マネージャーの友好的来訪

――2005年10月16日。




 やっほーはろーはろー! どうもお久しぶり、妃子ちゃんでーす!

 え、私が誰か分からないって? いやあねぇ忘れないでいて欲しいわぁ、チームCの紅一点・ベリーこと東風院とうふういん妃子きさこよ。


 一回ちらっとフルネームが登場しただけの人物なんてろくに覚えてるわけねーだろ、ですって? あらやだつれないじゃない、これでも名字はそれなりに珍しいからインパクト与えてたと思ったんだけど案外そうでもなかったようね、まあ他にも高神楽たかぐらとか影路かげろとか珍しい名字のお家が色々登場してきてくれちゃったし、ネームバリュー的にもそこには敵わないから致し方ないかしら。


 それにしてもいくら先月に登場しなかったからって夏休みには結構活躍したはずなのに心外だわぁ、だってキャラ多しと言えどもこんなに長々と話す人物なんて私くらいしかいないでしょう気付いてくれたっていいじゃないの、そこのところ分かっていてもらわないと困るわ。

 どうせだったらこの調子で句点も読点も改行もそこそこに私の本調子で喋り続けちゃおうかしら、そうしたら流石に私だって思い出してくれるわよねきっとそうだわ別にこれくらい私は苦じゃないしいっそ全部この地の文で行くわ、びっしりと画面一杯に文字が並んでいる様を見て恐れ慄けばいいのよ、一見様いちげんさまブラバ案件だわね。でもどうせこんなところまで読んでくれてる読者様ならこのくらいで今更戻ったりはしないでしょうだってもう115話目ですってよ随分と長くなったわよねぇ節度ってものを知らないのかしらこれまだ折り返し地点に来たところくらいらしいわよ一体いつになったら完結するのかしらね。でも万が一最新話から来てこの話を最初に読んだ人がいた場合には他のエピソードはこうじゃないってことは申し添えておくわ、だってずっとこの調子だと読者どころか作者まで発狂しちゃいそうだものうふふ。

 え、メタな発言はやめろって? 別にいいじゃないこれだけ長々と書き連ねてたらどうせ誰もまともに本文なんか読んじゃいないわよ適当に適当なところで空行があるところくらいまで読み飛ばしてくれてると思うわいえーい読んでるう? 今日の朝食はブリオッシュだったのよお洒落でしょう。



 読みにくいから止めてくれって?

 しょうがないわね、程よく区切りを入れるわよ。



 さて、私が脳内でズダダダッとあふれるとめどない思考を流している間に身体の方は何をしているのかといえば、自主舞央祭の会場たる舞橋中央高校の構内をそぞろ歩いているところ。

 まだ午前中で始まったばかりだけれども流石は学園祭が有名なだけあるわね、なかなか人手が多くて盛り上がってるわ。私の通う聖憐せいれん学院がくいんはミッション系だからかどうしてもお上品になってしまって、学園祭もこういう雑多な賑わいの雰囲気にはならないんだけれど、私個人としてはこういういかにもお祭りって雰囲気は好きね。


 けれどそんなお嬢様やお上品な生徒の比較的多い学友は、いまいち舞央祭に来るのに乗り気じゃなかったので、一人でこの賑わいをマイペースに楽しんでいるってわけ。


 学園祭っていうと他校の生徒は制服で参戦するのがいかにも青春って感じでテンションあがるんだけど、一人で来てることもあるし私服で来ているの。割と近隣の男子高生から聖憐学院は人気があって、ただでさえ一人は目立つのに、この制服だと余計に引く手数多で目立っちゃうのよね。

 これは嫌味でもなんでもなく、ただただはた迷惑って話よ。だって制服を見て判断する人なんて男女問わず願い下げじゃあなくって?

 因みに舞橋市の男子高生の間で「彼女にするなら聖憐学院、結婚するなら舞橋女子高校」って囁かれてる伝統の言葉があるらしいのよ。失礼しちゃう。そのくせ、私達を揶揄やゆする時に、あかがね色の制服から「チャバネゴキブリ」って呼んでいるのも知ってるんですからね。誰が制服で判断する他校の男子と付き合ってやるもんですか。


 一人で来るとそうやって面倒なことばかりだけれど、それでも私は軽やかに舞央祭にやって来たのよ。

 だって京ちゃんが生徒会長で退任挨拶をする上に、杏季ちゃんたちがバンドをやるって聞いたら、来ない理由がないじゃない。


 京ちゃんも杏季ちゃんたちも出番は午後らしいけれど、お昼以降は忙しくなるだろうから、それより早めにちょっと激励と差し入れをしようと思って午前中から現地入りを果たしているの。

 とはいえ部外者の私に控室が分かるはずもなく、パンフレットをにらみながら怪しいところをうろついているのが現在。うーん、メールで聞いてみたけど返事が来ないのよね。やっぱり忙しくて迷惑だったかしら。

 と及び腰になっていたら、その怪しいところがビンゴだったようで、京ちゃんの姿を発見。後ろを向いていて私にはまだ気が付いていないようなので、そろりそろりと音を立てずに近付いて背中に飛びかかる。


「捕獲!」

「うわぁ!?」 


 彼にしてみればだいぶ大仰な声をあげて驚いてくれた。してやったり。

 こんなに泡くった反応見たの久しぶりだわ。中学の時以来かしら。あの時は流石に申し訳ないことをしてしまったけれど、今はこうしてお互い吹っ切れてるんだからともあれまあいいわ。

 息を整えながら振り向くと、京ちゃんはあからさまに呆れた表情をした。


「なんだ、ヒメか」

「なんだとは何よ」


 全く失礼しちゃう。

 あ、因みにヒメってのは私のあだ名ね。京ちゃんは私のことをそう呼んでくれるの。といっても呼ばせたのは私なんだけど。

 小さい頃の私は、幼馴染の京ちゃんに私をそう呼ぶように強要してたの。だって妃よりも姫の方が可愛いじゃない。今思うとちょっとだいぶ恥ずかしい話だけど。

 その呼び名がそのまま大きくなっても残って、未だに京ちゃんは私のことをヒメと呼ぶ。十年以上もずっとそれで呼んでたら今更直せないわよね。


 それにしても髪はボサボサだし随分とぼーっとしていたみたいだけど、大丈夫かしら。学祭実行委員ではないはずだけど、生徒会長だもの忙しいのよね。

 それを指摘すると、忙しさは認めた後で、京ちゃんは少々ばつが悪そうに前髪をつまんだ。


「……挨拶を考えてたんだよ」

「原稿は作ってあるんでしょう?」

「大方はな。一語一句まで決めてるわけじゃない。今回は、流石に緊張する」


 そりゃあそうよね普段は同じ高校の生徒だけなのに今回は外部の人も沢山入っている中での演説だもの。もっとも身内相手だって全校生徒を前にしたら大抵は緊張すると思うけれど。


「ヒメは、杏季ちゃんたちの舞台の後に、そのまま演説も聞いていくつもりなのか」

「勿論よ。だって京ちゃんの晴れ舞台でもあるもの」


 そうか、と複雑そうな表情の京ちゃん。まあ身内に聞かれるのは複雑でしょうね。でも今日来られない京ちゃんのおじさまとおばさまに代わって私が撮ってくるって約束したもの何が何でも聞かなくっちゃあ。これは流石に京ちゃんには内緒だけど。絶対嫌がるからね。

 ため息をついてから、京ちゃんはおずおずと尋ねてくる。


「体調は、大丈夫なのか」


 あら私が風邪引いてること何で知ってるのよお母さんあたりが喋ったのかしら、心配してくれるのはありがたいけどでも、


「まあちょっと風邪気味だけど全然これくらいたいしたことないわそれよりあなたの方が無理してるでしょういくら忙しいからってちゃんとご飯食べてしっかり寝てるの?」

「はいはい分かった分かった僕が悪かった!」


 よっぽどあなたの方が倒れそうなのに人の心配してる場合じゃないわよまったく。

 学業に生徒会に家事までこなしているんだもの、オーバーワークよオーバーワーク。けれどそれをこなして乗り切ってきたんだから京ちゃんは本当に凄いわあ。

 学校のことは何もできないけれど、せめて生活面や健康面くらいは私が目をかけてあげなくっちゃあ。大事な幼馴染なんだから。放っておくとこの人、自分のことは二の次になりかねないもの。




 京ちゃんへの挨拶と激励と差し入れを済ませて(飲み物だけ受け取って、喉が乾くからと手作りのクッキーは拒否されてしまったけれど。帰りに家のポストに突っ込んでやろう)、杏季ちゃんたちのいる控室に向かう。

 高校の学園祭だからバンド毎に個室を用意する余裕なんて勿論なくて、午後の企画に出演する人たちが広い教室で一緒くたに待機している。人と機材でごちゃごちゃしていたけれども、奥の方に見知った姿を見つけて私はぶんぶんと手を振った。


「来たわよ杏季ちゃん!」

「妃子ちゃん!」


 いつものように勢いよく、私は彼女に抱きついた。


 意外に思うかもしれないけれども、夏以降の私たちはとても仲良くしている。

 あの頃のことは水に流して、まるで最初から何もなかったかのように、さっぱりと彼女たちは付き合ってくれているの。

 とはいえそれでも首謀者だった水橋の立場だったらこうは行かなかったでしょうね。宮代に粛清されて、こちらの世界でも彼は今、様々な意味で孤立してしまっていると聞くわ。

 けれども幸い私は、立ち振舞と事情が考慮され、その憂き目に合わずに済んだの。


 元々あの時も、私は彼女に害なすつもりはなかったのだし。むしろ宮代みやしろ竜太りょうたがいなくなって歯止めが効かなくなった水橋みずはし廉治ゆきはるの凶行を必死になって抑えようとしていた側よ。あの時の奴は本当に酷かったもの。立場上、どうしても手出しが出来ない部分が大きくて、本当に歯がゆかったし情けなかった。あいつがそこまで考えているだなんて思いもしなかったのよ。

 そもそも私はこの子を守るために研鑽けんさんを積んできたはずだったのだし。あいつに負けてしまわなければ、私こそがこの子の側についている筈だったのに。

 数年前にそれは打ち砕かれてしまったけれども。


「ありがとね! 友達が来られなかったのに、来てくれて本当ありがとう!」

「いいのよだって私が来たいから来たんだもの。これ差し入れだから皆で食べてね、ほら月谷くんも携帯見て難しい顔してないでちょっとは息抜きしなさいな」

「私は! 一応! 女!! だ!!!」

「知ってるわよ月谷くん」

「く! ど! い!」

「別にそれくらいいいじゃん月谷くん」

「お前も便乗するな変態メガネ!」

「何だ貴様、ご要望に応じて変態してやろうか? ローアングルでミニスカ姿を撮影してやろうか?」

「やめろ。本当にそれはやめろください」

「大丈夫だよはったん。もう撮ったから」

「なっちゃあああああん!?」

「それ私にももらえるかしら奈由ちゃんアルフォート3箱でどう?」

「了解した。おまけにノリノリで決めポーズしてた時のブロマイドも付けよう」

「なっちゃあああああん!?」


 そして現在の関係性は、こんな感じ。

 夏の時も、私個人と彼女たちとは決して険悪じゃなかった。あの時は流石にお互い突っ込んで話は出来なかったけれど、その後にたまたま町で皆とばったり会って意気投合して、その後は杏季ちゃんを中心に仲良くさせてもらっているのよね。


 ただ、一人だけ例外はいるけれども。

 佐竹さたけ琴美ことみだ。


 あいつとは夏以降、顔を合わせていない。

 あいつは夏の終わりに寮を出て、それからは少し彼女たちと疎遠になっているらしい。

 決してそのつもりでないのだろうことは分かっていけれど、その奴の空いたスペースへ代わりに私が入り込んだように思えて、少しばかり気持ちが悪い。


 彼女たちは決して悪くない。

 思うのは、このタイミングで消え去ったあいつに対してだ。

 理由もまた分かってはいるのだけれど。仕方のないことではあるんだろう。


 駄目だ、どうしてもあいつのことになると鬱屈してた気持ちが湧いてきてしまう。いけないわね。いい加減、切り替えないといけないのに。


 あいつのことは嫌いだ。

 言われたこともされたことも決して忘れてやらない。

 私たちはお互いにお互いを嫌っている。


 けれども、半分はあいつの性格に依るものだとしても。

 半分はお家のせいだってことも分かってはいる。


 ここまで私たちがいがみ合うことになったのは、その上の政治的な理由のせいだ。それがなければもう少しはまともな印象をお互いに抱くことができただろう。

 けれど私たちは、否応なしに対立して相手を蹴落とすことを目的にさせられた。だから私たちも、そういう態度を、行動を、とったのだ。

 あいつはあちらの事情と威信を背負って私に挑み、本来は有利であるはずだった、多分無意識にあいつを下に見ていた私を打ち負かした訳だから、その後は高圧的にもなるだろう。

 許しちゃいないけどね。


 私が、杏季ちゃんと、こんな風に仲良くできる立場じゃないのは分かってる。

 だけど私は彼女と違って、

 その立場にならなかったのだ。

 結果、何からも私は縛られていない。咎められることだってないのだ。


 この点に関してだけは唯一私のアドバンテージであり、同時に数年経っても拭い去れない劣等感でもあるのだから、本当に面倒くさい。


 けど、彼女に対しては、申し訳ないけど素直にこう思うわ。

 ざまあみろ。






 控室をでると、またしても見知った顔に出会った。

 高神楽たかぐら直彦なおひこ、よ。


 彼の処遇がどうなったのか、実はよく知らないの。

 その直後に起きた、兄の高神楽たかぐら文彦ふみひこの所業の方が、箝口令かんこうれいを敷かれた夏の出来事と違ってどうしても目立って伝わってきてしまうのよね。

 もっとも彼に関しては、そもそも私は突っ込んで話をし辛いのよ。

 高神楽は東風院の上部組織のようなものなのよね。口を出せる立場じゃあないの。


 けれども私たちの家は密接な協力関係にあるはずで、もっと彼とは親しくしていてもいいと思うのに。

 だけど何故か彼は異様によそよそしいのだ。チームCにいた時には一緒に活動してたっていうのに、ほとんど話をしてくれないし。女子が駄目って訳でもなさそうなんだけどねぇ。


 とはいえ申し訳ないことに、その態度にちょっと心当たりはある。

 私が昔のことを覚えていなかったせいだ。

 どうやら幼少期、今の家に引っ越す前は近くに住んでいて一緒に遊んだことがあるらしいんだけど、再会した時に私、昔過ぎて覚えてなかったのよね。

 けれど事情は説明したし、今からでもまた友だちになってくれたっていいのに。


 だからどう接したものか、いつも私は悩む。どうしようかなあ、普段のテンションでうるさくして嫌われたくないからほどほどがいいかなあ。

 と悶々としつつ当たり障りのない挨拶を交わしてから、彼は何故か固い表情で聞いてくる。


「……バンドを観に行くの」

「観るわよ当たり前じゃない」


 だってそのために来たんだもの。

 京ちゃんにやるみたいに長々言って煙たがられるのが嫌で短くそう答えると、彼はそれ以上に短く、


「いや、別に」


 と返してきた。

 本当にそっけない。

 もう少し、話をしてくれてもいいじゃないの。

 ちょっとふてくされながら私はそそくさと彼と別れた。




 何故だろう。

 いつものことではあるんだけれど。


 なんだか彼と話した後は、妙に心の奥がざわざわする。

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