均衡の守り人(6)

「チーム名考えようぜ!」

「……は?」


 潤の唐突な発言に、思わず春は間抜けな声を漏らした。

 構わず潤はぐっと拳を握る。


「だってさ、向こうはチームCだろ。

 だったら対抗するこっちも、なんか呼び名があったほうが分かりやすいしカッコいいじゃんか!」

「全身全霊でどうでもいい」


 冷ややかにつぶやいた京也へ、じとっと潤は眼を飛ばす。


「うっせぇ、てめぇの意見は求めてないんだよこのさらさらストレートが」

「それは悪口のつもりなのかな生憎褒め言葉だけどねこの乾燥ワカメが」


 二人は冷笑を浮かべながら互いに火花を散らした。

 一方で、さっそく乗り気になった杏季が楽しそうに瞳を輝かせて元気に挙手した。気を取り直して潤は彼女を指名する。


「よーし、じゃあまず一番手あっきー!」

「チームチワワ!」

「なっちゃんがキレるとから止めとこうな、ってか何故犬」

「チームキイロタマホコリカビ!」

「すこぶる言いにくいし、なっちゃんのテンションがおかしくなるから止めとこうな」

「チーム鳥さん!」

「急にフワッとしたカテゴリになったな!」

「チーム猫さん!」

「お前はもう黙ってろ十歳児」

「十歳じゃないもん!」


 毎度の如く杏季は口を尖らせて不平を言うが、その抗議が省みられることはない。

 杏季に代わり、今度は奈由がおもむろに案を挙げる。


「チーム大言壮語」

「なんで四文字熟語なのなっちゃん、そしてそれこの場合不吉だからね」

「チーム明鏡止水」

「いやだからねなんで四字熟語」

「チーム義理人情」

「やたら渋い! そしてやっぱり四字熟語!」

「チーム天上天下唯我独尊」

「いやだこの子なんだか怖い! どうしようこの中二病患者!」

「あなたに言われたくありません」

「ひどい!」


 麦茶を飲みながら奈由はすぱっと言い切った。にやりとした笑みを浮かべている辺り、真面目に提案しているわけではないらしい。杏季に便乗した悪ふざけらしかった。

 全員には聞こえない程度の音量で、ぼそりと葵が言う。


「チーム風林火山……」

「悪いけどお前も黙ってたほうがいいと思う。同レベルだ」


 横にいた裕希が釘を刺した。

 釈然としない面持ちながら、葵は素直に口を閉じる。

 喋ったのがいけなかったのか、目を付けられた裕希が潤に指名される。


「はい次はそこ! 意見プリーズ!」

「えー。ブレイブレンジャー?」

「五人じゃないよ! 戦隊違うよ! お前も人のこと言えないよ!」

「俺はいいよ、そういうの。月谷はどうなんだよ」


 不意に聞き返されて考え込むように動きを止めた後、大した思案をすることなく潤は堂々と言い放つ。


「えーとえーっとあれだ! チームムーンバレー!」

「嫌なこったそれ"月谷"の英訳じゃねぇかお前をリーダーにした覚えはない」


 即座に京也に否定されるが、めげずに潤は続ける。


「チーム・エイトヒーローズ!」

「却下」

「チーム・ウォータープルーフ!」

「却下」

「チーム・ラブ☆サーキュレ」

「却下」

「チームな」

「却下」

「なんだよさっきから却下却下却下って、お前は却下星人か!」

「そんなケッタイな生き物になった覚えは無いねこのワカメ星人が」

「ワカメをバカにした奴は! 将来髪が白くなる!!」

「自然の流れでそうなるだろうよ。今からワカメの奴より数倍マシだ」

「きいいいいいいいいいいいこんのおおおおおおおおおおおお!!!」


 潤と京也が言い合っている側で、黙り込んでいた春が密かにふっと笑い声を漏らした。敏感に聞きつけた潤が春を見遣る。


「どしたの、はったん?」

「いやさ、大したことじゃないんだけど」


 苦笑しつつ春は控えめに言う。


「向こうがアルファベットだから、なんとなく全員に共通するアルファベットとかないかなって考えてたんだけど。

 男子の名前の頭文字を抜き出して繋げたら、AKYになるな、と思ってさ」

「AKY?」

「葵のA・京也のK・裕希のYでAKY。

 んでAKYは、あえて空気読まない、の略じゃん」


 潤は真顔で男子の方を振り返ってから、再び春に視線を戻した。


「当たってるじゃないですか」


 男子が一斉に潤へ抗議する。


「心外過ぎる……」

「えー、どういうことなのさ」

「どういう意味だワカメ星人」

「まだワカメを引っ張ってる人がいます! 過去を引きずる男はモテないと思います!」

「うるさいそれは関係ないだろバカメ星人」

「変わってる! より酷い方向へ変化している!」


 京也に一喝してから、潤はくるりと体勢を反転させる。

 全員をじっと見回した後で、ワンテンポ置いてから潤は親指を立てて春に言い切った。



「採用!!」

「えええええええええ!?」



 一応の発案者に当たるだろう春が一番驚きの声を上げた。


「なにそのあえて空気読まない集団! 最悪じゃないですか!」

「そんなことは無い、あえて空気を読まないことで救われる世界もあるかもしれない!

 それに元々はあくまでイニシャルじゃん。イニシャルから取ってるけど、それが別の意味になるのが面白いというか。

 ほら、他のメンバーだって"AKY"に含まれるしさ。杏季と春のAに琴美のK。……えっと、奈由の『ゆ』でY、潤の小さい『ゆ』でY!」

「最後は無理矢理じゃね!?」

「気合でなんとか!」

「押し切られた!」


 AKYね、と小声で呟いてから奈由は静かに頷く。


「さしたる問題でもないから名称なんて別にどうでもいいけどね。よっぽど変な名前を付けるんじゃなきゃさ」

「さっすがマイスイート話が分かるぅ!」


 潤は水を得たようにぐっと拳を握る。どうでもいい、という単語には触れず良いように解釈しているらしい。

 合点がいかない面持ちで春は首を捻るが、そこで奈由はぼそりと付け加える。


「AKYの意味が嫌なんだったらさ。『AKY』に別の意味合いもたせればよくない? 適当に文章とか単語を当てはめてさ」


 彼女の台詞に、何人かが面白そうに表情を緩ませた。

 AKYの意味合い案がメンバーから次々に飛び出す。


「(A)アルティメット(K)キング、……(Y)イエスタディ」

「最後でYに当て嵌まる英語が思い浮かばなかったとみた」

「(A)阿鼻叫喚(K)侃々諤々(Y)勇気凛々」

「後半ともかく最初が酷い!」

「(A)悪逆非道(K)軽佻浮薄(Y)唯我独尊」

「もはや救いが全くねぇよ!」

「(A)あなたが(K)くれた(Y)陽極電流」

「チームの意味とか考える気ないよねそれっていうか誰がくれたの!?」

「(A)あなたに(K)今宵も(Y)ヤンバルクイナ」

「意味が分からない!」

「(A)愛と(K)希望と(Y)ヤンバルクイナ」

「最後だけおかしいからね!?」

「(A)あいうえお(K)かきくけこ(Y)ヤンバルクイナ」

「ヤンバルクイナはもういいよ!」


 くだらないことを言い合いながら時間は過ぎ、決戦前夜は更けていく。


 結局、チームAKYの意味は結論が出ないままになった。いつの間にかチーム名はAKYで決定してしまったらしい。奈由の言うように大して重要事項ではないので、とりたてて反対するほどではなかったのだろう。


 冷静に考えれば、今はこの議題を議論している場合では間違いなくなかった。

 しかし。受け止めきれない現実と、受け止めなければならない未来とに立ち向かおうとするように、彼女たちは精一杯笑った。

 そうでなければ、とても耐え切れなかったのだ。


 いずれにせよ明日、全てが終わる。

 高校生最後の夏休みと同じく、いよいよ彼女たちの攻防戦は終盤に突入していた。






+++++



 人通りの少ない路地裏。

 激しい夕立の中を傘も差さず、服が濡れるのもお構いなしに、ふんふんと鼻歌を歌いながら細身の黒スーツの男が歩いていた。彼の周囲に、他に歩く人はいない。

 しばらく歩いてから、彼はポケットから携帯電話を取り出した。流石に土砂降りの中で携帯電話をいじるのはまずいと思ったのか、そそくさと手近な建物の影に避難する。

 髪から滴るしずくを払うのもそこそこに、携帯を持つ手だけざっと水分を払うと、彼は手慣れた仕草で番号を呼び出し、通話ボタンを押した。


「やぁやぁ、滞りなくリリィの入手は完了したぜ。これでもう準備オッケーだ」

『……あなた、決行は今夜だとかどうとか言ってませんでしたか?』

「んなこと言ったっけか? 夜だと余計に目立つだろ、なんてったってオレなんだから。とにかく終わったぜ。これでセットアップは完了、だな」

『まあ……無事に完了したのなら、何も言いませんけど』


 やや呆れ混じりに電話の相手は答える。いつの間にやらスーツの男は地べたに座り込み胡坐をかいていた。気楽に伸びをしながら肩を鳴らし、満足そうに電話へ語りかける。


「これでようやくオレの仕事も一段落、かね」

『そうですね。ですからいらん事言ってないでさっさと引き上げてください。タダでさえあなたは目立つんですから、人に見咎められたら事です』

「冷たい事言うなって。オレ、頑張っただろ?」


 冗談めかして言う彼の言葉に、しかし電話の相手は至極、真面目に返答する。


『あなたの協力がなければ、到底ここまで来ることは出来ませんでした。あなたには本当に感謝していますよ』

「オレはこんなとんでもないことを、直前までほぼ一人の力でやり遂げちまったお前の手腕に恐れ入るけどね。ただの高校生にしとくにゃ本当に勿体無いくらいの才能の持ち主だよ、お前は」

『他でもないあなたが、ご冗談を』


 冷たい声色で相手は言い放った。世辞でもないさ、と男は続ける。


「世が世なら手塩にかけて育て上げたいくらいだね。その資格は互いにあるだろう?」

『全身全霊で願い下げです』


 先ほどより幾分冷淡な物言いに、冷てえなぁ、とさして気に病むでもなく彼は暢気に口角を上げた。電話の向こう側では分かるはずもないが、しかし彼のその表情を、相手は容易に予想していただろう。

 その後で不意に男は身を乗り出し、通話口に顔を近づけて低い声で言った。


「なぁ、お前がオレたち兄弟を憎んでいるのは分かる。別にオレはそれでいい。オレとお前が組んでるのはギブアンドテイクだけじゃなく、いわばその辺りから来る負い目もある。

 けどな、弟はオレと違ってもっと真っ当な位置にいる。無関係とまでは言わねぇが、無過失とは言えるだろうよ。

 もしお前が多少なりともあいつに助けられて役に立ってる部分があんだとしたら、もう少しあいつのことを認めてそう扱ってやってくれ」

『彼はよくやってくれていますよ。あなたに言われると非常にしゃくですけれど。

 けれど僕は別に、彼に対して冷淡な態度を取っているつもりも無碍むげにしているつもりもありません。有能な同士です』

「そうかい。……どうだかねぇ」

『僕に、何をしろってんですか』

「いや、別にただの年寄りの独り言だよ。そうだな、オレが口を出すようなことじゃあない、この件に関して、オレは外から見ているだけの傍観者だからね。

 ただ、今更になってしみじみ思うんだ。

 あの時、オレが行くべきだったんだって」

『……与太話は、この位にしましょう。それこそ今更だ』

「もっとも、だな。突然の雨に当たってセンチメンタリズムってところか。けどまぁ」


 一旦そこで切って、彼はやはり軽薄な口調で言う。


「勿論――今更そんなこと、本心じゃ欠片も思っちゃいない」

『……あなたの話は、それだけですか』

「おっと、そうも急くなよ。

 それからそれから、お前の喜びそうな情報が二、三。目論見が見事すぎるくらい見事に達成したぜ? 明日は祭りだな」

『それこそ、こちらに戻ってきてからお願いします』


 電話の相手は、やはり淡々とした口調で冷たく告げた。それを軽く聞き流しつつ、彼は胡坐のまま濡れたポケットに手を入れ、後ろの壁に寄りかかる。


「チェックメイトかね、ビー」


 男は、鈍色の空をにんまりとして見上げた。

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