ミエナイチカラ(3)

 気を取り直し、杏季は緊張した面持ちで測定器の前へ座ると、おずおずと手を伸ばす。

 途端、球体の靄はさっと藍に色を変えた。

 

「おわああああ!?」


 球体の派手な反応に、杏季は思わず声を上げた。

 葵の時と反応は似通っているが、それより煌めく光が多い。白や青、赤に光るごく小さな光が随所で輝きを放っていた。球体の中は夜の色に染まっていたが、白い靄が一筋だけ残っており、それがまるで天の川のようだった。


「うん。紛うことなく闇属性、だね」


 驚く杏季の隣に立って、直彦は頷いた。

 春と潤も、横から測定器の反応を覗き込む。

 

「めちゃめちゃ! めちゃめちゃ銀河!」

「すっげー! アオリンのも綺麗だったけど、これ、もはやプラネタリウムでは!?」


 感嘆の声を挙げる二人に、直彦も同意する。

 

「これだけ綺麗な反応は初めて見た。さすが姫様だ」


 杏季たちの測定を見て、我慢しきれなくなった潤は、うずうずした様子で挙手する。


「じゃー次! 次こそ私ー!」


 潤は勇んで杏季と席を替わり、すぐさま手を触れる。

 だが、特に球体に変化は見られない。訝しげに潤は目を細めて顔を球体に近づけた。

 すると白い靄の中に一瞬、ぱちり、と静電気のように眩い火花が散る。

 

「うん?」

「ああ。光属性だね」

「小っちゃくね!?」

「発現してない場合の反応は、人にもよるけど、そんなもんだよ。普通に視認できただけ、ハッキリしてる方じゃないかな」


 直彦の言葉に、しかし潤は不満げに眉を寄せる。

 

「でも、附加属性が発現してなくたって、あっきーは分かりやすかったじゃんか」

「基本的に。こと理術に関しては、白原さんと比べない方がいいと心得た方が無難だよ」


 直彦は苦笑いする。


「それに附加属性を発現していない場合でも、覚醒している場合と、開眼している場合とでは、反応に差が出る。

 最初の三人が、一番分かりやすい反応なんだと思った方が良い。京也と染沢は附加属性を発現してる上に開眼もしてるんだし、白原さんは覚醒してるんだから」

「ちぇー、なんだよー! どうせ私は何にもなってないですよー」


 ふれ腐れて潤は口を尖らせた。


 続いて今度は春が席に着いた。そろそろと球体に手を触れると、靄の中心部から外に向け、閃光が走った。それを皮切りに、さながら雲間から漏れ出す雷光のように、次々と光の線が弾ける。潤の時の反応を、数段、派手にしたような反応であった。


「はったんも派手じゃーん……」


 拗ねたような潤の言葉に、春は苦笑しながら答える。

 

「私も一応、開眼はしてるからね」

「更に言えば、畠中さんは兄貴にアルスを憑けさせられるようなポテンシャルを持ってたんだから、比べない方が無難だよ」

「なんだよう、皆すげーのばっかじゃん!」


 不満を言ってから、潤はじっと、まだ測定を終えていない奈由に視線を向ける。


「やりにくい……」


 潤の視線から目を逸らしつつ、奈由はそっと手をかざした。

 しばらくは、特に変化は見られない。しかし段々と白い靄が明るくなっていき、やがて明かりが灯ったように、ほんのり微かにランプのような橙に染まる。


「これは……」

「これも光属性だよ。前の二人とは違ったタイプの反応だけどね」


 測定器の裏から手をかざし、確かに靄が光っているのを確認しながら、直彦は答えた。

 潤は横から奈由に抱きつく。


「仲間! 仲間! なーゆなゆ!」

「暑苦しい」


 奈由は潤の顔を押しやった。

 気を取り直した潤は、腰に手を当てて春と奈由を順番に見回す。


「というか、図らずも光属性ばっかだな! 三連続で光属性!」

「本当だね。まあ、求めてたのは光属性なんだし、結果オーライじゃん」

「ハッ」


 潤は杏季と春を見比べる。

 

「もしや。理系が光属性で、文系が闇属性……!?」

「なんだそのガバガバ理論」


 呆れ顔で春がつっこんだ。

 続けて京也と葵が即座に異を唱える。

 

「僕は文系だが」

「俺は理系だけど」

「……と思っていた時期が私にもありました!」

「手のひら返しが凄いな、つっきー」

「アッいや!? もしかしたら男女では文理が逆になるのかもしれん!」


 諦めの悪い潤に、奈由がぼそりと補足する。

 

「文系のユッキーこと水橋廉治氏は、闇属性寄りだって昨日言ってたけど」

「なんでもありません!」


 今度こそ潤は白旗を揚げた。

 一連のやり取りを笑って見守ってから、直彦は裕希に水を向ける。

 

「じゃあ、最後に臨心寺」

「俺もやるの?」

「強制はしないけど、じゃあ逆になんで今日来たの?」

「……監視?」

「なら、やらないくていいか?」

「いや、折角だから俺もやる。依代適性があるとは思えねーけど、いちおー附加属性は知りたい」


 すとんと椅子に座り、裕希は左手を伸ばした。

 次の瞬間、白い靄が二つに裂け、さっと色が変化する。片方は夜明け前のような瑠璃色、片方は夕焼けのような橙色だ。美しく染まったそれらの靄が、まるで互いを食い合おうとするかのように、メビウスの輪の如くぐるぐるとうねりだした。

 裕希は眉をひそめる。

 

「なんだ、これ……?」

「ああ……」


 直彦は少し目を見開き、小首を傾げた。


「さっき、稀に判定が難しい場合があるって言ったけど。これが、その稀な反応だね」

「なんだよそれ!? 色が変わったんなら、闇属性じゃないわけ?」

「確かに闇属性の場合は、靄の色が変わるけど」


 じっと靄を見つめながら、直彦は続ける。

 

「これは昼とも夜ともつかない、狭間の色だ。闇属性と断定はできない。それに明るい方の靄が、さっきの草間さんのように、光源としての反応をしていないとも言い切れない。この反応じゃ、どっちつかずだ」

「じゃあ、これ、どういう状態なんだよ?」

「俺も詳しくはないけど。附加属性は、その人物の性質に左右される。けれども折り合いが付かずに内面で両方がせめぎ合っている場合には、どちらとも決定されないと言われている。

 多分、臨心寺は、現時点で限りなく附加属性を発現しにくい人間だ」

「折り合いが付かない……」


 黙り込んで裕希は球体から手を離し、立ち上がった。鮮やかに染まった靄が、やがて混じりけのない白に戻る。


 全員の測定が終わり、直彦は測定器を片付けるべく、それを丁寧に持ち上げた。

 途端、球体の靄は漆黒に染まる。杏季や葵のように、星のような小さい光は見えない。ただただ真っ黒になった靄が、静かに球体の中でゆっくりと渦巻いていた。

 

「ひとまず、今日はっきりしたのは。

 見立て通りに、白原さんは闇属性ということ。

 月谷さん、草間さんは二人とも光属性で、要件を満たすってこと。畠中さんも光属性だから、場合によっては可能性があるということ。

 そして臨心寺の附加属性は、判定不能ってことだ」


 釈然としない様子で、裕希は黒く染まった球体をじっと見つめた。

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