聖少女領域(4)

「その、目」


 息をのんだ後にぽつりと零れた杏季の言葉と、その視線とで、他の面々も事態に気付き、ぎょっとして直彦を凝視した。

 真紅の瞳を見つめたまま、杏季はおずおずと呟く。


「はったんの時と一緒……?」

「御名答」


 杏季の前でひざまずいた体勢のまま、直彦は口元に薄く笑みを浮かべてみせる。


「今の私は。他の面々がそうと認識している炎属性ではない。

 今は紛うことなき。霊属性の聖獣、通称『アルド』を憑けている」

「アルド!?」


 その単語に、潤が素早く反応する。


「それって、チームCの時のコードネームじゃんか」

「そうだ。だから、あの時にはそう呼称していた。もっとも、チームCの活動時には炎属性で通っていたし、私が霊属性を有していることは廉治ですら知らない。

 このことはDDの――高神楽家の中でも、最重要の機密事項だからな」

「エッ……そんな果てしなくとんでもない情報を、ぺろっとこのメンバーに公開しちゃってもいいわけ……?」


 もっともな疑問を、潤がやや引き気味に尋ねると、直彦は振り返って真顔で答える。


「今から。この機密を遙かに凌駕する、これまでの全てを壊しかねないことを奏上するのだからな。それ相応の誠意を示したまでのこと。

 ようやくここまでこぎ着けたんだ。私も腹を括るさ」


 直彦に気圧されつつも、おずおずと潤は言う。


「ていうかさ……直彦氏、ちょっとキャラ違くない?」

「アルドを表に出している時は、聖獣の性質に引き摺られるからな。少し、こうなる」

「なるほど……?」


 春がアルスを憑けた時にはどうだったかと、潤が腕組みして思い返していると。

 直彦はおもむろに立ち上がり、周りの面々を見回した。


「今日お集まり頂いたのは。夏に頓挫したチームCのプロジェクトを、今度こそ正攻法で成し遂げるためだ」

「チームCって」


 夏の出来事を思い返し、奈由が訝しげに口を開くが、その前に直彦は続けた。


「文句の一つも言いたくなるのは分かるが、夏に廉治が行っていたのはの手だ。あれではない。

 これから私が開始するのは、元来、竜太が推し進めていたに限りなく近いだ。そしてこの、本来執るべきであった手法であれば、彼女はもちろん、他の誰しも傷つくことはない」


 ちらと杏季に目線を投げてから、直彦は朗々と告げる。


「これから話すのは、今も昔も、我々の最大の目的である依代計画について。

 そして皆々様には、チームCの後継計画となる依代計画『プランD』実行への協力を願いたい」



 

******




 異世界とこちらの世界を繋ぐため人柱となった王女たちの魂を、依代を介して連れてくる、という依代計画についての説明を聞き終えてから。しんとした室内で、最初に口を開いたのは杏季だった。


「できることなら協力したいけど……」


 やや消沈したように杏季は答える。

 

「けど、私は役に立ちそうにないね。千花さんたちの依代になれたんだったら、私は闇属性ってことだもん」

「それは大きな間違いだよ」


 説明を終えてからアルドを下げ、普段と同じ目に戻った直彦は、いつもと同じ口調に戻って続ける。


「白原さんが協力してくれるなら。まず、で扉を開けることが可能だ」

「あ」


 言われて杏季は手を打った。


「そっか。古属性なら、一人で扉を開けられるんだっけ」

「その通り。つまり『自然系統の依代を探す』という縛りはなくなり、光属性かつ、依代適性のある人間を探せば良くなる。これだけでも相当、大きい」


 頷いて、直彦は指を立てて列挙する。


「依代計画に必要なものは次の4つ。

 裂け目への扉を開ける手段の確保。

 王女たちの元まで辿り着くルートの確保。

 霊属性の術者。

 光属性の依代2名。

 白原さんが協力してくれると、最初の2点に関して、随分と省略できるんだ」


「私なら、目的のところにもなんとなく辿り着けるんだっけ」


 杏季の言葉に、直彦は頷いた。

 

「なんとなく、というか、古属性の本能みたいなもので分かるらしいね。その辺りは、夏に経験あるだろ?」


「うん。なんとなーく、こっちに行けばいい、っていうのが分かったんだよね。理屈はよく分かんないんだけど。というか逆に、私が参加しない場合、二番目のルート確保はどうする予定だったの?」


「一応、コンパスみたいなもので王女のところまで辿れるようにはしてあるんだけど。そもそも古属性以外の人間にとって、裂け目は馴染まない世界だからね。プールの中をイメージしてもらうと分かりやすいけど、空間の中での動きには負荷がかかって、どうしたって進むのも戻るのも困難が伴う。

 けれど古属性の人が先導してくれるなら、その負荷もかからないし、かかる行程は半分以下になるんだ。

 白原さんが協力してくれるなら、で計画はスムーズになって、その結果、依代たちへの負担は軽くなる」


「やるよ!」


 勢いよく杏季は挙手した。

 

「扉を開けるのは、あんまり自信ないけど。一回は出来たんだから、練習したりすれば多分どうにかなると思う!」

「いいの? そんなにあっさり」

「うん。元々、どうにかしたいって思ってたことだったもの。それに千夏さん達を連れ戻す方法を探すって、ユキくんと約束したしね。私に出来ることなんだったら、なんだってやるよ」


 杏季の言葉に出てきた人物に反応し、思わず潤はぽつりと声を漏らす。


「そういう、まっとうな計画だったのに。どうして、レンは……」

「まどろっこしい上に、不確実だったからだろうね」

「不確実」


 呟きを拾った直彦に、潤は顔を上げる。


「依代計画自体は、人材さえ集まれば成功するだろうけど。については、不確実過ぎるからな」

「その先、って。計画を実行して、王女たちの意向を聞いてから……ってこと?」

「そうだよ」

 

 潤を振り返り、直彦は淡々と説明する。

 

「あくまで依代計画の行き着く先は『王女たちの意向を聞く』ことだ。

 王女たちを元に戻す手段があったとして、それがすぐに実行可能な方法かは分からない。数ヶ月ならまだしも、何年も何十年もかかる方法かもしれない。

 それに、もし手段がなかった場合に『それが見つかるまで現状維持を』と王女達が望む可能性だってゼロじゃあない。そしたら、それこそ今の状態のまま手の打ちようがないからな」

 

「……確かに」


 依代計画は、問題を解決するための手法ではない。解決の手段を探るための一手に過ぎなかった。

 その先、王女たちがどういう方法を提案するのかは、現時点では何も分からない。


「さて。――依代計画については、既に色良い返事を頂いてしまっているけれど。判断は、次の話を聞いてからにしてもらった方がいいと思う」


 直彦は改めて杏季に向き直った。


「真実を知る心構えはおありですか」

「真実?」


 急に畏まった言い方で問われて戸惑いつつ、杏季は首を傾げた。

 

「言い換えましょうか。……こういう言い方は狡いかもしれませんが」


 少しだけ躊躇してから。ややあって、直彦ははっきりと告げる。


「十年以上も長きにわたり、母君が不在になっている理由です」


 その言葉に、杏季は固まった。

 葵がこっそり、奈由に小声で尋ねる。

 

「……なあ。白原のお母さんって」

「ああ……あのね……」


 歯切れの悪い様子で、奈由もまた小声で答える。


「あっきーのお母さんはね。あっきーが小学生の時に倒れて以来、ずっとサナトリウムに入ってるって聞いてる」

「サナトリウム……」


 それ以上は言及できず、葵は黙り込んだ。

 直彦は真っ直ぐ杏季を見つめる。

 

「真実を知った後に、知らなかった世界へ引き返すことはできません。

 引き換えに貴方が手にすることが出来るのは。

 これまで抱いていた理不尽の理由わけの一部と。

 その理不尽に、真正面から立ち向かえる大義名分ちから

「教えて」


 食い気味に杏季が告げた。

 

「夏の時に。私だけが、何の責任も対価も負うことがなかった」


 杏季は視界の隅で、ちらりと葵を捉え、拳を握る。

 かつて琴美が彼らに理術と世界の秘密を話した際。杏季にのみ、誓約の術は課せられなかった。それは杏季と琴美の護衛者という関係ゆえのものではあったが、それでも杏季は、あのことにずっと負い目を感じていた。


「私だって相応のリスクを背負しょって、皆と並び立ちたいの」

「そのリスクが。他の連中と比べて、比類のない大きさのものだったとしても?」

「それでも」


 きっぱりと杏季は告げる。


「私は、知りたい」

「――畏まりました。それでは申し上げましょう」


 彼女の言葉を聞くや。

 直彦は再び杏季の前へひざまずいて彼女を見上げ、恭しく告げた。




 

「貴女様は。異世界の彼の国での、アンゼローザ・アキュレイシア・ワイフィールド姫殿下で御座います」

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