わす変な声を出してしまう。


「あるぇ?」


「もっと近付かないと駄目なんだよ多分」


 考えてみれば木霊は具体的なお宝の場所を教えてくれた訳じゃなかった。お宝を知っている仲間と連絡を取ってくれて、その待ち合わせ場所を教えてくれただけに過ぎない。

 天狗文書を掲げた所でお宝の場所がまだ遠かったら反応は得られないんだろう。待ち合わせ場所の近くにお宝があるとは限らないし。


「じゃあ普通の地図の方で現在地の確認を」


 こんな時の為にとキリトはスマホを取り出して現在地の確認をする。ネットの地図には自分達のいる大体の場所が表示されていた。私はその画面を横からひょいと覗き込む。


「いい時代になったねぇ……」


「今この辺りだから、後もう少し歩いてみるか」

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