アトラクションがはじまる(3)

「と。いう訳で。

 先ほど潤から説明があったと思うが、私が古の聖獣ことアルスだ」

「はあ……」


 彼の挨拶に、男性陣は一様に寝呆けたような声を挙げる。


 混乱する場をなんとか収め、潤は一通り事の顛末を説明したところであった。それから外に待たせていたアルスを呼び出し、現在、潤とアルスの二人は面接のような形で男性陣と向き合っている。

 説明はしたものの、彼らの反応は鈍いままだ。葵はともかく、裕希と京也に至っては先月アルスがいた場面に居合わせてすらいない。余計に事情が呑み込みづらいようだった。

 潤が思い出して補足する。

 

「最初は、水橋の野郎に頼んだんだよ。アジトなら部屋数あるし広いしな。

 けど、当のこいつが拒否ってさ」

「私は高神楽に囚われていたのだぞ。何故自ら高神楽の息のかかった場所にいかなければならないのだ」

「……言い分は、まあもっともだな」


 腕組みしながら京也は頷いた。

 その向かいで、潤は目を閉じながら、ひくりと唇の端を引きつらせる。


「で。貴様は何をしているのかなアルスくん」

「潤の二の腕を揉んでいるが」


 潤の腕から手を離さぬままアルスは真顔で答えた。

 彼の手をブンと勢いよく振り払い、店内なので声量は抑え目に潤はアルスを怒鳴りつける。


「いけしゃあしゃあと答えてんじゃねぇよこのセクハラ野郎!!」

「失敬な。実際に胸を揉んだらセクハラになるから代替措置として二の腕を揉んでいるというのに何を言う」

「御託並べてんじゃねえよもし本気でやったら犯罪だぞ俗世に染まりッ切ってんじゃねえこのゲス聖獣!」

「潤。暴力はよくない」

「抜かせェ!」


 アルスの胸倉を掴みながら潤はがくがくと彼を揺するが、全く堪えている様子は無かった。二人のやりとりを見守りながら、京也もまた口を引きつらせる。

 聖獣アルスの有り様に引きながら、葵はぼそりと感想を漏らす。


「……聖獣って、こんな奴だったっけか。あの時はもっと、偉大で荘厳な感じがしたんだけどな」

「あの時は場面が場面だったからな。TPOとやらはわきまえるさ」


 潤の手から逃れたアルスが平然と答えた。

 隣ではぜいぜいと潤が息をついているが、意に介する素振りはない。


「古来から伝わる神話の神々とて俗世にまみれているではないか。元を辿ればいかな存在とて俗物的なものなのだよ。まして私は神ではなく、ただの聖獣に過ぎない。そう神聖さを求められても困る。

 それに人型の時は、生命エネルギーの波長がより人間に近く変質する。より俗世に近しくなるのは致し方ないと言えよう。どうせ人の身で過ごすことを余儀なくされているのだ、こうなれば人としての享楽を追い求め、人がいかな存在かということを探求するより他あるまい」

「死にさらせ!」


 見かけ上は真面目そうなことを話すアルスの頭に、潤の肘が直撃する。どうやら手の位置からして、話しながら彼女の尻を触ったようだった。

 外見は秀麗な美青年で、喋り方も紳士口調のそれなのに、実際の中身は残念なことこの上ない。

 京也は両手で頭を抱えた。


 首を傾げながら、黙っていた裕希が口を開く。


「月谷。どちらにせよ俺とアオは寮だし、心当たりもないから無理なんだけどさ」

「あれ臨少年は確かこの近くにお祖父様の家が」

「ここまであからさまに煩悩にまみれてる奴を寺に招くのは無理なんだけどさ」


 しれっと自分の身に火の粉が降りかかることを跳ねのけ、裕希は続ける。


「そもそも。こいつが本当に聖獣だって確証はあんの?」


 彼の問いに、一瞬、潤は口籠った。

 しばらく迷ってから、ぼそぼそと潤は説明する。


「まあ、一応。ある。ちょっと詳しく言えないけど、うちらしか確実に分からない情報をこいつが知ってて」

「春のスリーサイズだな」


 誤魔化そうとした潤の台詞に重ねて、一切の遠慮なくアルスが言い放った。

 彼の言葉に、アイスティーを飲んでいた葵がごふっとむせ返る。


「いやそのこれはつまりだな」


 右手で額を抱えながら、潤が慌てて付け加える。


「先月の顛末を、当事者しか知りえないことまで知ってたってのもあるけど。それは最悪、影路なり高神楽なり、別サイドから聞いたって可能性もあるじゃんか。

 けどこいつは、寮で私たちが話した会話の内容も知ってたし、……その中でちらっと話題に出た全員分のサイズを知ってた。流石にそんなことは影路も高神楽も知る筈ないし、誰も絶対に口外はしないだろ。

 だから、確かにコイツはアルスだよ。ムカつくけどアルスだ。本当に腹立たしいけど」


「なるほど……」


 いかな裕希と言えど、それ以上突っ込むことは出来ずに引き下がった。隣では葵がまだ咳き込んでいる。裕希は気の毒そうに彼の背をさすった。

 さっきの失言にまたアルスを軽く叩いてから、潤は三人へ両手を合わせた。


「本っ当にこんなお願いするのは忍びないんだけどさ。元に戻れるようになるまで預かってくれるところないかな。流石にコイツを女子寮に連れてく訳にゃいかないんだ」

「私としては女子寮とやらに行ってみたかったのだが」

「行く訳ねえだろあらゆる意味合いで行ける訳ねえだろ絶対連れてかねえよふざけんなボケが」


 アルスを睨みつけて潤は威嚇した。だが相変わらずアルスは全く堪えていないようだ。

 コーラを飲みながら、こちらもまた暢気に裕希が尋ねる。


「事情は分かったけどさ。何で月谷がそんな必死なの」

「『このままじゃ餓死か凍死だ、私には他に頼れる者がいない』って縋りつかれて放っとけるわけないだろ。下手に放っといたら本気で誰かにセクハラで訴えられかねないし」

「心外だな。私が人の子に害なす所業をする筈がないだろう」

「自分の行動を振り返って一切の信憑性が無いことに気付けゲス聖獣」


 潤は大きく息を吐いてから、真顔になって三人へ訴える。


「それにだ。こいつは誰かの監視下に置かないと、私ならともかく、そのうち、あっきーやはったんにも接触してセクハラかましだすぞ」


 彼女の言に、葵と裕希はぴくりと反応する。

 そして、二人の目線が静かに京也に移った。


「……京也」

「悪い……頼めるか……」

「どうせ……こうなるだろうと……思っていた……!」


 両手で頭を抱えていた京也は、腹を括った様に顔を上げた。

 真顔で潤を見遣ると、彼はアルスに向け人差し指を突きつける。


「分かったよ。僕が見てるのが一番無難で安全だろうし。

 その代わり、押し付けっぱなしにするんじゃなく、たまには様子を見にこいよ」

「了解です京也センパイー!! あざーっす!!!」


 弾んだ声を出し、潤は両手を挙げる。その横ですかさずアルスが潤の脇の下を、つー、となぞり、快哉は色気のない叫びに変わった。

 再び怒り心頭の潤がアルスの襟首を締め上げようとするが、その前にアルスが軽く悲鳴を上げる。テーブルの下で、思い切り京也が彼の足を踏みつけたのだった。


「京也センパイとやら。痛いぞ」

「うるせぇいい加減にしろ調子に乗るんじゃないぞゲス聖獣……」


 据わった目つきで京也はアルスを睨む。

 そして京也は、また深くため息を吐き出すのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る