難病の英雄

俺は自分に何かあった時、俺以外の誰かにいろいろ上げることにした。

なんか、いろいろ持ったまま居なくなるのは申し訳ないような気がしてそれだったら必要としてくれる人にあげようと思ったから。


まさか、入院することになるなんて思ってなかった。その先で、あいつに会うことも。

同じ病室で隣合わせで同い年で、けどあいつは目が見えなかった。

俺が生まれた時から知ってる色を知らなかった。

どんなに目を合わせようとしても、遠くを見ているみたいに暗かった。

それが辛かった。

痛くて辛くて、目を閉じる度にあいつが見ている景色を想像して涙が零れた。

どこを見ても、目を閉じていても光がある。

柔らかな光が白いモヤみたいにまぶた越しに見える。

だから目を閉じても怖いことなんかなかった。

あいつにはそれもない。

真っ暗でまっくらで手を伸ばした先も見えない暗闇があるだけなんだ。

俺はあいつの顔も、どんなふうに笑うかも知ってるのにあいつは俺の顔もどんなふうに笑うのかも知らないし、声を出さなければどこにいるのかもわからない。

それでも、俺のことを必死に探すために耳を傾けるあいつを見て胸が締め付けられて涙がこぼれた。

どうしたの?

泣いてるの?

そういうあいつに俺はもっと涙がこぼれた。


あいつにはドナーがまだ居ない。

順番待ちをしているんだと言っていた。

僕の目が見えるようになったら君といろいろな場所へ行きたいな。

君と目を見て話をしたいな。

幸せそうに笑うあいつに本当のことは言えなくて俺は同じように夢を見ることにした。

夢を壊したくなかったから。

手術を拒んでいることも知っていたから。

少しでも前向きになってくれることを祈っていたかった。


「待ってるから、頑張ってこいよ」


手術室に向かうあいつにそう言った。

声が震えないように、知られないように。

あいつの最後の顔をちゃんと見られるように。

小さな声でサヨナラしながら。

「…じゃあなっ」

ランプの灯った手術室の隣部屋へと運ばれていく。

きっとランプが消えたらもう俺は居ない。

待ってられない。

でも、あいつの目となって一緒に居られるならそれでもいいと思う。

…知らないだろうけど、同じようにベットに横たわって管につながってかろうじて生きてたんだぜ?

凄いだろ。

俺の場合、どんどん体が死んでいくんだ。

脚が動かなくなって、手が動かなくなって…そうやって息もできなくなるんだ。

だから言ったんだ。

俺の目をあいつに使ってくれって。

体が死んでも、一緒に居られるから。

景色を、俺を通して伝えられるから。


これから俺の身体は死んでいく。

最後にはきっと笑いあった可愛げのある顔が浮かぶだろうな。

俺は、弱虫だから会いたいって思うだろうな。

でも、その時の俺を見て欲しくない。

写真の一枚でも撮っておけばよかったな。

俺、写真は撮るのも撮られるのも好きなんだ。

きっとあいつも綺麗に撮れる。

…本当、一緒に撮っておけばよかった。

あぁ眠くなる。

もう少しで暗闇から救ってやるからな。

待ってろよ…親友。


先生は俺に手術は成功したって言ってくれた。

拒否反応も無く、何の問題もないって。

それと俺を探してるって。

探さなくていいのに。

俺のことなんか忘れていいのに。

笑ってくれればそれで良いのに。


心電図の音がこんなに大きく聞こえるなんてな。

ゆっくりゆっくり、終わっていく音が聞こえる。

ほかの音は何も聞こえない。

いまやっとわかったよ…こんなにくらいんだな

こわいな、さみしいな

ひとりぼっちだ。

でも大丈夫だ。

これからは一人ぼっちになんてならないからな?

まぶたを閉じても俺が光を当てるから。

どんな色だって綺麗に見せてやる。

だから…ひとつだけわがまま聞いてくれ。


『俺のこと忘れないで』


俺のことを覚えてて。

じゃあな、親友。

お前と会えて良かった。

いろいろ話せて楽しかった。

ほら、やっぱり最後には笑顔だよな。

もう、だめなのか。

眠くて……たまらないや。


………………………っ


…なんだ?


泣いてる?


あいつが泣いてるのかなぁ


なんだよ、笑ってくれなきゃ生けないだろ?


俺も………逝けないだろ?



「…何泣いてるんだよ」

見えなくたって分かるぞ。

あぁ、なんだよ。

拭ってやれないぞ?

もう何処も動かないからな。


“何勝手にっ居なくなろうとぐっ、してるんだよ”


“忘れないよ…僕にとってっ君は大切な人だから”


“忘れてなんかっ、やるもんか…”


「あり…と…」


やっと見えるようになったんだから、笑ってやらなくちゃな。

俺の笑顔知らないなんて不公平だもんな。

俺は知ってるのにな。

泣かないでくれ。

ほら。

俺…イケメンだろ?



「ははっ…やっぱり君は、太陽みたいだ

…ほんとかっこいいなぁ」


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