12章:賜わる信頼(或いはとある重要な1日)

聖少女領域(1)

――二つ前の世界。2005年10月18日。


 白原杏季は、御堂紫雨ではなく高神楽直彦に呼び出され。

 月谷潤と草間奈由は、招集に応じ。

 畠中春は、この時も誘いを断った。






******


 お昼休み。あらかたの生徒は昼食を食べ終え、どことなく気怠い空気が漂う舞橋女子高校の廊下に、ぱたぱたと軽快な足音が響いた。

 足音は、教室を二つほど通り過ぎたところで不意に止まる。


「つっきー&はったーん」


 3年6組の教室の開いたドアから、杏季がひょこりと顔を覗かせた。ちょうど向かい合わせで話をしていた当人たちは、同時に振り向く。

 二人の姿を認めて杏季が寄ってくると、潤は怪訝な顔で頬杖を突いた。


「なんだよ、その売れないコンビ名みたいな呼び方は」

「今日のトップバッターはこの二人!

 『タラシと変態の奇跡のマリアージュ』、つっきぃぃぃぃぃ! アーンド! はったぁぁぁぁん!」

「アナウンスするんじゃねぇ!!!」

「去年の予餞会でも春の新歓でも二人でコンビやってたじゃん」

「あれはただの司会だかんな!?」

「じゃあ次の機会あったら私、二人の登場時にBGMと共にこのアナウンスするね」

「機会なんかもうねぇわ! 次は私らが送られる側だわ!」

「卒業生が司会やるのも斬新でよくない?」

「後輩ズ困るじゃろ!」


 飛ばす杏季に、春は笑いながら尋ねる。


「あっきー楽しそうだね」

「そうなのご機嫌なの」


 言いながら杏季は、制服のポケットから携帯電話を取りだす。

 

「りょーちゃんから、さっそく釈然としてない感じの鬼メールが来てるの」

「あれ、あっきーこないだ着信拒否にしてなかったっけ?」

「電話は着拒したよ。だけどメールはそのまんまにしてる。電話と違って来たところでスルーできるし、たまに親絡みの連絡来ることもあるから、それは申し訳ないしね」

 

 杏季はメールの受信ボックスを開いてみせた。携帯電話の狭い画面に表示される件数には限界があるが、少なくとも画面に表示されている5件のメールは、全て昨日から今日にかけての日付のもので、全て差出人が竜太である。

 

「見事に埋め尽くされてる」

「まあ邪魔だから、りょーちゃんのメールだけ別フォルダに隔離したんだけどね」

「なるほどね……因みに返信は?」

「一切してない! いい気味!」

「まぁご満悦ですこと……」


 にこやかな笑顔の杏季に、春は苦笑いを浮かべた。

 あ、と杏季は思い出したように手のひらを叩く。

 

「そうだそうだ。つっきー&はったんのM1デビュー検討はさておき、本題なんだけど」

「待てその議題を一ミリも検討してねえことを検討する余地があるぞ」

「今日の放課後って時間ある?」


 潤の言葉はスルーして携帯電話を操作し、別のメールの中身を確認しながら杏季は告げる。


「直彦くんから連絡があってね。もし時間があるようなら、また昨日みたく集まってもらって、うちらに話したいことがあるんだって」

「あっきーだけじゃなく、私らも?」

「うん」

「それって男性陣も?」

「ううん、男子ズは対象外なんだって。だから呼ばれたのは、うちらとなっちゃんだけ。何か、協力して欲しいことがあるみたい」

「協力」


 その単語に春は少々、身構える。

 が、杏季はそこまで気負わずに頷いた。


「多分、その件があるから、護衛者どうのって話も出てきたんじゃないのかな。当てずっぽうだけど」

「昨日の今日で? なんで昨日そのまま話さなかったんだろ?」

「護衛者について正式に私の承諾が取れた後で、別のとこと調整したんでやっと話せるようになったみたいだよ。あれから色々根回ししてたみたい」

「内容は?」

「割と込み入った話みたいだから、例によって理術絡みのあれこれってことしか聞いてない。長くなりそうみたい」

「大丈夫かぁ?」


 猫背の潤が、一層、頬杖を顔に食い込ませつつ疑念の声を挙げた。しかし杏季は、小首を傾げて言う。


「やばい話なら、こんな正面切って頼まなくない?」

「まあ……それもそうか」

「あと、護衛者が持ってくる話なら、そこまで変なことじゃなさそうじゃない?」

「まあ……それもそうなんだよな……」


 杏季は杏季なりに、直彦の申し出にひと通り思案はしたようだった。

 そして直彦もまた、彼女たちに警戒されることは折り込み済みであったらしい。


「『内容を聞いた上で、嫌なら断ってくれていい』とは言ってたし。『もし招集されること自体が心配なら、用心がてら男連中を連れてきたり近くに待機してもらうのでもいい』とも言ってたよ。まだ特に声はかけてないけど。あ、全然知らない人とかは、機密の関係でだめって言ってたけど」

「まあ、そりゃそうだよな……。ううむ。割とまっとうだ。ただ」


 潤は申し訳なさそうに告げる。


「すまんあっきー、今日は先約で用事があるんだ」

「私も……」


 同じく春も両手を合わせる。

 

「ありゃ、残念」

「全員揃わない場合は、小動物はどうするって言ってたんだ?」

「来られなかった場合は、しょうがないって。来られる人には話すから、そこから話を聞いてもらえばいいって。

 というか、そもそもが、私一人に直彦くんが話をするのだと心配されそうだから、みんなも揃って呼びたいって趣旨みたいよ」

「うーん。ますますもって、普通に配慮ある対応」


 潤は唸りながら腕組みする。


「なっちゃんには聞いたん?」

「話したら喰い気味に『行く!!!』って回答だったから、なっちゃんは来てくれるよ。写真部に寄ってから来るらしいから、後から行くって言ってたけど」

「マイスイートなっちゃんらしいな」

「本来の目的じゃなくて、完全に野次馬する気満々じゃん」


 潤と春は思わず顔を見合わせた。

 

「てか、写真部経由だとおそらく、いいカメラ持参して色々撮られるぞ」

「違いない。別途、撮影会が開催されるね」

「それいいね」

「いいんかい」


 腕組みしたまま、潤は椅子に寄りかかった。

 

「まー。なっちゃんが行くって言ったなら、やっぱりそこまでヤバい話ではないのかもなぁ。あの小動物だし」

「そだね。心配なら、それこそ男性陣を招集するのもありだしね」


 二人の言に、杏季はふと頬に手を当てる。

 

「心配といえば。どっちかっていうと話そのものより、地理というかちょっと場所が不安なんだよねぇ。つっきーが来ないとなると、ちょい道が怪しいなあ……なっちゃん終わるまで待ってようかなぁ」

「どこに集まるんだ?」

「ほら、前にチームCのアジトにしてたビルだよ。いつも誰かに着いてってたから道が不安なんだけど、つっきーならよく使ってるから案内し」

「どえわ!?」

「ほえ!?」


 潤が奇声を発したので、杏季もつられて奇声を挙げた。


「えっいやちょ、待」

「つっきー?」

「あーーーまーーーそーーーいやうん、そうだな」


 謎の声を挙げながら潤は携帯電話を開くと、操作しながら杏季に告げる。


「あっきー。あの、私も行くわ」

「え、大丈夫なの? 約束は?」

「いやむしろ行く」

「大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないから大丈夫でしかない」

「どゆこと?」


 携帯電話を操作しながら、潤は上擦った声で答える。

 

「つまりだな。今、都合が悪くなったって連絡をしましてね」

「予定があるなら、そっち優先で平気って言ってたよ?」

「あ、いや違う違う、相手の都合が悪くなったって連絡がちょうど来たんだ!」

「あ、そうなの?」

「そう!!! だからアジトまでのナビは任せろ!!!」


 潤は携帯電話ごと握り込んで、拳を掲げた。

 二人のやり取りをみて、少し考えながらも、しかし春は首を軽く横に振った。


「うーん、私も話はすっごい気になるけど。知り合いに借りたサイレントベース、返さなくちゃいけないんだ」

「あ、あの練習用のやつね」

「うん。だからちょっと、今日はパスかな。直彦氏に謝っといてくれる? あとで話聞かせて」

「りょーかーい!」


 春の話に、杏季は軽やかに敬礼してみせた。



 

 

 

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◇参考

【第3部】コウカイ編

 8章:大人じゃあない

「気まぐれロマンティック」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881507313/episodes/1177354054887162647

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