子どもたちは夜と惑う(1)

――2005年8月21日。




 翌日の夕暮れ時。春は、ビーたちの本拠地であるビルの前に立っていた。

 時刻は午後6時10分。腕時計で時間を確認し、春は意を決して深呼吸する。

 伝令役の春がビーたちをいざなえば、決戦の始まりだ。


 場所は、先日に裕希と戦った公園を指定することにしていた。公園は寮から近いことと、何より裕希が閉鎖空間の術を構築しやすい立地というのが大きい。裕希はすぐにそれを発動できるよう準備を終えている。


 微かに震える手を誤魔化すように力を込め、春が玄関扉を押し開けると。

 入ってすぐのホールで、ビーがティーカップを片手に待ち構えていた。

 春は硬直する。


「いらっしゃいませ、畠中春さん。お待ちしておりました」

「……随分と用意周到なことで」


 つい春は腰が引けた。

 ビーは人のよさそうな笑みを浮かべ穏やかに言う。前回の印象とあまりに異なるので、春は少しばかり面食らった。

 無理やり気を取り直して、春は急かすように尋ねる。


「すぐに出発できる準備は出来てるんだよね?」

「当然です」


 カップ片手にその台詞はあまり説得力がない。しかし早いところ事を進めたい春は構わず、頷いてまたビルの玄関扉に手をかけた。


「だったら、さっさと行きましょうか。お互いに早く済んだほうがいいでしょ。日が暮れる前に終わらせるくらいの勢いで済ませようじゃないの」


 言い捨てて春は背を向ける。彼らが準備を終え出てくるまでビルの外にいるつもりだった。敵地に一人で乗り込んだこの状況は、どうにも心許こころもとない。

 分かりました、と背後でビーが頷く気配がする。

 その後で、彼は「それにしても」と言葉を繋げた。


 彼の言葉に春は振り向いた。

 否。

 振り向こうとした、途端。


 春の視界が、ぐらりと揺れた。


「もう少し貴女方は、疑うということを覚えては如何ですか?

 もっとも。僕にとっては好都合で、感謝しきりなのですがね」


 薄れゆく意識の中で、かろうじてその言葉は聞き取れた。

 そのまま春は床へと緩やかに倒れこむ。途中で誰かに支えられた気がしたが、視界がくらみ確認はできない。

 状況が理解できないままに、しかし『まずい』ということだけは理解が出来た。

 理解して、そして春は気を失う。


 ビーは優雅に一口カップに口を付け、それを飲み干した。薬品を染み込ませた布を彼は無造作に仕舞いこむ。いつの間にか、ホールにはビーの陣営全員が揃っていた。



「さあ。……はじめましょうか。

 僕の、僕らの――『正当防衛』を」



 飲み干した紅茶のカップをソーサーに置き、ホールに乾いた音が響く。

 深い眠りの中にいる春を高い目線から見下ろして。

 ビーは、笑った。






+++++



 葵は少しばかり困惑していた。

 何故なら集合場所の公園にて、杏季と二人きりだったからである。


 他のメンバーはまだ到着していない。この日は昼間に琴美監修の元、補助装置を使用した理術の練習を行っていたのだが、帰るタイミングが人によって違った、集合もばらばらであるらしい。

 葵と杏季がまともに話した事はほとんどない。顔なら何回か合わせているが、会話はほぼ皆無である。軽い挨拶を交わした後は、そのまま気まずい沈黙が続いていた。

 苦手とまでは言わないが、葵だって女子と話すのは不慣れなのだ。普段は潤や奈由のペースに飲まれ、気にする余裕も無かったので忘れていたが、今更ながらそれを思い出し焦る葵である。誰でもいいから早く来てくれ、と密かに祈る。


「……あの」

「えっあっハイ」


 悶々もんもんと考え込んでいたところに突然話しかけられ、驚いて葵は振り向いた。その後で、杏季から話しかけられたという事実に一層驚く。


「えっと、その……ごめんなさい」

「え?」

「お兄さんの、こと。ごめんなさい」

「……どうして白原が謝るんだよ」


 不思議に思って葵が尋ねれば、杏季は哀しげにうつむいた。


「だって。あれで、もう調べることは出来なくなった。こっちゃんとの約束があるから、お兄さんがどうなったのか、あれ以上の事はもう分からない」

「白原の所為じゃねぇだろ。しいて言ってもそこは佐竹だ」


 琴美との約束を思い出しながら、葵は表情を曇らせてがりがりと頭をかいた。

 いざ聞いてみれば、葵に分かったのは、『兄が消えたのは扉の事故によるものだった』ということだけである。

 それが事故なのか故意なのか、故意だとすれば誰の仕業だったのか、兄は結局どうなってしまったか、肝心なところは何も分からない。


「そりゃ、裂け目だのなんだのとんでもねぇ内容だったし、分かってもイマイチすっきりはしなかった。

 けど、ちゃんと佐竹は理由を教えてくれた。少なくとも単に事故と決めつけられたあの時の結論より納得してる。

 それに言っただろ、俺は知れればそれで良かった。だから、あれでいいんだよ」


 しかし杏季は俯いたまま、ゆっくりと首を振る。


「みんなはちゃんと負うべきものを負ってるのに、私だけ何も無い。自分だけただで情報を教えてもらって、それでいて私は何にも出来ない。みんなに助けてもらってばっかり」


 顔を上げ、杏季は無理矢理に微笑んだ。


「私は、ずるい」


 どこか自嘲気味な笑みは、普段女子たちの前で朗らかな笑顔を浮かべる彼女に似つかわしくなかった。葵はその笑みに虚を突かれ、言葉を失う。


「何してんだよお前ら」


 と、いきなり肩にぽんと手を置かれ、二人は飛び上がった。


「うぉう!」

「わわわわわワイトくん、じゃない臨心寺くん! びっくりした!」

「臨でいいって言ってるじゃん」


 口を尖らせて二人の背後に立っていたのは裕希だ。葵は跳ねた心臓を落ち着かせようと息を吐きながら、軽く抗議する。


「気配がねぇよお前!」

「気配は俺が出すものじゃなくて、そっちが探るもんだろ」


 勝手な理屈を言ってから、彼は杏季の頬をおもむろにつねった。不意を突かれて驚いた杏季が「うにゃっ!?」と奇声を上げる。


「うじうじ考えないで、お前はいつも通りそうしてりゃいいんだよ」


 聞いてたのかよ、とこっそり葵は思ったが、水は差さずに黙ったままでいた。


「そーゆー御託ごたくはどうでもいいだろ。ごちゃごちゃ難しいことなしに、お前にそういう顔をさせたくないと思うからみんな助けるんだ」


 だからあんたが自分でへこんでちゃ仕様がない、と裕希は両手で杏季の頬を引っ張る。慌ててその手から逃れ、彼女は数歩後ずさった。だが杏季の返事を待つようにじっと見つめる裕希に、彼女は退却を止める。

 少しの沈黙を挟んでから、杏季は寂しそうに笑んで静かに頷いた。




 決戦開始予定時刻の少し前。公園には春を除いたメンバー全員が集まり、ビーたちの到着を今かと待ち構えていた。他愛の無い雑談を交わしてはいたが、彼らの間には微かな緊張感が漂っている。


 それはちょうど時計の針が、午後6時25分を指し示した時だった。



「残念ながら待ち人は来ないよ、子猫ちゃんたち。キャンーユーアンダスターンド?」



 公園の入り口から、ひどくふざけた声が聞こえた。


 ぞくりした悪寒に振り向けば、そこには全身を黒の服で固めた細身の男が立っていた。

 黒といってもスーツではない。ボタンをだらしなく真ん中まで開けた黒のシャツに、黒のジーンズ。履く靴までもが黒である。

 全てが黒であるという点を除けば普通の格好だが、どこか現実離れした奇妙な風体だった。


「やあ。久しぶりだねぇ子猫ちゃんたち?」


 彼女たちとは対照的に緊張感のない口ぶりで、男はゆっくりと公園へ入って来た。警戒しながら奈由は目を凝らして彼を見つめ、疑念半分に尋ねる。


「……トマトに水をやっていた『通りすがりのおにーさん』?」

「覚えていてくれたようでありがたいことしきりだね。そればかりではないが、一番覚えているだろう子猫ちゃんはここに居ないから、それで上々だろうさ」


 滑り台の前まで来ると、男はそれに体重を預けて寄り掛かる。目にかかった長い前髪を払い、男は場違いなほど、にこやかな笑みを浮かべた。

 潤は男を睨みつけながら低い声で尋ねる。


「何者なんだよあんた。ビーの味方ってことか」

「ビー側、といえば、そうなるだろうな。オレはあいつのスポンサーだからね。

 基本的にはただの共感者きょうかんしゃ傍観者ぼうかんしゃ鳥瞰者ちょうかんしゃだけど、われてがれて思いっきり加担している部分もあるからな」


 芝居がかった仕草でもって、手の平で右目を隠し、男は続ける。


「クレアボヤンス、テレサイト……一般的にゃクレアボヤンスか。日本語で言う『遠隔透視』って知ってるかい?

 オレは人の目を通して、遠くからでもその人物が見たのと同じ光景を見ることが出来る。透視とはいえ懇切丁寧こんせつていねいに音声付きだ。

 そうやって子猫ちゃんたちの状況から情報から何から、ビーに横流ししていたのはほとんどオレだ。

 それからそれから――そうとも、制御装置を破壊したのもこのオレだ。

 以後、お見知りおきを」


 さらりと自身の所業を暴露した後、男は大仰に両手を広げ、うやうやしく一礼をした。


「貴方、やはり」


 杖を呼び出し、いつでも攻撃できるよう構えながら、琴美はすっと目を細める。


「――高神楽たかぐら文彦ふみひこ

「御明察」


 にやりと笑い、彼――高神楽文彦は、それと認めた。

 その単語に、京也が反応する。


「高神楽……」

「知ってるの?」

「ああ。

 アルドの本名は、『高神楽たかぐら直彦なおひこ』。

 ……あいつと同じ姓だ」

「じゃあ、まさか」


 京也の答えに、奈由は目を見開いた。

 そうそう聞く姓ではない。目の前の怪しく食えない人物と、一見は大人しそうなアルドを結びつけるのは難しかったが、無関係とは思えなかった。


「京也さん。私達の組織が、上が表立って動けなかったのはですね。彼らがバックにいたからです」


 文彦から目を離さぬまま、低い声で琴美は彼女たちの推測を肯定する。


高神楽家たかぐらけは、理術の世界では力を持った一族でしてね。

 高神楽直彦は、その本家の次男。彼の存在があったから、私達は身動きが取れなかった。迂闊うかつに手を出すことができなかったんです。

 けれども。……まさか、長男の貴方まで絡んでいるとは。これは、高神楽の意思なんですか?」

「さあて、ね。おいえの話はどうでもいいだろう?

 これはただの。さっきも言ったように、オレはただのスポンサーに過ぎない」


 滑り台の階段に座って軽く足を組み、文彦は間延びした声で続ける。


「さて、話が反れたが本題に入ろう――畠中春令嬢は、オレたちが丁重に預からせてもらったよ。彼女は澪神宮れいじんぐうにて絶賛軟禁中だ」

「人質ですか。いちいちやることが汚いですね」

「汚いも何も、この汚れきった世界で今更だろう? ちょっとやそっと血や汚泥おでいまみれたところで構いやしないさ」


 軽い口ぶりで文彦はうそぶいた。

 そこに、またしても別の人間の声が響く。


「いい加減にして頂けませんか。ビーが待っています。この調子じゃいつまで経っても話が進まないでしょう」

「おっといけない。つい興が乗ってねぇ。あまりに愉快な晩なものだから」


 忠言におどけて答え、文彦は振り返った。

 公園の入口に佇んでいたのはベリーだ。彼女は文彦の側まで歩み寄ってから、いたたまれない表情で杏季たちを一瞥する。

 が、ある一点を見つめ、ベリーの表情はすっと冷めた。

 彼女の視線の先にいたのは。


「あなたでしたか、東風院とうふういん妃子きさこさん」

「佐竹、琴美……!」


 ぎり、と歯を食いしばり、険しい表情で彼女は琴美を睨み付けた。

 剣呑けんのうな様子に、杏季はおずおずと尋ねる。


「知り合い……なの?」

「ええ、知り合いも何も。彼女は杏季さんの元護衛者候補だった方ですよ。あくまで『元』ですけれど」


 琴美は冷笑を浮かべながら頷いた。


「護衛者になるには、相応の試験を通過しなければなりません。その選抜試験で、彼女は私と共に最終試験まで残っていました。

 結果的には、私が杏季さんの護衛者になったわけですが」

「そう。杏季ちゃんの護衛者ってあんただったのね。……杏季ちゃんが、あの時の」

滑稽こっけいですね妃子さん」


 彼女の台詞を琴美は遮った。

 杖を肩にかけ、挑発するように畳み掛ける。


「本来守るべき筈の者が、守るべき方を害する。いつの間に東風院の精神は落ちぶれてしまったのでしょうねぇ。例え義務から逃れた気楽な立場であっても、何をしてもいいというものではありませんよ。

 ……それともあなたが、やはり純粋な資格を有していない為でしょうか」

「こっち世界で、今どきこんな時代錯誤なこと言いたかないけどね。

 ――あんたみたいな裏切り者の半純血ハーフにだけは、言われる筋合いないわよ!」


 ごうっ、と公園内に暴風が吹き抜けた。風に長い髪をなびかせながら、据わった目つきで妃子は淡々と告げる。


「杏季ちゃんを連れて行くわ。春さんの身柄と引き換えよ。他の人はここで彼の足止めを受けてて頂戴」


 文彦はすっと右腕を差し上げる。琴美は素早く反応し、杖を振り下ろした。

 しかし。


「勝とうなんて思うなよ、佐竹琴美」


 文彦は、虫でも握り潰すかのように拳を握る。

 途端。振り下ろしかけていた琴美の杖はにわかに空中で静止した。必死に力を込めるが、それ以上ぴくりとも杖を動かすことが出来ない。


「白原杏季姫の護衛者に選ばれたくらいだ、選りすぐりのエリートには違いない。

 だがオレは、エリート中のエリートだ。そちらさんとは格が違う」


 言いながら彼は指を鳴らす。

 それを合図に、彼の傍らへは黒い大きな影が現れた。


 影は巨大な蛇のような姿をしている。胴体の太さは2メートル近くあり、体長は何十メートルになるだろうかという長さだ。ただしその身体は朧で、黒い身体の向こう側にはうっすらと反対側の景色が透けて見える。実体のある本物ではない。

 影は素早く彼女らの方へするりと近寄り、メンバー全員をぐるりと長い身体で取り囲んで自分の尻尾に噛み付いた。

 巨大な影の輪に閉じ込められ、彼女たちは逃げ場を失う。


「オレは霊属性。それもいわゆる『超能力』の類をほとんど網羅もうらし使いこなせる。超能力の超絶出血大サービス、チート級にとびっきり優秀な愚者フールだ。

 けれども考えてもみてくれ。超能力なんてのは戦う為のモンじゃない。御大層な超能力バトルなんてのはあくまでマンガの世界の話だ。

 こちゃこちゃした小細工は得意も得意だけど、オレは超能力に特化しちまってるから、霊関連との交信はめっぽう苦手でね。可愛いこいつを使役することしか出来ない。

 けどこいつはオレと一緒に非常に優秀だ。こいつに取り囲まれた輪の中じゃ、理術は一切使えない。おまけにそいつにゃ自分の意志で触れることもできないんだ」


 文彦が喋る傍ら、潤はそろりと影へ手を伸ばす。だがそれに触れようとした途端、酷い悪寒が全身を駆け巡った。ぶるっと身震いして潤は慌てて側を離れる。

 先日の裕希の術のように、本能がそれを拒絶している。

 確かに彼の言うように、自分の意志で影の輪を通り抜けることはできないようだ。


「さあ、出ておいで白原杏季姫。君ならそう命ずれば、輪の中から出られるはずだ。

 こちらの妃子嬢にエスコートさせて、春女史と我らが悲劇の氷の君の元へお連れしようじゃないか」


 杏季はすっと真顔になった。

 視線はやや俯き加減ながら、静かに左手を広げる。音も無く白い煙が左手付近に集まり、彼女の手の内に杖が現れた。裕希と戦った際に初めて現れたそれである。

 杖を握り締めると、杏季は道を塞ぐ蛇の前に仁王立ちした。


「どきなさいっ!」


 杏季は一喝して、牽制するように杖を振り下ろす。

 すると。

 影は素直に言うことを聞き、その体躯をするりと持ち上げた。杏季が通れるくらいの高さまで、まるで門のようになって道を開ける。

 外へ踏み出す直前、杏季は手近にいた京也の腕を掴み、彼も一緒に引きずっていった。咄嗟とっさのことに驚いて対応できず、京也はされるがまま杏季に引っ張られる。

 彼女が外へ出た時点で影はまた直ぐに地面まで下がり、後ろにいた京也の身体に触れた。だが無理矢理引っ張られた所為か、若干その表情を歪めたものの彼もまた無事にそこを通り抜ける。


 いつもと違ってあまりに素早い彼女の行動に、周りは止めることすら出来ず呆然とそれを見送った。

 輪の外側に出た後で、ようやく杏季はみんなの方を振り返る。


「みんなはそこで待ってて。私が、はったんを助けに行って来る」

「無茶言うなあっきー!」

「これ以上!」


 両の拳を握りながら杏季は叫ぶ。


「これ以上、皆が傷つくのはごめんなの! はったんの代わりになるのは私しかいないもん!

 元はと言えば、これは私の問題でしょう。私ばっかり怖いところから遠ざけられてるのはおかしい。私だって、みんなの役に立ちたいよ!」


 絶句して潤は動きを止める。

 杏季はきびすを返してベリーに向き直った。


「あたしが行けばいいんでしょう。連れてって」

「……理解が早くて助かるわ。でも、どうして京ちゃんまで」

「早ければ早いほどいい。雨森くんなら光属性だから、早く移動できるでしょう」

「……まぁ、いいわ」


 意図を理解した京也は、黙って二人の腕を取る。

 地面を蹴ると、そのまま三人は瞬く間に姿を消した。


「さぁて――それじゃあ、残ったオレらはおとなしくお留守番といこうや」


 にんまりと文彦は笑う。


「オレの役目は子猫ちゃんたちの足止めだ。争うつもりも戦うつもりもない。ただここで大人しくしててくれればいい。少なくともここにいるうちはだーれも傷つきゃしないから安心して昼寝でもしてればいいんじゃないかな。あぁ、もう夕方だから夕寝か。

 その間にビーは目的を達成するだろう、きっと今頃は澪神宮で事を始めようとしてるだろうさ」


 裕希の術と同様、影には触れられない。何人かは密かに試していたが、理術は文彦の言うとおりに発動することはなかった。この影に取り囲まれている限り、彼女たちに為す術はないように思えた。


 だが、裕希の術とは明らかに違う点がある。

 それを潤も、そして奈由もまた気が付いていた。

 二人は互いにそっと目配せする。


「つっきー。あれですよね。そろそろ女子だけになりたいですよねぇ」

「……そうだねぇ、なっちゃん。どーせなら女子だけがベストですよねぇ」


 理解した潤は、くるりと身体を向き直し、葵と裕希へにやりと笑む。


「そういうわけで」


 潤と奈由はじりじりと葵と裕希に詰め寄った。状況が理解できず困惑したまま、影があるぎりぎりのところまで二人は追いやられる。


「Good Luck!」

「御機嫌よう!」


 同時に言うと、二人は思いっきり葵と裕希とを蹴り飛ばした。


「ぐっ!?」

「はっ!?」


 思いがけない攻撃に、葵と裕希は情けなくも盛大に吹っ飛ぶ。


「おま、何す……」


 地面に転がった葵がみなまで抗議せぬうちに、有無言わさぬ調子でびしりと奈由が指を突きつける。


「今度こそナイトに成りなさい少年」

「私らのはったんとあっきーに何かあったら容赦しねー!」


 一瞬、何のことだか分からずに呆気にとられた。

 しかし、ふと辺りを見れば。

 葵と裕希は影の囲みから解放され、外側の地面に転がっていた。


 外へ出ようとしても、自らの意思で出ることはできない。

 だが、他者から無理矢理に力を加えられたのであれば、脱出は不可能ではない。先ほどの京也と同じように。


「無茶苦茶をするねぇ」


 文彦は肩をすくめて口笛を吹く。


「さっさと行きやがれ、あいつらを頼んだぞ!」


 背を向け潤が叫ぶ。二人は頷き、埃を払うのもそこそこに脱兎の如く駆け出した。

 公園から二人が立ち去ったのを見送り、琴美が質問する。


「……何故あの二人なんですか?」

「私情もあるけど、どうせなら多少は戦い慣れてる二人を行かせた方がいいでしょう。

 私とつっきーは開眼すらしてないから却下。だけど護衛者のこっちゃんを行かせちゃうと、流石にあいつは追ってくるだろうし。

 大人数で抜け出したら追って来るだろうけど、数人ここに残ってればそれを見逃す可能性がある。あいつはこの蛇一匹しか操れないみたいだからさ。

 ……半分賭けだったけど、どうにかなったみたいね」

「妥当な判断、ですね。私情を交えれば私も行きたかったですけど」


 複雑そうな表情で、しかし琴美は冷静に頷いた。

 ねた口調で潤は言う。


「そんなの。私だって行きたかったよ」

「ある意味、今はうちらも人質だからね」


 奈由は静かに呟き、どうしたものかと腕を組んだ。




「いい晩じゃないか」


 まだ日が沈むまでにはしばらく時間がある。しかし太陽は既に地平線近くまで傾き、空には月が輝いていた。

 文彦は空を仰ぎ、まるで歌うように言う。


「さあ、どうか踊ればいい。祭りだ宴だ宴会だ。遠慮せず、自由に好き勝手やりたい放題立ち振る舞って、大仰盛大に騒げばいいさ。

 ――オレの手の平の上でね」


 にんまりと笑いながら、文彦はその両腕を空に伸ばした。






【チームAKYvsチームC:開戦】

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