ドラマチック(3)
廉治の言葉にびくりとして、潤は彼を仰ぎ見る。
「そんな。だって、あのことを知ってるのは」
「そう。あの場にいた三人だけ。つまり今は、僕と君の二人だけだ。だけど僕らが自分から誰かにそれを話すことは絶対ないだろ」
「うん」
不安げに潤は、廉治のシャツの裾を掴んだ。
「何かの弾みで……バレたのかな。後は、外からそれを調べたりする手段があるとか」
「普通はバレないよ。極論、目の前であの力を使ったとしても、目には見えないし、分かりようがない。それに僕の知る限りでは、外からこっそりそれを調べるような技術だってない。
だから、考えられるとすれば――」
一旦、言葉を切ってから、廉治は潤に尋ねる。
「ねえジュジュ。スーの本名って、覚えてる?」
「スーの本名……」
腕組みして、しばらく空を仰いでから、潤はやや困り顔で廉治を見つめる。
「……お互いにお互いを間違って認識してた私たちで考えても仕方なくない?」
「それは、その通りなんだけど」
廉治は口元に手を当てて考え込む。
「もし。スーの苗字が、こっちの界隈と関わりの深い苗字だったら、そこから辿られた可能性が高くなる。確証はなくても、スーの周りにいたって理由でマークされてるのかもしれない」
「高神楽とか、影路とか?」
「流石にそこまでのビッグネームは出てこないだろうけど。その傘下の家の可能性は大いにあるよ」
「苗字か。……名前が、スミカ、だったのは、なんとなく覚えてるんだけど」
「僕もだ。肝心なところが全然思い出せない」
「……恵なら、正しく覚えてそうだけどな」
「一番聞けないところだけどね……」
唸りながら二人が考え込んでいると、道は曲がり角にさしかかった。二人が角を曲がりかけたところで、不意に廉治は潤の前に手を広げ、彼女を制する。驚いて廉治を見ると、彼は黙って自分の口の前で人差し指を立てた。
その視線の先を追って、潤はようやく事態に気付く。
「なっ……」
声を上げかけたところで、にわかに廉治に口を塞がれ、むぐ、と潤は声を詰まらせる。非難の眼差しを向けるが、そのまま彼女は廉治に引きずられて後退した。
壁に姿を隠してしまってから、廉治の手を引き剥がすと、潤は小声ながら廉治に抗議する。
「なんで止めるんだよ」
「ここで出てって、双方にとって良いことって一つでもある?」
「……ないです」
渋々認めると、しかし訝しげな表情を浮かべて、潤は壁からそっと顔を出す。
道の先に居るのは、畠中春。
そしてその隣に居るのは、高神楽文彦だった。
「なんであのヤローとはったんが一緒に……何考えてやがんだ、はったん」
「僕と会ってるジュジュが言えたことじゃないでしょ」
正論を言われ、潤はもごもごと言い訳をする。
「だって、レンは幼なじみだし……」
「それ判明する前からアジトに通ってたじゃん」
「ぐぬ……いやでもだってこう、なんつーか。レンには色々、事情があったのも後から判明したしさ」
「それ、あの人だって同じ事でしょ」
「……レンはセクハラはしないし、十歳年下の女子をデートに連れ出しはしない」
「それは同意するけど。というか僕の十歳下って、デートじゃなくただの小学生の引率じゃないか」
「もはや保護者だな」
廉治もまた、潤の頭の上から顔を出し、歩く二人をのぞき見る。
「確か、畠中さんはベースを返すんで今日は不在だったんだろ。つまりそういうことじゃん」
「どういうことだよ」
「ベースを借りた相手が彼だったってことだよ。直彦は中央高校の生徒会だし、そっちから文化祭出るって情報が伝わったんじゃないの」
再び壁に隠れると、廉治は何食わぬ口調で言う。
「別に悪いことをしてるわけでもないし、口を出すことじゃないだろ。畠中さんの好きにさせてあげなよ」
「……なんでまた、そんなにあの不審者に寛容か?」
「あの人の、あんな穏やかな顔。数年ぶりに見たから」
廉治は、星の瞬き始めた暗い空を見上げた。
「誤解されやすいし、厄介な人には違いないけど。別に悪い人じゃあないんだよ、高神楽文彦は。考えてもみなよ。だってあの直彦の兄だよ?」
「……突然変異?」
「僕からしたら、直彦の方が数段、厄介だよ」
苦笑いを浮かべてから、廉治は低い声で付け加える。
「庇うわけじゃないけど、僕は彼と手段はともかく目的は一致してるし、助けたい対象もほぼ一緒だからね。肩入れしたくもなる。それに、あの人は僕以上の被害者なんだ。
あの人は。自分の妹だけじゃなく、親友も好いた相手も奪われてるんだよ」
廉治の言葉に、今度こそ潤は口ごもった。潤も九月の事件の後に、文彦周りの事情は、深月たちから聞いてはいたのだ。
「……理屈は分かる。けど、あの野郎ははったんをとんでもねーことに利用しようとしてたし、アオリンもめっちゃボコって、あまつさえ死にかけさせてるし」
「冷静に考えて欲しいんだけど、彼より僕の方が酷いことをしようとしてたよ。人柱を杏季さんにすげ替えようとしてたんだから。何より、君のことを直接傷つけてる。……ジュジュからしたら、その対象が自分だから、逆に減点対象にはなっていないのかもしれないけど」
至って冷静な声で言われ、潤は口を閉ざした。
廉治は淡々と続ける。
「畠中さんを直接、害するつもりはなかったと思うよ。多分、あの人は畠中さんを利用して、王女たちを殺すつもりだったんだと思う」
「殺す!?」
不穏な単語に、声は抑えつつも潤は目を見開いた。
「つまり今回、私らが依代になって憑けようとしてる王女様二人を?」
「うん」
「あの聖獣ナントカの力を使って?」
「そう。単に人柱二人を助けるだけなら、それをやるのが一番、分かりやすいからね。王女たちを殺すことで元の道がなくなるなら、道を塞ぐ人柱は確実に不要になるんだから。僕も検討した手段の一つだから分かる。あまりに実現可能性が低くて、却下したけど」
「実現可能性」
「だって普通は古属性の聖獣なんか捕まえてないし、それを憑けられるような人間だっていないんだよ。存在は知ってたけど、それこそ宝探しするようなものだったからね。何故かあの人は手中に収めてたけど」
「王女を殺すって考えがまずアレなのはさておき。その場合、聖獣の存在って必須条件なのか?」
彼の説明に、潤は首を捻った。
「必須じゃないけど、その前提なくすなら、現地に着くまでに普通に依代計画と同じ労力が必要だよ。『開眼した自然系統の人間集めて扉を開けて』がまず大変なんだから」
「あっそっか」
納得し、潤は頷いた。
廉治は続ける。
「それに。どうにか扉を開けるところまで漕ぎ着けたとて、裂け目に入った後そこから王女のところまで辿り着くのが本当は一番大変なんだ。義姉さんたちのところは、まだ浅い場所だからどうにか辿り着けるかもしれないけど、導き手がいないなら、まず王女の元には辿り着けない。路頭に迷って戻れなくなる。
けど、それを全部すっ飛ばせるのが古属性ってわけ。義姉さんたちの場所までとはいえ、杏季さんは夏にしれっとやってるけど、本来は凄い労力が要ることなんだからね。
だったら正規のルートに沿ってやった方がマシだって思うよ。普通はね」
含みのある言い方をしてから、しばらく黙り込み。
やがて廉治は、ぼそりと呟く。
「根本的な部分を叩けば、確かに義姉さんと千花さんは助けられる。けど代わりに、ほぼ間違いなく自分が殺されるからね。
あの人は、それを覚悟の上で動こうとしてた」
「んなっ」
いよいよ潤は目をむいた。
「どーしてそんなことになる!?」
「王女殺しなんだから、処刑されてもおかしくはないでしょ」
事もなげに告げた廉治の言葉に、潤の眉間へ皺が寄る。
「だったら……はったんだって、もしその実行犯にされてたら……」
「畠中さんは、――彼女は彼女で、寮に入れられてる以上、なにかそれなりの理由はあるのかもしれないけど――ともかく、現状の彼女は『たまたま聖精晶石が巣くってしまっただけの一般人』だ。まして聖獣を憑けられて操られてたとなれば、そこまで酷いことにはならないよ。
けど、それでも以後の人生、最低でも監視付きになるだろうし、王女殺しに加担した罪の意識に苛まれることは間違いない。
だから彼は躊躇して、深月たちにやり込められたふりをして作戦を辞めた」
「いや待て待て待て待て」
思わず声を荒らげて、潤は話を遮った。
「気になるポイントは山とあるんだが。深月たちにやり込められたふりをして?」
「現場は見てないけど、そういうことだと思うよ」
頷き、廉治は説明する。
「そもそも本当に作戦を実行するつもりなら。わざわざ幸政さんに関わりある場所になんか連れて来ない。感傷に浸ってないで、さっさと着手するだろ。だって、杏季さんの覚醒を確認しないといけなかった僕の時と違って、畠中さんは古の聖獣を宿した時点で、成功条件を満たしてるんだから。
少なくとも、なんらかの迷いがあったから、あの状況になったんだろ」
「そうだったとしても……」
深月たちは、ギリギリの時まで『苑條の指示により古の聖獣憑きとなった春を手に入れる』という体で動いていた。端から見れば、あの場で負けることは、春が影路に捕らわれることを意味していたのだ。
しかし、ほとんど確信に近い調子で廉治は言う。
「途中で、詳細はともかく深月の目的を察したんじゃないのかな。影路側にはあの人が居たしね。だから聖獣を失っても、恩が売れて彼らを解放できるなら御の字とでも思ったんじゃないの。それで企みが露見して、DDの中枢を追い出されることは分かっていても。
多分、今じゃ深月もそこは分かってると思うよ」
気になる発言に、潤は更に聞き返そうとするが。
その前に、廉治はふと付け加える。
「成功したら肉体的に死ぬ。失敗しても社会的に死ぬ。普通はそこまで覚悟できない。
だから僕は、仮に失敗しても竜太にボコられて済む方を選んだ」
「いやボコられるて」
「実際、そうなったからね」
「マジか!?」
「あ。……言ってなかったっけ」
「全然聞いてないが?」
「そうだった。雨森さんに治してもらっただけなんだった。彼は口固いからな」
一瞬、呆けて口をぽかんと開けてから。
廉治に聞き返そうとしたことも忘れ、潤は肩を怒らせて腕組みした。
「割と私は最近、お前がやったことより、宮代の方が諸悪という気持ちが強くなってきている……」
「あいつは単純に最悪だからな」
「……仲良いんだろ?」
「面白い人間、好きだからね」
「面白いて」
「同じ理由でジュジュのことも好きだけど」
「お前……」
竜太と一括りにされた潤は、しかし怒るほどの気力はなく、ただ脱力した。
既に春たちは、彼らの視界から消えていた。もう寮に着いているのかもしれない。
しばらくして潤たちも寮への道程を歩き始めたが、結局、彼女は春を追いかけることもなく、寮に戻ってからそれを言及することもなかった。
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