スポンサーの戦略的撤退
――2005年10月15日。
レディース・エーン・マドモアゼル。
どーも。ついに満を持して真打ち登場、皆様お待ちかね
長らく最前線から遠のいていたお詫びに、野に咲く可憐なフロイラインたちにはありったけの賛美を君の気が済むまでお贈りしよう。野郎は知らん。
さあて。普段は東京にいるインテリジェンスこと俺が、お盆でも年末年始でもない半端なこの時期に舞橋市へ姿を現したのは何故かと言いったら、それはここ二週間のうちに起こった突飛な出来事に因る。
明日は日曜日。明日何があるかというのは、これまでの流れから聡明なプリンセスは既に重々お察しのことと思うが、言わずもがな潤たちが学園祭に出演する日だった。
潤から学園祭の話を聞いた時。俺は真っ先に一つのことに着目した。
担当はそれぞれ、潤がドラム。奈由がキーボード。春ちゃんがベース。杏季ちゃんがボーカル。
一見バランスの良い布陣だが、何か物足りない気がしないだろうか。
お分かりいただけただろうか。
イグザクトリィ!
そう、ギターだ。
バンドといったら。大抵の場合、何はなくともまずギターを連想することが多いんじゃないだろうか。テトラゴンにはそれが足りない。
あのアホこと潤と血を分けているにしては、奴より遙かに
だって俺だって学校でバンドやったし。ボーカルと兼任だったし。
そんなわけで、俺がギターをやってやろうと潤に申し出たところ、
「なっちゃんがキーボードでメインパート弾くから貴様はいらん。六月の文化祭で成り立ってた時点で察しろ。むしろ今更出てこられたところで余計に混乱する引っ込めこの阿呆」
という実につれない返事が返ってきた。そりゃないぜ。
そういった経緯で、俺は潤にちょっとばかり報復を兼ねた悪戯を試みようと思い、一日早く現地入りを果たしたのだった。
+++++
学園祭前日。潤たち四人組は、いつものアジトとやらに集って最終調整に余念がなかった。
一方で俺が目を覚ましたのは、既に正午をまわった昼下がり。たまに帰ってくる実家だと気が抜けてこんなもんだよな。母さんの作ってくれた久々の手料理を頬張りながら、俺はのろのろと支度をする。
何の支度かって? 勿論、潤たちのいるアジトに乗り込む為の支度だ。いつもなら手ぶらで出かけるところを、本日はちょっとばかし仕込みがあるので、ボストンバッグとリュックを背負い、なかなかの大荷物で行く。
荷物があるので天気が良いのが何よりだ。俺は昔から強烈に晴れ男だから、当たり前っちゃ当たり前なんだけど。ただし代わりに潤が雨女だから、二人でいると結局は天気予報通りの天候になる。
つまり、今日と明日は無事に一日中晴れだ。
中学から東京にいるとはいえ、そこは地元の舞橋市民。特に迷うこともなくアジトにたどり着くと、俺はそっとドアを潜り抜ける。予想通り鍵はかかっていない。防犯上どうかと思うぜ。
鍵がかかってたら奈由に助けを求めようかと思ったけど、その心配もなかったので、俺は誰にも悟られずにアジトへ侵入を果たした。
へえ。ここが、そうなのか。
辺りを見回し、二階へ昇る階段を確認。そして、潤たちが練習をしている地下室への階段も滞りなく発見し、音を立てずに階段を降りる。
地下室は防音仕様だそうで、なるほどドアの側まで寄らなければ演奏の音は聞こえない。つまりそれはちょっとした物音ならこちらの音も聞こえにくいわけで、幸いとばかりにちゃちゃっと俺は仕込みをする。
仕込みが完了すると、ドアの向こうでもどうやら演奏が一区切りついたとみえるタイミングで潤に電話を掛け。「差し入れを持ってきた」などと適当な理由をつけて、潤を外へ呼び出した。
ぶつくさ文句を言う声が聞こえ、勢いよくドアが開く。
と、同時に。
ドアの真上に設置されたポリバケツがひっくり返り、潤の頭上からざばりと水がかかった。
一応断っておくが。もし万が一、潤以外の子が外に出てきたんだったら、俺は計画を中止していた。レディにそんな無体は働かない。
だけど出てきたのは目論見通りに潤だったため、俺は堂々と紐を引いてバケツの水をひっくり返した。とはいっても、そこまで大量の水じゃない。掃除が大変だしなー。髪はずぶ濡れでも、服にそこまでの被害はないはずだ。上着は濡れるだろうけど。
頭から水を被って、何が起こったのか
「よお、潤。目ぇ覚めたか。華麗に俺様が参上してやったぜ」
「てんめえええええええ恵いいいいいいい!!」
びしょ濡れのまま潤は俺につかみかかってきた。待て、俺まで濡れるだろ。着替えがあるから良いけどさ。
だらりと間抜けに垂れ下がった潤の前髪をかき分ける。
「寝癖が直って良かったじゃねーか」
「良かねーだろ! 全身びしょ濡れじゃねーか!」
「そう思って着替えを用意しておいた。感謝しろよな」
「ああそうどうもありがとうな! どうしてわざわざそんな手間かけてまで馬鹿な真似すんだよてめーはよお!!」
「俺の出番がなくなってムカついたから、兼パフォーマンス」
「そんなこったろうと思ったよ! 差し入れなんざお前らしくもねーもっともらしいこと言いやがって!」
「あ、差し入れは本当だぞ。母さんから人数分のシュークリーム受け取ってきた。感謝しろよな」
「どうもありがとうなあ!!」
全く感謝の色が見えない怒号で潤は言い放った。これで感謝感激雨嵐だったら逆に怖いから良いんだけどな。
騒ぎを聞きつけたらしい三人も部屋の奥から出てくる。春ちゃんは、あちゃーと言いながら潤にすかさずハンカチを投げつけ。杏季ちゃんは春ちゃんの背中に隠れながらおろおろと状況を見守り。
奈由はいつの間にか、俺のすぐ側まで歩み寄ってきていた。
どきりとして俺は潤を離す。じっと奈由は俺の顔を覗き込んだ。
「……何でこんなことしたの?」
「言ったろ。俺に出番をくれなかった報復だなー」
「そんなこと。四ヶ月前の文化祭の時点で分かってたでしょう、私がギターのパートを弾くってことくらい」
分かってたよ。
とは、言わない。
やっぱり手強いな。
春ちゃんや杏季ちゃんが「月谷姉弟だから」で流してくれるところを。奈由は
いつもだったら大歓迎なんだけど。今回ばかりは、見逃して欲しかったんだけどな。その為の無駄に派手なパフォーマンスなんだし。
ここは逃げ切るしかない。
「さあ。一名の阿呆と三名の麗しきお嬢様方。
今宵は数多な星々の中でもとりわけ
宵じゃないけど、野暮なことは言いなさんな。
俺は恭しく一礼してから、左腕で背後を指し示した。
しかと見届けてくれよ。イリュージョンを見逃すな。
指をぱちりと鳴らせば、階段を昇りきった突き当たり、一階の廊下部分に掛けられていた白い布がはらりと落ちる。
「俺からの差し入れ、プレゼントだ」
壁に見せかけていた巨大な布が取り払われた先。
そこに置かれているのは、一体のマネキンだ。本当は四体全部並べたかったところだけど、俺に運ぶ気力がなかった。
「うわー! 何これ何これ、すっごい!」
真っ先に反応したのは春ちゃん。一階への階段を駆け昇り、彼女に続いて他の三人も続く。
マネキンが着ているのは、ガールズバンドの舞台衣装だ。半袖パフスリーブの白いブラウスに黒のベストと、青いタータンチェックのネクタイ。ボトムは膝より少し上の丈のスカートで、ネクタイと同色のタータンチェックだ。裾からは少しだけ白いフリルが覗いている。
マネキンが着ているのは青い衣装だけど、実際には四種類あって、潤が青、奈由が緑、春ちゃんが黄、杏季ちゃんが赤を基調とした衣装になっている。実はデザインも人に合わせてちょっとずつ変えてるんだけど、そこはまあ、微細なので置いておく。サイズもデザインも四人に合わせた手作りだ。
学園祭の舞台に、四人は文化祭の時のTシャツと制服のスカートを着て出ると言っていた。でもそれじゃ味気ないだろ。
どうせだったら、もっと可愛く、もっと素敵な衣装で、舞台を華やがせてくれればいい。
制服をちょい派手にした感じの、ある意味スタンダードなデザイン。ガールズバンドに相応しいだろ?
縫製もしっかりしている衣装をまじまじと見つめながら、潤が真顔で振り返る。
「お前……恵のくせにやるじゃねーか……」
「俺の企画力ナメんなよ」
ここぞとばかりに俺は親指を立ててみせる。どうやら潤も含めて彼女たちは大変お気に召してくれたようなので、俺としちゃ既にこの舞台は大成功だったといっていい。本番は明日だけどな。
「しっかしこの衣装どうしたんだよ?」
「色んなとこに協力をお願いして実現致しました」
才能に溢れる恵くんとはいえ、俺は一人しかいないのだから限界はある。けど世の中には、俺だって持ち合わせていないような各種能力に秀でた人が山といるのだ。俺は単に声を掛けてお願いしただけだ。ついでに後学のためいろいろ教わったりした。結構、自分でも楽しんでいる。
うおう。
俺も俺とて満足に浸っていたら、ちょっと予期せぬ展開になっていた。
あ……ありのまま今起こったことを話すぜ。
マイスイートこと奈由が不意に真顔で振り向いたと思ったら、奈由から壁ドンされていた。
一瞬何をされたのか分からなかった……頭がどうにかなりそry
「お金はどうしたの?」
俺の思考を遮って、静かな口調で奈由が詰問した。
潤や他の三人は衣装に夢中で、こちらの不穏な様子には気づいていないようだ。
「これ。購入したにせよ手作りしたにせよ、相当かかったでしょう」
「ちょっと臨時収入があってさー」
俺は至って平然と答える。
「俺からの差し入れなんだからさ。お金のことは気にしないでくれよ。やましい金では決してないし」
「じゃあ。やましいのは、別のところにあるってわけ?」
全く。到底、適わない。
顔には出さないながら、俺は困り果てた。逃げ切るのは無理だったらしい。
だったらもう少し乱暴な方法で逃げるしかないか。
ごめん。ごめんな、奈由。
俺はちょっと最低な手を使う。
「そうだな。だいぶ、やましい」
奈由の腰に手を当てて、壁を押さえた手を掴みくるりと形勢逆転。今度は俺が奈由を壁の間に挟み込む形になる。
「こうでもしないと。奈由はミニスカートを着てくれないだろ」
「……ばっかじゃないの!!」
顔を赤くしながら盛大に睨み、しかし他の三人に気づかれないように小声でなじると、奈由はするりと俺の手からすり抜けて皆のところに逃げ出した。
ま。逃がしたんだけどね。
全く。手強いったらありゃしない。
本当に色んな面で、彼女は手強すぎる。
俺の、唯一人の女の子。
彼女は知らない。
中学と高校前半の約五年間。どうしようもなく溝が出来ていた俺と潤の間を、いとも簡単に埋めてみせたのは。
あっさりとくだらない柵を切り捨てて、俺たちの間に立ちはだかっていた壁を取り払ってくれたのは、他ならぬ奈由なんだってこと。
それをさっ引いたとしても。出会って初めて会話をしたその時から、俺は奈由に完全に骨抜きにされてるんだってことを。
奈由は知らない。言っても、信じないんだ。
もうちょっと。もうちょっとこの子は、自分に魅力があるんだってこと。自覚した方がいい。
でないと俺がいくら目を光らせても足りないだろう。今は女子校だから安心して見ていられるけど。京也たちも驚くほどに草食だったり奈由狙いではないから今は安心だけども。
外に出たら、あの子は狙われまくるに決まってるんだ。
何度も何度も何度も何度も口説いたけれど、俺は奈由からさっぱり相手にされていない。
ストレートに言ってもあしらわれるだけだから、あの手この手を模索してる。昨日だって、奈由が好きそうな分野から引用して、複数回にわたって告白したつもりだったけれど。今日会ったときだって平然としていたところを見ると、毛ほども相手にされちゃいないようだった。
友人の弟で、見境なく女に手を出すどうしようもないタラシ。俺はそんなポジションから進展しないまま、高校生活を終えようとしている。
奈由に会ってから。奈由以外の女性を本気で口説いたことなんか、一度だってないんだけどな。
別に、いいけどね。
長期戦でいく構えだから。
奈由のためだったら。俺はどんな長期戦でも耐え抜いてみせるよ。俺の唯一人の女の子。
さあて。
女性陣を喜ばせることも出来たことだし。
ちょっとばかし、野暮用を済ませるとするかね。
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