13章:講じる手段(或いはとある重要な存在)
ミエナイチカラ(1)
――二つ前の世界。2005年10月19日。
彼らは、高神楽邸を訪れた。
******
「ここはどこだ?」
思わず潤が漏らした声へ、律儀に春が答える。
「高神楽家」
「知っとるわい」
潤は食い気味に切り返した。
茶々混じりに潤へそう返したものの、春もまた圧倒され、目の前の建物を見上げる。
「ええと。……マジ?」
彼らの目の前に広がっていたのは、重厚な門構え。家の周りは乳白色の塀でぐるりと取り囲まれており、中の様子は容易に
そして
一般の民家、という想像を打ち壊す佇まいの見てくれに
「ねえ本当にここ? 本当にここ???」
「本当にここだよ」
携帯電話を操作しながら、京也が答えた。
「というか。一度来たことあるなら間違えようがないだろ、この家は」
「それは、確かに……」
彼の台詞に、春は納得した。
春は質問を変え、再び彼に問いかける。
「ねえ本当に民家? 神社仏閣とか歴史的建造物とかじゃなく?」
「春ちゃんの言いたいことはよく分かるけど、確かに民家の個人宅だよ。文化財指定も一般公開もされていない……」
家の前へ到着した旨のメールを直彦へ送信し終えた京也は、遠い目で目の前の門を見つめながら携帯電話をぱたりと閉じた。
「ここが高神楽家の本家で、つまり直彦の実家だ」
「ひえ……」
「そして昨日の話だと、あいつは既に当主ってことだから」
「この家は直彦氏の所有物」
「そういうことだな」
「ひえ……」
言葉少なに春は小さな悲鳴を上げた。
「しかも怖ェのが、この規模の家が田んぼの隣とかじゃなく、普通に街中にあるところ」
「それなんだよな……」
葵の言葉に京也は深く頷く。
「郊外とかなら、この手の広さの古き良き豪農の家はたまに見かけるし、田畑だったところが後から市街化してったパターンもあったりはするけど」
「だけどこの辺、結構な昔から市街地でしょ」
「そうなんだよな……」
奈由の指摘に京也は再び頷いた。
おもむろに携帯電話を弄り始めた奈由を、隣から杏季が覗き込む。
「なっちゃん何調べてるの?」
「この辺の地価」
「止めておこうか奈由ちゃん……」
やんわりと京也は制止した。
やがて門の向こうから人の歩いてくる気配がし、門扉が引き開けられる。
「ごめんね。わざわざ来てもらっちゃって」
敷地の中から姿を現したのは、細かい亀甲柄の墨色の着物をまとった直彦だ。いつもの見慣れた制服姿でないことに、一同は大なり小なり驚いた様子であったが、一人だけ、とりわけ過敏な反応を示した人物がいた。
「キッ」
声を詰まらせて、杏季がふらつく。
「着物……!?」
「どうした杏季ちゃん!?」
京也が驚いて振り向いた。杏季の背中を支えながら、真顔で奈由が言う。
「大変。あっきーが唐突な性癖の襲来に、理性を失いかけてる」
「黒船じゃねぇんだから……」
「黒船の襲来は別にあっきーの性癖じゃないからなぁ」
「そういうことじゃねぇよ」
呆れ顔で葵は息を吐き出した。
一つ、大きく深呼吸してから、杏季は肩を上下させて息と体勢を整える。
「いや……着物……なんで……突然でびっくりしている……」
心なしか片言で告げた杏季に、直彦は事もなげに答える。
「ああ。部屋着だよ」
「部屋着!?」
「なんだっけ。
「結城紬!?!?!?」
再び、くらりとよろめき、杏季は額に手を当てて空を仰いでから、両手で顔を覆った。
「これは……大変……」
「落ち着いてあっきー」
ゆさゆさと奈由は杏季を揺さぶる。
「大丈夫? 正気?」
「わりとだめ」
「昨日、自分の正体聞いたときよりダメージ受けてない?」
「だって……ガチ……ガチなやつ……むり……」
「無理ってのはどっちの無理?」
「素敵すぎてしんどい……」
「把握」
一つ頷くと、奈由はやはり真顔のまま直彦に告げる。
「あっきーが高神楽家に嫁入りするそうです」
「待てコラなんだそのポンコツ翻訳」
裕希が奈由の肩をがしりと掴んだ。
「草間……昨日あそこまで覗き見しといて、結論がそれなわけ?」
「だって別に、君らの間の関係は何も変わってないでしょ」
「それは……まあそうだけど……」
「こんなにあっきーの心に刺さっているのだもの……潔く結婚させてあげよう……」
「そうさせんために昨日話したんだが!?」
「君は森で、あっきーは高神楽で暮らそう……」
「どっちも暮らさねえけど!?」
珍しく声を荒らげて裕希が噛み付いた。
「……へえ?」
直彦は彼らの様子を一瞥して、一つ頷くと、話を変えて皆に話しかけた。
「悪いね、見た目が物々しくて驚くだろ。本家だと他の人間もいるから気を遣うかと思ったんだけど、別邸に持って行くのも、それはそれで大変でさ」
「待て。別邸という概念がまず何だ」
「だから離れに準備したよ。裏口付近には近寄らないよう、道中の人払いはしてあるから、気にしないで。入ってよ」
「待ってコレ裏口?」
直彦の発言に、潤と春が順番に
以前にも来たことのある京也が一番に門をくぐりながら、本人の代わりに簡単に答える。
「反対側には、もっと焦る雰囲気の門がある。あと、別邸も普通に広い」
「別邸にも行ったことあんの?」
興味津々で、二番目に潤が門をくぐりながら尋ねた。京也は頷く。
「生徒会で、合宿と称して使わせてもらった」
「合宿できるレベル!」
「その時からしばらく、噂を聞きつけたあからさまに下心ありげな女子から、異様に直彦がモテた時期があったな」
「うっわマジであるんだな、そんなの」
潤が引き気味に顔をしかめた。
先頭で飛び石の上をゆっくり歩く直彦が、顔だけ後ろに向けて補足する。
「勿論、全部断ったよ。あいにくとそういう手合いは間に合ってるんでね。せめて身辺を整えてから、最低限、開眼はしてから出直しておいでなんだよな」
「理術の知識のない一般女子にその要求は、ハードルが高過ぎるんよ」
「ただの一般女子にそのハードルを越えさせるつもりはないからね」
やや含みのある直彦の発言に潤は顔を上げるが、しかしその途端に視界へ飛び込んできた光景に思考を奪われる。
「池がある! カコーンって鳴るやつがある! すっげー!」
「
はしゃぐ潤に、京也が付け加えた。
右手に見えてきた池は、鯉数匹が悠々と泳ぎ回るくらいの広さがある。端の方には、今し方潤の言及した鹿威しが配置され、小気味いい音を鳴らしていた。
後ろから恐る恐る着いてきた杏季が、辺りを見回しながら、ほうっと息を吐き出す。
「私、大学受験に失敗したら、この家で奉公しようかな……」
「あっきー、その発言に見合う時代が一昔も二昔も前なのよ」
苦笑い交じりで春は杏季の背中を軽く小突いた。
「それは承服しかねるね」
杏季の発言を聞きとがめ、直彦は立ち止まると、
「奉公どころか、杏季さんはその人たちを従える立場なんだから」
「ヒェッ」
「因みに本日だって、本来なら正門から両脇にずらりと人を並べて出迎えるべきなんだけど」
「いややめてやめてやめてやめて!」
「……と言うと思ったから、こういう対応にしたんだ」
「ありがとうございます!」
敬礼のポーズを取って杏季は心から感謝した。黙って笑みを浮かべてから、直彦はぼそりと耳元で囁く。
「因みに俺の許嫁になったら、この環境が白原さんの思うがままだよ」
「へっ」
「着物と日本庭園付き」
「な……」
「こういうのが好きなら、全部あげるよ?」
杏季は思わず直彦を凝視する。
が、後ろからにわかに裕希が割り込み、二人を引き剥がすと、じっと直彦を睨んだ。
「変なエサで、杏季を
「それ言う権利、お前にある?」
直彦は小首を傾げて不敵に笑う。
「どうやら昨日、多少は動いたみたいだし、行動したことそのものについて一定の敬意は払うけど、それで俺が排除される謂れはないね。だって俺たち二人と違って、お前らには何の約束もないんだろ。
ひとまず臨心寺には謹んで『動くのには遅すぎるんだよ』という言葉を贈ろう」
「お前、なんかこの数日、急にめっちゃ喋るじゃん……」
彼の台詞に気圧され、怪訝な表情で裕希がぼやくと、京也が口を出した。
「直彦は、喋る時はめっちゃ喋るぞ」
「まじ?」
「少なくとも中央高校の生徒会周りで、直彦に口で勝てたのはいなかった。おざなりな予算申請してきた部は、随分と直彦に泣かされてる」
「全然イメージにねぇ……」
直彦は爽やかな笑顔で言う。
「適当な仕事してる奴らは、正論で叩き潰すしかないよね」
「怖くない!?」
「俺からすると、中身スッカスカの白紙に等しい書類が普通に通ると思ってる残念な脳髄の方が余程も怖いよ」
「ナオ、前はもうちょい大人しかったじゃん……」
「チームCの時には、気配をなるべく消してたからね。こっちの方がどちらかというと素だ」
「そうか。お前、高神楽弟だもんな……」
「……そういう納得のされ方をするのも癪だけどね」
苦笑いを浮かべつつ、直彦は話を切り上げて元の場所に戻った。裕希は杏季の前に立ち、直彦を警戒しながら先へ進む。
杏季は裕希の後ろ姿を見つめながら、周りに悟られぬよう、両頬に手を当て静かに深呼吸をした。
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◇参考
【第3部】コウカイ編
9章:よもやま悩み「乙女のルートはひとつじゃない!」
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881507313/episodes/1177354054887313817
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