騒然ナチュラル(3)

 春とイレブンス――即ち葵との戦いと、文彦とフォースとの戦いが繰り広げられる一方。

 苑條とフィフスは、少し離れた場所で彼らの戦い様を静観していた。


 いつの間にかフィフスはビデオカメラを手にしていた。フォースの戦いぶりを眺めながら、彼は賞賛するように低く口笛を吹く。


「相変わらずフォースさんは格好いいっすねぇ。ま、属性柄か二人とも理術はほっとんど使ってませんけど。

 ……に、しても」


 彼は傍らの苑條を恨めしげに見やる。


「僕だけビデオ撮影係って、地味すぎないすか姐さん」

「あらあ。じゃあ、あなたが代わりに戦いに行く? フィフス」

「冗談やめてくださいよ、僕の術は戦闘向きじゃないんですから。生身で行ったら速攻ボコされちゃいます。フォースさんと違って、僕はただのか弱い美少年なんですよ」


 フィフスは不満げに口を尖らせた。


「そうじゃなくて。別にいらなくないっすか、僕。姐さんに手ぇ出しにくる輩だって深月さんが止めてる訳ですし、データなら後で取ればいいじゃないっすか」

「データ収集は大事よお。そりゃあ彼女とイレブンスのデータならこれからいくらでもとれるけど、あの高神楽との戦闘データを取る機会なんて滅多にないもの。貴重だわあ」

「そーかもしれないですけどねー」

「なぁに珍しく反抗的じゃない。逆らいたいの?」

「いいえ、ちょーっといじけただけですよ。それより」


 苑條の言葉を遮るように、早口でフィフスは続ける。


「まだ来たばっかのイレブンスさんを、古にぶつけたのはなんでです?

 フォースさんと高神楽とのデータを取りたいってのは分かりますけど。それにしても、姐さんの力で開眼したとはいえ、古の相手がイレブンスさんで大丈夫なんですか。

 相手が古だったら、僕も勿論ですけど、ナインスさんとだってぶつけたりしないでしょう」

「イレブンスが草属性だからよう」


 そう答え、苑條はにたりと笑った。

 彼女の視線の先にあるのは、葵の蔓で身動きがとれなくなっている春だ。


「あの子は炎属性の術を満足には操れないからねえ」

「え?」


 苑條の言葉にフィフスは目を瞬かせた。彼女の視線を追い、不可解そうな表情で春たちと苑條とを見比べる。


「だって、古で覚醒してれば、自然系統は全部お手の物でしょう。炎だけどうして駄目なんです?」

「前に古だった『彼女』が、元々は炎属性だったからよ」


 頬に人差し指をあて、苑條は春をなめるような視線で観察した。

 植物でがんじがらめにされてもなお、春は炎を出す気配はない。


「『彼女』は古になってからも、炎属性の術については元から自分に宿ってた精霊の力を借りていたのよ。だからあの聖獣ちゃんは、炎属性の技に手慣れてないし、術を呼び出すワードも覚えてないってわけ」

「普通、上から別の精霊や聖獣が憑いたら、元から宿っていた属性のものは眠りにつくって聞きましたけど」

「普通はね」


 苑條はにたりと笑う。


「アタシが眠った方も強制的に目覚めさせたからに決まってるじゃない。

 二種以上の精霊が目覚めた状態を保ったら、人体にどんな影響があるか確認したかったのよう。二種の場合だと、ちょっと身体的・精神的に不調をきたしたり、軽ーく解離性障害を覚えるくらいねえ。

 三種以上は一体どうなるのか、あの子できちんと確かめなきゃ」

「……マジっすか。流石姐さんっすね」


 慄いた様子でフィフスは息を吐き出した。

 上の空で思案しながら、更に苑條は付け加える。


「そうね。今のあの子は、適当にただ炎を出すくらいなら出来るわあ。

 でも戦闘に使用できるような術の経験は聖獣の中で全く育ってない。現時点では赤子も同然なの。

 だからこそ、イレブンスをぶつけても安全なのよう。細かい調整が出来ない状態で炎を出したら、火傷するのは自分だものねぇ?

 あとは、イレブンスと彼女を戦わせたかったっていうのもあるわあ。愛しい彼女と戦わせた方が、見てるこっちも面白いじゃない。さっき急に彼女と戦えって言ったとき、動揺してたのも面白かったわね?」

「なるほど。……ならイレブンスさんは、大丈夫ですね?」


 小声で言ってフィフスは頷いた。

 彼は苑條から目を反らし、フォースたちの戦いを眺める。文彦とフォースの戦いはほとんど互角に見えたが、初めの一撃と文彦の動揺があるためか、やや文彦の劣勢だろうか。

 激しい攻防の中で衣類は乱れ、文彦の胸元ははだけていた。日光を受けて、ちらりと銀色の光が反射する。

 彼らの戦いぶりを確認した後、フィフスは再び葵たちの方へ視線を向けた。


「葵さーん! 思う存分やっちゃってください!」

「うるせぇ黙ってろ!」


 威勢の良い、葵の声が返ってくる。フードの下からフィフスはにんまりと笑った。

 苑條もまた満足げに一帯を見回す。


「ずっと欠番続きだったけど、これで全部埋まるわね。ようやく終わるわぁ」

「本当に。そう、ですね」


 フィフスは短く答え、パーカーのポケットに手を入れた。






 地面からするりと蔓が伸びる。しなやかに伸びた植物は、相手の動きを封じすように瞬く間に幾重にも巻き付いた。

 これまでに何度も見慣れた葵の術だ。


 だが一つ、いつもと違っているのは、味方としてではなく、敵対する側として術を使われているという点であった。

 まだ彼がビー側にいた時にも、春は葵と戦ったことはあった。だがその時の記憶より、仲間として過ごしてきた時間の方が濃く長い。


 葵の術は、春が放心した一瞬の間に、彼女の足から胴体までを頑丈に拘束した。腕も固定され、満足に動かすことができない。ろくに理術を放つことすらできない有様だった。


「葵くん、どうして」


 術を放たれてもなお、まだ信じられないといった様子で、春は微かに震えた声で尋ねた。何度瞬きしても、目の前にいる彼は、染沢葵その人に間違いなかった。


「ごめん、春さん」


 また葵はそう呟いた。

 既に顔の露わになった葵は、完全にフードを外してしまうと、顔を上げて真っ直ぐに春を見つめる。


「俺、自分から苑條のところに行ったんだ」


 本人から決定的な一言を告げられ、春は声を失った。

 どこか悲しげな面持ちで葵は続ける。


「あいつから守るためには、こうしなきゃならなかったんだ」

「だからって、苑條の仲間になるなんて!」

「そうするしかなかった」


 強い口調で言って、葵は拳を握りしめる。


「このままだと春さんは、高神楽文彦にいいように利用されちまう。あの野郎に何をされるか分かったもんじゃない」

「苑條のところだって御免だってば! そっちだって同じでしょう!」

「同じじゃねぇよ。高神楽文彦に取られるぐらいだったら、こっちの方がよっぽどもマシだったんだ」


 春は下唇を噛みしめる。

 葵は何をどうして苑條の元に下ってしまったのか。彼のことは気がかりではあるが、しかしお喋りをしている余裕はなかった。このままでは本当に苑條に連れ去られてしまう。それだけは避けたい。

 彼女は目を閉じ、叫ぶ。


「“フォルティッシモ”!」


 春の体中に、眩い雷撃が迸る。

 先日、苑條の術はこれで焼き切ることができた。


 だが。


「無駄だよ、春さん」


 静かな声音で葵は告げた。

 春の体には、相変わらず蔓が巻き付いたままだ。


「今の俺は、開眼してる。ちょっとやそっとじゃ蔓は焼き切れない」


 蔓は、表面に軽く焦げ目が付いた程度で、まだびくともしない。何度も繰り返せばやがて脆くはなるだろうが、術者の葵が目の前にいては、また術をかけられてしまうだけだろう。


 蔓から逃れられなかったのは、葵が開眼しているからだけではない。

 術の名は雷属性だった時と同じものを使用しているが、本体は今や聖獣にとって代わっている。


 術の名と中身とを結びつけているのはそもそもが春の意識なので、彼女がそうと念じて放てば同じ術は使用できた。

 だが、母体が違うので威力は異なるのだ。それは数日前に文彦と術を試した際にも味わったことだった。

 覚醒した古が使う自然系統の術より、覚醒した・あるいは覚醒しかけている自然系統の術の方が、威力は強い。


 自分の最大の術が破れ、春がいよいよ焦りを隠しきれなくなった時。

 苑條たちの方から、場違いに愉しげな声が聞こえる。


「葵さーん! 思う存分やっちゃってください!」

「うるせぇ黙ってろ!」


 前に立つ葵が、どこか苦々しい面持ちでそうフィフスに言い返すと。

 彼は少し緊張した様子で春に向き直る。


「春さん」


 一言、そう言いおき。

 葵は春に巻き付いた蔓の上から、ふわりと優しく彼女を抱きしめた。


 突然のことで、春は目を見開く。別の意味で硬直しきった春は裏返った声を挙げるが、葵は構わず春の耳元へ口を近づけた。

 葵は、ぼそりと何事かを彼女へ囁く。


 彼の言葉を聞き。

 春は、静かに息を止める。


 彼女の反応を感じ取ると。

 葵は深く息を吸い、背後で戦う文彦の方を睨みつけながら、思い切り叫んだ。



「『てめぇに渡してたまるかよ!』」



 葵がそう発した、瞬間。

 けたたましいベルの音が、四方八方から響きわたった。


 春もまたびくりと身をすくめる。

 先程、潤から着信があった時と同じく、彼女の携帯電話がポケットの中で大音量で鳴り出していた。

 この場にいる全員の携帯電話から、同じ音が発せられているようである。


「な、何!?」


 突然の事態に、苑條もまた動揺しているようだった。彼女は自分の携帯電話を取り出し止めようと試みるが、音は止まない。


 この光景を、離れた場所から眺めている影があった。

 携帯電話の音を合図に、彼らは一歩、春たちのいる河原へ足を踏み出す。



「……開始、だね」



 低い声で、彼は独り言のように呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る