化け狸がやって来た

第17話 化け狸が現れた 前編

 あれからキリトは私をずっと無視している。私は謝ったよ。悪い事をしたって反省したよ。

 でもどうにもそれが彼に届かないんだよね。わざとなんじゃないかと思うよ、ほんと。


「あー悪かったってば。ごめんってば」


「……」


 放課後になって部室に向かう道中もこれだよ。一応気を悪くしても部室には行くんだから、ちょっと可愛いっちゃ可愛いかも。仲は直らないまま、私達は部室に入っていく。

 部室に入った私はかばんの中から昨日の戦利品を取り出した。一応これはキリトの一族の物だからね。私がずっと持っている訳にもいかないかな。そう思った私はキリトの目の前にそれを勢い良く差し出した。


「ほ、ほら、うちわ。これ、はい」


 私が差し出したうちををキリトはしばらくじっと眺めて、それから私の顔を見て、でも何も言わなかった。言いたい事があるなら口に出して欲しいんだけどな。

 それからしばらく時間が流れて、私がしびれを切らした頃にようやくうちわを受け取った。どう言う心の葛藤が彼にはあったんだろう?ただうちわを受け取るだけなのに。

 それからもキリトは黙ったままだった。どうなのよこれ。私はどう反応したらいいのよ。


「……」


「どうしたんですか?あ、天狗様のうちわ!」


 そんな私達のぐだぐだを遠巻きに見ていた鈴ちゃんが物珍しそうな顔をしながら近付いて来た。彼女は早速目に入った天狗のうちわに驚いている。

 何も知らない鈴ちゃんにはちゃんと事情を教えてあげなきゃだね。


「大した事じゃないのよ。全くすぐへそ曲げちゃうんだから。器が小さい男ってねぇ」


 私のこの言葉がキリトの気に触れたのだろう。今までずっと無口だったのにいきなり彼は私に向かって声を荒げた。


「俺の器は小さくないよ!」


「すぐ怒るのは器が小さい証拠だぞ」


 キリトの怒号に私は軽く流すようにそう言った。喧嘩をするつもりなんてなかったから私は飽くまでも一般論を喋ったつもり。

 でも場の雰囲気は悪くなるばかりだった。状況の分からない鈴ちゃんはただオロオロするばかり。


「け、喧嘩はやめてください!」


 ああ、鈴ちゃんに気を使わせてしまっている。そう感じた私は段々この目の前でふんぞり返っている分からず屋に対して感情が沸騰して来た。

 私は朝からずっと謝っている。どうしてその言葉をここに来てまで無視するのか。いい加減理由を喋ってくれないと、こっちも冷静でいられなくなってくる。


「大体私謝ってるじゃないの!何が不服なの!」


「誠意が感じられない」


 キリトの口からやっと理由が語られた。誠意が足りない?誠意って何かね?世間一般で言う誠意とはつまりお金の事だ。彼は私にそれを要求している?

 えぇ?そこまで底の浅い男なの?もうちょっと気の利くいい奴だと思っていたのに何か失望したよ。まさかこんな男だったとはね……。


「誠意って何?お金?恐喝するつもり?」


「そうじゃない、真剣に謝れって事だよ。あの後俺がどれだけ苦労したか」


 私が真剣に謝ってないって言う彼の言葉にもカチンと来たけど、その後に言いかけたキリトの苦労って言うのが気にかかった。何せ私は軽く吹き飛ばした後の彼を全然知らないからね。その事を知ればもっと心を込めて謝れるのかも。


「そうだ、それ!あれからどうなったの?」


 私は気になって話の続きを聞こうとキリトの顔を覗きんだ。真剣に見つめられて彼は思いっき入り動揺している。


「どうなったって……、その、な、あんまりジロジロ見るなよ……」


「?」


 私はキリトがどうして動揺しているのか分からない。だって話を聞く時は相手の顔を見るのが礼儀でしょ。彼は少しどもりながら適切な言葉を探しているようだった。何度か言葉を言いかけて止めてを繰り返した後に、やっと言葉を紡ぎ始める。


「と、とにかく、このうちわはチートだぞ、俺は500mくらいは飛ばされたんだ」


「へぇぇ、すごいねこれ」


 その話を聞いて私はキリトの災難よりもうちわの能力の方に気を取られていた。天狗のうちわ、聞きしに勝るチートアイテムだね。嫌な奴がいたらこれで吹き飛ばしちゃえーって、そんな訳にも行かないか。

 私がうちわの能力に感心しているとキリトはうちわを触りながら言葉を続ける。


「とにかく、これはここで保管、基本誰にも触らせない」


「危ないもんねぇ」


 彼のうちわ保管宣言に対して、私は異を唱えなかった。何故なら私もこのうちわの危険性を十分理解していたから。下手に触って偶然でも風を起こしてしまったら起こした場所によっては大惨事になってしまう。こんな危険アイテム、触らないでいられるならそれが一番だよ。

 私の同意を得たと感じたキリトはその役目をここにいるもうひとりの部員に託すのだった。


「そう言う訳で鈴、預かってくれるかな。ここじゃお前が一番信用出来るし」


「何それ!ブー!」


「あの、ええと、分かりました。責任を持って預からせて頂けます!」


 彼の棘のある言葉に思わず反応してしまったけど、確かにその役は鈴ちゃんが適役だろう。鈴ちゃんも大役を任されて緊張しながらも嬉しそうだった。

 彼女が早速大事そうにうちわを金庫にしまいに行く中、私は自分の指にはめられた指輪を改めて眺めていた。


「まぁ私はこの指輪があればそれで十分なんだけどね」


 話は前後するけど、この部室には金庫がある。大事なアイテムを預かるようなこんな場面を想定してキリトが用意したものだ。金庫って重いものだけど、謎の権力を使ってわざわざこの部室まで運んで来たのだ。

 運ばれた日に居合わせた私はその時ちょっとびっくりしたのを覚えている。知らない屈強な男の人が4~5人いて色んな道具を駆使してこの部屋に金庫を運び込んでいたんだもんね。ちょっと本格的過ぎて笑っちゃったよ。


 そう言う訳で天狗のうちわは無事金庫にしまわれた。

 でもピリピリした雰囲気はまだ収まってはいなかった。キリトは腕組みをしながらつぶやくように言った。


「まだ問題は解決していないんだが?」


「あーもう分かった分かった。ごめんなさい。あの時は悪かったです」


 私はやれやれと思いながら今日何度目かの謝罪をもう少し心を込めて彼にする。さっきまでは頭を下げていなかったけど、今度は深々と頭を下げた。


「これでいい?」


「う……」


 この私の謝罪を見てキリトはちょっとたじろいでいる。少しは効果があったのかな?

 でも直ぐに反応は返ってこない。これで心がこもってないと言われたらもう最後の手段しかない。そこまでを彼が誠意を求めているって言うならここまで来た以上やってやろーじゃないの。


「まだ不服?じゃあ土下座でもしようか?それなら満足?」


「分かった!分かったよ、いいよもう」


 キリトはちょっとやけ気味にそう言って私の謝罪を受け入れてくれた。その態度にちょっと引っかかるものはあったけど、これで場が収まったのならこれ以上引っ掻き回す気も私にはなかった。じゃあ、私達の仲を心配していた鈴ちゃんに早速知らせなくちゃ。


「あ、鈴ちゃん、大丈夫、もう終わったよ。これで私達は仲直り」


 私がニッコリ笑ってそう報告すると鈴ちゃんもニコっと笑って返してくれた。

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