雨降らしの古い知り合い

第9話 雨降らしの古い知り合い 前編

「えーっと、それで僕に顧問をやって欲しいと?」


「無理ですか?」


 話は中々うまく進んで顧問は武田先生に決まった。

 いや、正確にはまだ決まってないんだけど、先生がOKするとそうなる訳で。

 この先生、やる気はないけど結構お人好しだし、押せば何とかなるはずなんだよね。


「いやでも……僕でいい訳?多分滅多に顔出せないよ?」


「それでいいんです。部活の形になっていれば」


 部活創立の理由から言って先生には味方になってもらった方がいい。ここは最初から隠し事はなしで進めていこう。

 この先生の事だから興味を持って協力してくれる……はず。


「どう言う事?」


「いいですか?絶対秘密にしてくださいね」


 私の言葉に疑問を持った先生に対して、私は知ってる限りの事を先生に話した。こう言うのはキリトに任せた方がいいんだけど、話の流れ上仕方なく……。

 それに私が理解出来る話くらいの説明の方が最初は受け入れやすいはず……。先生は私の話を馬鹿にする事なく黙って聞いてくれた。


「ええーっ!それは本当の話なのかい?」


 最後まで話を聞き終わった先生はまるでマスオさんのような反応をした。その反応に私はちょっと吹き出しそうになったけれど、ここで笑ったらふざけてると思われかねない。

 そこで私は真面目な顔をして少し声のトーンを落としながら都市伝説の締めでお馴染みの定番の言葉で返した。


「信じるも信じないも、先生次第です」


 先生は腕を組んでしばらく考えた後、納得したような顔をしてこう言った。


「それじゃあ仕方ないなぁ……分かった、僕が一肌脱ぐよ」


「有難う御座います!」


 ちょろい。先生ちょろ過ぎんよ!武田先生、私の言葉を少しの疑問も抱かずにあっさり受け入れちゃったよ。

 それから先生は新しい部の創設の準備のために教室を出て行った。

 その様子を遠目に見ていたキリトが一言。


「結構楽勝だったね」


 まぁ、私もそう思ったよ。

 でも今後あの先生が私達に必要以上に干渉して来たらどうしようかな?

 いや、仮にも先生だしそんな悪い風にはならないか……。今はこの環境が手に入っただけでもよしとしよう、うん。


「はぁ~。梅雨前に部室が手に入って良かった」


 ニュースでは沖縄が梅雨入りしたって言ってた。そうなると後半月か一ヶ月後にはこっちも梅雨になる。

 前から目をつけていた、少子化で使われなくなったこの空き教室が今日から私達の部室。これで雨の日も気にせずにみんなに話せない秘密の話も出来るね。


「さてと……」


「それで、君の友達って」


「私、教室に入ったの初めてなんですが……いいのでしょうか?」


 そう、実は私達はこの教室に例の雨降らしを呼んでいた。

 雨降らしはこの学校が出来る前からこの土地にいた妖怪で、学校が出来てからは人間達の邪魔にならないようにずっと屋上にいた。ずっと屋上にいる内にその自分で決めた決まりが枷になって、屋上から動けなくなってしまっていたらしい。

 だから私達がおいでって言って誘った時、雨降らしはすごく驚いた顔をして――喜んでいた。


「問題ない問題ない、だって普通の人には見えないんだから」


「あの先生なら見えても良さそうなのにね」


 この流れで雨降らしもこの世の理不尽に物申す。


「本当、信じてる人くらい見えて欲しいですよ」


 妖怪の見える人間って、ある一定の割合でいるのは間違いないみたいなんだけど、必ずしも信じている人全員が見える訳じゃなくて……雨降らしはこの学校で認識されたのは私達が初めてだって言っていた。


「見える人は見える才能のある人だけだもんね」


「そうです、淋しいです」


 雨降らし、実は結構寂しがり屋だったんだな。人間よりずっとずっと長生きな妖怪だから、ずっとひとりは本当に寂しかったと思う。

 妖怪の側からは相手の姿は見えても、向こうからは全く見えないし触れない、会話も出来ない。少し霊感のある相手からは警戒されて――下手したら退治の対象にされてしまう。

 妖怪って言うのも生きるのは大変なんだ……。


「っと、話を戻して……例の知り合いって言うのは近くにいるの?」


「はい、私もここから離れられませんし……」


 ここから離れられない事について、雨降らしはすごく申し訳なさそうな顔をしていた。どうやら何か呪術的な縛りがあるみたいなんだけど、どうしてそうなったかは忘れてしまったらしい。

 長く生きていたらそりゃあ色々あるんだろうね……妖怪だもんね。


 私が雨降らしの言葉に同情していると、今度はキリトが口を開いた。


「君は昔っからここにいたんだよね」


「そうです。この学校が出来る前から」


「じゃその頃の知り合いって訳か……最近は会ってないんだっけ」


 彼の質問に雨降らしは無言で頷く。だから学校が出来てからはずっと屋上にいたんだって……。

 この学校、出来てもうすぐ100年だよ。って、転校したてのキリトはそこまでの事は知らないか。

 でもずっと会っていないって事は、情報が古いって事だよね。


「それじゃあ、もしかして今はもうそこにいない可能性もあるんじゃない?」


「すみません……」


 私の指摘に雨降らしはまた小さくなって謝っていた。ありゃ、傷つけるつもりはなかったんだけど……。

 そこですぐさまキリトがフォローを入れる。


「いや、謝らなくていいよ……取り敢えず手がかりのひとつだから可能性があるだけ有難いよ」


 キリトって結構フォローを入れるのが上手い。彼の言葉を聞いて雨降らしも安堵した顔になっていた。

 よしよし、じゃあそろそろ話を進めようか。


「それじゃあ、分かっている事を教えて」


「はい……」


 雨降らしの情報を得て私達は学校を抜け出した。GWも終わった5月中旬の気候は本当に気持ちが良い。

 目に眩しい新緑達がまるで私達を暖かく出迎えてくれているようで、そうしてたまに吹き抜ける風は清涼飲料水のように心地良かった。

 雨降らしの情報によれば、学校のすぐ側のある場所にその妖怪の住処があるらしい。


「学校の近くの溜め池ねぇ……妖怪って身近にいるもんだね」


 妖怪ってのは目に見えないだけで、結構身近にでもいるものらしい。目に見えない妖怪の多くは大した悪さも悪戯も出来ずにその存在に気付かれない。

 どうしてかって言うと、雨降らしが言うには、みんなが目にしていた時代に多くの妖怪が退治されたり折伏されたのを今も引きずっているんだとか。

 やっぱこの時代、妖怪やっていくのも大変そうだ。


 ただ歩いてその場所に行くだけなのも暇なので、私はキリトに話を振ってみた。

 そうなるとやっぱり話題はこれしかないでしょ。


「そう言えばさ……キリトは何で引っ越してきたの?親の事情じゃないんでしょ?噂では一人暮らししてるって……」


「そんなの決まってるじゃないか……」


「まさか」


 私はちょっとドキッとした。まさかここで愛の告白とか、ないよね?

 前からの疑問ではあったけど、そう言う展開になったらちょっと気まずい……。


「指輪の事を知って、君に知らせなくちゃと思って結構調べたよ」


「それでも転校までしちゃうなんて」


 私がキリトの行動力に感心していると、キリトは気まずそうな顔をしながらポツリと漏らした。


「連絡先……交換してなかったから……」


 えぇ?まさかそんな些細な事でここまでの事しちゃったの?


 結局は指輪の事が気掛かりで、転校までしてこっちに来たって事らしい。

 でも普通そんな事って出来るんだろうか。私が逆の立場だったら流石に転校までは出来ないかなぁ。

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