ミエナイチカラ(2)

「これは鹿鳴館ろくめいかんですか?」

「いいえ、鹿鳴館ではありません」


 目の前の建物を見上げ、潤と春はさながら英語の例文のような受け答えをした。


「ただ、ホントに言いたいことは凄くよく分かる」


 手をかざし、春は思わず目を細める。

 

 庭を歩き、人工竹垣を越えた先にあったのは、年季の入った風貌の洋館だった。

 先程までは、芝生か砂利の上に敷かれた飛び石の道を辿っていたが、気付けば辺りは石畳になっている。竹垣を隔て、和と洋が切り分けられているらしい。白い壁に灰色の屋根のシンメトリーの屋敷は、近くで見れば紛れもない洋風の建物であるが、色合いが大人しく、辺りと調和しているので、景色にそこまでの違和感は覚えなかった。


「日本庭園を抜けたら大正浪漫が花開いた……」

「つっきー、鹿鳴館を呼称するならそこは明治では?」

「いいんだよ細かいことは」


 適当に潤が言った。

 その傍で杏季は、自分の首元に手をやり、叫び声を抑えようとするかのように力を込めた。


「ウッ」

「あっきー大丈夫?」

「駄目寄りの駄目」

「もう駄目じゃん!」

 

 春の問いかけに杏季はブンブンと首を横に振った。


「ときめきが……てんこ盛り過ぎて……脳がついていかない……」

「そうね……全体的に高神楽家、あっきーの好みまっしぐらだものね」

「純和風の向こう側に純洋風が待ち受けてるなんて聞いてない……」

「純洋風?」

「まさか地元にこんな建物が……江戸東京たてもの園にまで取材に行くことなかったのでは……」

「そんなことないよ、そのおかげで『星月夜部誌』の大正浪漫特別号が発行できたんじゃないか!」

「それはそれとして、もはや資料写真を撮らせて欲しい……」

「なんか、なっちゃんみたいなこと言い出した!?」

「安心して、あっきー。ばっちりカメラは持ってきたから」

「お願い致します……」

 

 杏季は静かに合掌した。

 奈由は深く頷き、杏季の肩に手を置く。


「やはりここは嫁ぐしか」

「草間ァ……」


 低い声で裕希が唸った。


「なんなの? なんでお前はこないだから執拗にナオをプッシュしてんの?」

「やだなぁ、執拗だなんて。私はただ」


 奈由は一旦、言葉を切ってから、先ほどよりもトーンダウンして続ける。

 

「……そうすべきだから、そうしてるだけだよ?」

「全くもって、すべきじゃねーかんな!?」


 釘を刺してから、裕希はそそくさと奈由の手を引き剥がした。

 

「……はて」


 奈由は一人で声を漏らし、引き剥がされた自分の手を見つめながら首を捻った。




 白壁の瀟洒しょうしゃな洋館を見渡しながら、潤はぼそりと呟く。


「というか。これはもう離れというレベルではないのでは……」

「こっちは僕も初めて来たけど、……そうだな。規模の小さい平屋のワンルームくらいの建物を想像していた……」


 潤の言葉に京也も同意した。二人の会話を聞きつけた直彦が付け加える。


「ああ、一般的なイメージはそっちだよね。それもあるよ。敷地の反対側だけど」

「あるんかーい!」

「そっちの離れは、本宅と渡り廊下で繋がってるから、人が来ないこっちの方がいいかなと思って。そうだね、どっちも離れではあるけど、ここは新館って呼ぶことの方が多いかな」


 ほほう、と感嘆混じりの相槌を打ちつつ、潤は尋ねる。


「単純に疑問なんだけど、このうちは人が住んでるんか?」

「あっちの純和風の方は俺含めて皆が住んでるよ。この新館は、今は誰もいない」

「昔の建造物を保存しといてる的なかんじ?」

「いや。そう見えるだけで、さして古い建物じゃないよ。数年前に改築してるしね。

 ちょっと前までは、こっちも普通に使ってた。元は兄貴が住んでたんだ」


 直彦の言葉に、潤は目を瞬かせる。

 

「兄貴ってーと。あの、高神楽文彦?」

「兄は一人しか居ないからね」

「なんでまた、一人だけこっちに?」

「一人だけじゃないよ。兄貴と俺がこっちに住んでた。

 元はここ、次期当主……あるいは次点の権力者が住むことになってる家だからね。今は、該当者がいないから空き家。だから今も、俺の部屋の一部みたいなものなんだよ。気楽に使って」


 淡々とした説明であったが、それに反応して春は直彦を振り向き。

 その後で、じっと洋館を見上げた。



 

*******


 

 

 彼らが通されたのは、応接間らしき部屋だった。

 洋館ではあるが、玄関で靴を脱ぐ仕様になっており、全員スリッパに履き替えていた。見た目は洋館だったが、中に入れば実用性を重視した現代住宅であることが分かる。広さも、一般的な建売住宅よりは広いかという程度だ。

 とはいえ内装や設備は洋館を意識したデザインのものであったし、とりわけ応接間はその役割上か、見た目に豪奢な調度品もあしらわれていた。


 応接室の中心には茶褐色の大きなアンティーク調のテーブルがある。そのテーブルを囲むようにやはりアンティーク調の椅子が並んでおり、そのうち一脚の前には、直径20センチほどの水晶玉のような球体が、黒い台座に固定され置かれていた。ただし形状は水晶玉のそれだが、透明ではない。中には雲のような白いもやがあり、それがゆっくりと渦を巻くように静かに動き続けていた。

 潤はきょろきょろと辺りを見回す。


「水がない」

「水見式は物の例えだよ。というか、あのまんまの設備だったら家だって出来るだろ」

「それはそうだな……」

「だいたい理術で君らが水見式をやったら、普通に燃えたり生えたりしちゃうだろ」

「それはそうだな!?」


 もっともな言い分に、潤は納得した。

 直彦は、球体が置かれている前の椅子を引く。


「というわけで。お分かりだろうけど、附加属性の判定に使うのは、この水晶玉みたいな測定器だよ」

「一千万……」

「気後れするだろうから、それは一旦忘れようか」


 ぼそりと呟いた杏季に、直彦は苦笑してから続ける。


「やり方は至極、簡単だよ。この表面に、手を触れるだけでいい」

「なんかこう、エネルギーを注ぎ込むイメージをするとかは」

「そうすると。間違えると一千万が吹き飛ぶね」

「気をつけます!!!」


 潤はびしりと背筋を伸ばし、気を引き締めた。


「堅苦しく考えなくても、触れれば勝手に判定してくれるから大丈夫だよ。

 じゃあ。まずは京也、やってもらっていいか?」

「僕か? けど、僕はもう光属性で確定だろ」

「だからだよ。光属性の場合にはどういう反応を見せるか、実例を皆に見せて欲しくて」

「なるほど」


 京也は納得して頷く。

 次に直彦は葵へ目を向けた。

 

「同じ理由で、その次は染沢にもお願いしていい?」

「分かった」


 葵もまた頷いた。

 指名された京也が席に着き、恐る恐る測定器へ手を触れると。すぐさま、白い靄の中心部から、四方八方へ光の筋が溢れ出てくるのが見える。さながら雲の切れ目から、太陽の光が漏れ出しているようだった。

 反応を見て、京也は目を見開く。


「これか?」

「そう。これが、光属性だったときの反応。中に光源が発生する。

 反応が微弱な場合には、明かりを落とした方が良い時もあるけど、流石に京也は大丈夫だな。分かりやすい」

「凄い、綺麗……」


 音を立てないように杏季が小さく拍手した。

 続いて京也と葵が入れ代わり、葵が手を触れる。と、今度は白い靄が瞬時に深い藍色に染まった。先ほどのような眩い光ではないが、ちかちかと、随所で小さな光が瞬いているのが見て取れる。


「これも光ってるけど、大丈夫なのか?」

「これだけハッキリ靄が暗くなってれば闇属性だよ。闇属性の反応でも、光は見える場合がある。イメージ的には、光属性は『昼』、闇属性は『夜』なんだ。その光は、星みたいなものだと思ってもらえれば良い」


 直彦の説明に、奈由は手を打つ。


「なるほど。『薄明光線』と『星空』って訳ですね」

「こっちもこっちで綺麗ー!」


 またもや杏季は、ぱたぱたと手を叩いた。


「人によって反応の出方は違うけど、今みたいに光属性は光が出て、闇属性は暗くなる。

 稀に判別が難しい反応の時もあるけど。大体は、今みたいにすぐ分かるよ」


 直彦の補足に、春は質問する。

 

「もし、判別が難しかった場合は?」

「その時は諦めるか、他に誰も適合する人が居ない場合は、附加属性を発現させて貰うかだね。属性が不確定なのに無理矢理に決行するのは危険だから。

 じゃあ、まずは」


 直彦が皆を見回すと、潤が威勢良く挙手した。

 

「私か!!!」

「白原さんで」

「なんで!?」


 勢いを削がれた潤は、そのまま杏季に抱きつく。

 

「あっきー闇属性じゃーん。もう分かってんじゃーん!」

「念には念を、だよ。以前に、人柱周りではちょっとしたイレギュラーがあったから、一応ね」

「イレギュラー?」

「裂け目にいる人柱の附加属性が、以前と変わってることがあったんだ」

「変わることなんてあんの!?」

「普通はない。けど、皆無な事例じゃないからね。万が一、千花姉も千夏さんも光属性になってて、白原さんが光属性として二人の依代をやったんだとしたら、色々と段取りが狂ってきちゃうからさ」

「確かにそうだな……」


 直彦の解説に、潤は抱きしめていた杏季を大人しく解放した。

 直彦は自由になった杏季を一瞥する。

 

「……というか。もし白原さんが光属性だった場合は、霊属性のところ以外、本気で白原さん一人でまかなえちゃえるから、他の人に頼まなくてもそれで終了しちゃうんだよ。俺にとっちゃ嬉しい誤算になるけどね」

「あれ、でも依代って二人要るんだろ?」

「古属性の場合は別だよ。夏の時、白原さんは千花姉も千夏さんも両方連れて来ただろ」

「まじか!? そこも規格外か古……!」

「ほんとにねぇ」


 どこか白々しい笑顔で杏季は頷く。

 

「附加属性がどうかはともかく。今までだって私を使えば、他の人の手を煩わせることなく済む場面はあったのに、宮代竜太はどーしてそれをしなかったんでしょうねぇ。

 そんなに私にこっちへ来られるのは都合が悪かったんですかねぇ?」

「黒いオーラが出ておられますよ、姫様」


 控えめに直彦は言って、苦笑いを浮かべた。

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