第18話 化け狸が現れた 中編
うん、これで全ては元通りだね。場の空気がリセットされた事で改めて私は今から何をするのか考え始めた。
「さーて、これからどうするかねぇ」
「天狗文書の解読だろ、俺達に無駄な時間はないんだから」
まだ心に棘が残っているのか、ツンツンな態度でキリトが私の言葉に返した。そりゃこの部活はそのために始めたようなものだけど……。
私は天狗文書を広げている彼の側に寄って行って解読の進捗具合を聞いてみた。
「少しは解読は進んだの?」
「ちょっとこのページを見て欲しいんだけど。俺としてはここが怪しいと睨んでるんだよね……」
ほうほう、うん、さっぱり分からない。文字は読めても言い回しが独特でまるでそれは古文の教科書のようだった。私に読ませるのもいいんだけど、キリトがちゃんと現代語に訳したものを教えてくれるのがベストなんだけどな。私は門外漢なんだし。
いつもなら私が文書を眺めているとペラペラと頼んでもいない解説を始める彼が今回ずっと沈黙を守っているから、こりゃキリトもこのページをしっかり理解しきっている訳じゃないんだろう。文書の完全解読までにはまだまだ時間かかりそうだなぁ。
古文書の解読は次の日も続いた。キリトはずっとその文字を眺めている。きっと家でも眺めているんだろうからよっぽど好きなんだなぁ。実家の家宝だから真剣度が違うんだろうね。私は部外者だからやっぱりのめり込めないって部分が出てしまうよね。
今日は彼が気になる部分をコピーして持って来てくれたんだけど、さっきからずっと私もそれを眺めていて――飽きちゃった。
「だーっ!毎日分けの分からない物に向き合っていると頭がパンクしそうー!」
「何が訳の分からないものだよ、浅野一族の家宝だぞ!」
「そりゃキリトにとっては大事なものでしょうけど」
ちょっと疲れたって意味で言っただけなのに、何かキリトは素直に受け取っちゃったみたい。きっと余裕がないんだろうな。私も売り言葉に買い言葉になっちゃってちょっと大人気なかったと思う。
私の言葉を受けたキリトはさらに感情をヒートアップさせていた。
「お前だって早く何とかしないと天狗になってしまうんだぞ!緊張感を……」
「あの……」
「喧嘩はやめてくださーい!」
場の雰囲気の悪化を敏感に感じ取って鈴ちゃんが大声を出した。滅多にそう言う態度を取らない彼女が大声を出した事で私達もハッと我に返った。
プンプン怒る鈴ちゃんも可愛いけど、あんまり彼女をそう言う顔のままにしておく訳にも行かないよね。まずは誤解を解かなくちゃ。
「や、喧嘩はしてないよ、まだ。意見をぶつけているだけだよ」
「あのー!」
「そうそう、喧嘩は憎しみ合ってのものだろ?俺は別に」
私の弁明を受けてキリトも後に続く。喧嘩と議論は別のモノ。理解してくれると嬉しいんだけどな。そう言えばさっきから変な声が聞こえる気がするけどうん、気のせいだよね。
私達がお互いに喧嘩はしていないと言い切ったので鈴ちゃんも半信半疑ながらもその意味を受け入れてくれたみたい。
「そうなんですか?」
「そうそう、にひひっ!」
まだ少し疑いの残る顔で鈴ちゃんが私を覗き込んで来た。そこで私は無理やり笑顔を作ってその疑問に答えたのだった。
その次の瞬間、さっきから聞こえていた謎の声が今度こそ気付いてもらおうと大きな声を出して自己主張をした。
「あの――――っ!」
その声はこの部室にいる誰のものでもなかった。そもそもこの部室には声を聞き慣れた3人しかいないはずだ。じゃあこの声の主は誰?
私はびっくりして声がした方向に視線を移した。そこにはいつの間にか見た事のない人物がいた。嘘?全然気付かなかった……。
「うわ!びっくりした!」
「ん?見かけない顔だな、お前は誰だ?」
「ちょ、キリト!初対面の人にそんな態度は」
さっきまでの文書の絡みで気が立っていたのかキリトはまだ機嫌の悪いままだった。
しかし確かに部外者以外立入禁止のこの部室に堂々と気配を感じさせずに入り込むだなんて、よっぽど肝が座った人物かそれともそう言うセンスの持ち主か――どちらにせよ只者じゃない。顔はまぁ全然インパクトのない顔をしているんだけど。
「あ、この人……」
この突然の来客を見て鈴ちゃんが反応する。彼女が反応すると言う事は、そう言う系統のアレなのかも知れない。私は鈴ちゃんに話を振ってみた。
「鈴ちゃんの知り合い?」
「いえ、知り合いではないのですが……彼、人間じゃないです」
「へ?」
確かに目の前に現れた生徒は、今までに見た事があるような、ないようなすごく有り触れた特長のない顔をしている。それは個性のない顔でそう言う生徒もいるかもと思わせる高等テクニックなのかも知れない。
鈴ちゃんに正体を見破られた生徒はボワンと何処かから煙を発生させた。モクモクと部屋に充満する煙を受けて私達は咳込んだ。すぐに窓を全開にして煙を外に逃すとその不明瞭な視界の中から声が聞こえて来た。
「何だ、やっぱ妖怪には正体はバレちまうか」
「な、何者?」
「オラはこう言うものだ」
窓から煙を外に逃すと視界が戻って来た。そこにいたのは一匹の狸だった。それがさっきまでいた男子生徒の正体なのだろう。つまり正体は化け狸、絵本などで有名なその存在がまさか実在していたなんて。私はその事実にただ呆気にとられていた。
「た、たぬき?」
「そう、オラは狸だ。天狗様の力を使う人間が現れたと聞いてやった来ただよ」
「嘘?どこから話が漏れたんだろ?」
私達の事、この部活の事、この部室の事、それらは全て秘密にしている。学校の生徒でもまず知らない事だ。そんな極秘機密をこの狸が知っているなんて。一体どう言う事なんだろう?誰かが秘密をバラしているのか、それとも――。
私がこの謎について頭の中で考察を巡らせている中、キリトが狸に声をかけた。
「狸さん?俺達は何て呼べばいい?」
「名前だか?オラの名前はポン一郎だ。イチって読んでくれていいぞ」
そこはポンタとかポン吉とかそう言うんじゃないんかいと私は心の中でツッコミを入れる。
しかしポン一郎とはまた中々に意表をつくインパクトのある名前だなぁ。名前が分かったキリトは早速彼に質問を始める。
「じゃあ、イチ。俺達に何の用?」
「助けてくれんかのう?困っとるんじゃ」
「悪いけど、俺達にそんな暇は」
どうやらポン一郎、通称イチは私達に何か問題を解決してもらいたいと学校の生徒に化けてこの部室までやって来たらしい。この彼の要望に対してキリトは話を聞く気すら全くないようで、門前払いをするような態度を取っていた。
けど、私はそれはあんまりじゃないかと思ってどうにか彼の興味を引けないかとイチに質問をする。
「ねぇ、イチ、天狗のお宝について何か知ってる?」
「お宝……お前さん方、お宝を集めておるのか?」
そう、天狗のお宝の情報をイチが知っているとなればキリトも話は聞くだろうと言う作戦だ。私に話を振られてイチは全く知らないと言う態度は取らなかった。
この事から見て何らかのお宝情報を彼が持っている事は間違いなだろうと私は踏んだ。なのでもうひと押ししてみる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます